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『暴走懐石マッド・キッチン ~古代魔獣を食い尽くす! 溶氷期(メルティング・エイジ)のグルメハンター~』   作者: 筆のキュイジニエ
最終章 その2:水菓子(みずがし)は、ハチミツ・ベアーと氷山シャーベットの死闘
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〇胃薬と常識は品切れ! 終わらない狂気の晩餐会は続く 


バベル・エコ・スフィアに接岸しているマッド・キッチン号のボンネットに座り、俺たちはそれぞれ銀の器を持っていた。


「……冷たっ! でも……美味ぇ!」 

口に入れた瞬間、マイナス150度で瞬間冷凍された氷が、パウダースノーのようにふわりと溶けた。 その直後、ハチミツ・ベアーの濃厚なシロップが、強烈な甘みとほのかな酸味を伴って口いっぱいに広がる。 脂っこいコース料理の最後にふさわしい、完璧な口溶けと爽快感だ。

「細胞の隅々まで糖分エネルギーが染み渡る……。脳の疲労が全部吹き飛ぶぜ」


「ふふっ。私の絶対無菌包装のおかげで、雑味ゼロでしょ? ……甘~い。美味し~い……」 

シルヴィも、ヘルメットを脱いで、幸せそうにシャーベットを頬張っている。

彼女にとって、この無菌のスイーツだけが、唯一世界で安心できる味なのだ。

だけど今日はヘルメット脱いでいるな。なんで?


「甘いねぇ。クソゲーみたいなこんな世界でも、この味だけはバグってない」 

ジョーカーが、いつものニヤニヤ笑いを少しだけ和らげて、空を見上げた。


「……終わったわね」 

「……アッシュ。シルヴィ。ジョーカー」

リズが、空になった銀の器を見つめ、静かに呟いた。

「あなたたち……最高の『お客様ゲスト』だったわ」


ポロリと、彼女の目から一粒だけ涙がこぼれ落ちた。

レストランの夢を奪われた狂気の料理人が、初めて見せた「等身大の女の子」の顔だった。

先付から始まった、長く、命がけの懐石コース。

彼女の失われた夢は、このクソみたいな終末世界で、最高の仲間たちと共にようやく完結したのだ。


だが、彼女はすぐにその涙を手の甲で乱暴に拭い去り、すっと背筋を伸ばした。

その顔にはもう、狂気も悲哀もない。ただ、極致を極めた料理人としての、静謐な誇りだけがあった。


「さあ、仕上げよ。……シルヴィ、一番最高にピュアな水をこの鉄瓶にそそいで。」

「えっ? ……うん。『極大聖水精製』……」

 シルヴィの杖の先から、不純物ゼロの清らかな軟水が、遺跡から発掘した漆黒の鉄瓶にそそがれる。


「ジョーカー。お湯の温度は、きっちり80度。それ以上でも以下でもダメよ」

「ヘイヘイ。プラズマ・エンジンのアイドリング熱をミリ単位で調整してやるよ。俺に任せな。」

 ジョーカーがコンソールを叩くと、鉄瓶からシュンシュンと、静かな湯気が立ち上り始めた。


リズは、パーティを組む前、旅の途中で死地を潜り抜けて手に入れた「国宝級の天目茶碗」に、汚染されていない高山で自生していた「神樹の茶葉」を抹茶に仕立てたものを、通常の三倍という尋常ではない量でたっぷりと盛った。

 そこへ、80度の湯を茶杓で静かに注いでいく。


先程までの、巨大な包丁を振り回し、物理法則を無視して魔獣と大立ち回りを演じていた姿が嘘のようだった。

 トラックの甲板の上。波の音だけが響く中、リズは茶筅ちゃせんをシャカシャカと振るうのではなく、ゆっくりと、重々しく底から 『練り』 始めた。


立ち上る香りは、数年前に味わったこのパーティーの始まりの日の野草茶とは別次元だった。

深く、甘く、苔むした静かな森を思わせる濃密な匂い。

茶碗の中には、泡立たない、まるで深緑の宝石を溶かしたようなドロリとした艶やかな液体が完成していた。


「茶事における真のメインディッシュ。……『濃茶こいちゃ』よ」

 リズが、厳かに天目茶碗を掲げた。

「本来の作法では、この一つの茶碗を皆で回し飲みして、客同士の心を一つに結ぶの。さあ、まずはアッシュから」


「ま、回し飲みぃぃッ!?」

 俺が受け取るより早く、シルヴィが鼓膜を破らんばかりの悲鳴を上げた。

「他人の唾液と口腔内常在菌のシェアリングなんて絶対無理よぉぉ! 全員の間接キスで未知のパンデミックが起きちゃう!」

「あんたの無菌魔法で、飲む直前に飲み口だけアルコール消毒すればいいでしょ! ほら、冷めないうちに!」


リズに一喝され、シルヴィが涙目で茶碗の縁に「ピュイッ」と小さな滅菌魔法をかける。

俺は苦笑しながら、ずっしりと重い天目茶碗を両手で押し頂き、そのドロリとした濃茶を恐る恐る口に含んだ。


「…………あ」


濃い。

尋常じゃなく濃い。

だが――まったく苦くないのだ。

上質なカカオのような深いコクと、テアニンと呼ばれるアミノ酸の暴力的なまでの『旨み』と『甘み』。

それが、トロリと舌に絡みつき、胃の腑へと落ちていく。


ハチミツ・ベアーの強烈な甘味が、この濃茶の圧倒的な包容力によって完全にペアリングされ口の中で調和し、静寂な時空へと昇華していく。


「……美味ぇ。なんだこれ、出汁みたいに強烈な旨みだ……」

俺が呆然と呟き、茶碗を渡す。

シルヴィが即座に飲み口を「ピュイッ」と滅菌し、ジョーカーが飲み、続けてシルヴィが恐る恐る口をつける。

そして最後にリズが残りを飲み上げる。


全員が息を呑み、

そして深く、深く、息を吐き出していた。


「この世界は不潔で、残酷で、クソみたいに理不尽よ」

リズが、初めて逢ったあの日の夜と同じ言葉を紡ぐ。

だが、その声は陽だまりのように温かかった。

「でも、最高のコース料理を完食して、最後にこの極上の一服を分け合えたなら……その瞬間だけは、この世界も案外悪くないって、思えたでしょ?」


俺は、満天の星空を見上げた。

 大融解で沈みゆく、終わった世界。

 だが、こんなにも美味いものを食べて、一つの茶碗を回し飲みできるバカな仲間がいるなら。本当に、このクソみたいな終末世界も案外捨てたもんじゃない。


「ああ。最高のフルコースだったぞ、料理長リズ。……これで、本当に終わりだな」

 俺は心からの賞賛と安堵を込めて言い、ごろんと甲板に寝転がった。

「まったく、命がいくつあっても足りなかったぜ。……そうだな。これからはのんびり余生を……」


「何言ってるの、アッシュ! 料理人の探求に終わりはないわ! 『和食』のコースは終わった。……次は『フレンチ』のフルコースよ!」

「は?」

「へっ?」

「ヒゃはぁっ?」

「大事なことだからもう一度言います。『和食』のコースは終わったわ。……次は『フレンチ』のフルコースよ!」 


「ヘイヘイっ、やっぱり、そうなるよね。」

そこへ、笑いながらジョーカーが、施設から盗み出した極秘と書かれたマップを広げた。


「ボス、見てこれ。極秘扱いの生態や特産物をまとめた電子地図だ。西の砂漠のエスカルゴや、空飛ぶ『ペガサスのフォアグラ、それに『極秘避難都市:ネオ・アララト』……北の高い山脈にある楽園ドームらしいぜ」


「ああそういや、昔聞いたことあるな。北の高い山脈に作られた、選ばれしエリート様だけの楽園ドームだ。そこに行けば、こんな汚い泥水じゃなくて、ミネラルウォーター風呂に入れるらしい。・・ああ。それに、培養プラントには、ウイルスに侵されていない『純潔の野菜』や『至高の牛肉』があるとかないとか」


 その言葉に、リズとシルヴィが光の速さが反省するくらいの速さで反応した。

「無菌室……? 滅菌されたお風呂……?」(シルヴィ)

「純潔の野菜……至高の牛肉……!」(リズ)


 リズの目が、先ほどの涙を忘れ形容しがたい光を放った。

「はっ!(しまったぁぁ)」

 アッシュの危機察知能力がこれまた光の速さが反省するくらいの速さで恐怖と畏怖を感じた。


「……純潔の、食材。フレンチコースのメインディッシュ(ヴィアンド)にふさわしい響きね」

「さらにアミューズ(突き出し)は、西の砂漠にいる『サンド・エスカルゴ(家サイズのカタツムリ)』!  オードブルは、空飛ぶ『ペガサスのフォアグラ』よ!! そしてネオ・アララト純潔の野菜と至高の牛肉! さあ、新しい旅に出発よ!」


「いやいや、さすがに待て、あそこは大国の軍隊が守ってる要塞だぞ。俺たちみたいな野良ハンターが入れるわけがねぇ」

「入るんじゃないの。――『食べに行く』のよ」

シルヴィは「無菌室……無菌室……」

とブツブツ唱え、ジョーカーは

「こりゃあ、もっと凄え見世物になりそうだ」

とまた危ぶねぇジャグリングを始めている。


「決定よ。アミューズから進めて極秘避難都市:ネオ・アララトを目指しながら、その道中で究極の『フレンチ』のフルコースを完成させるわよ!」


「……お前ら、マジで脳みそまで胃袋になってんだろっ!!」 

俺は頭を抱えて叫んだが、リズもシルヴィもジョーカーも、すでに武器の手入れを始めていた。 

世界は相変わらず沈み続けている。 

危険とバイ菌とバグに満ちたクソみたいな世界だ。 

だが、俺の「危険察知」スキルがどんなに警報を鳴らそうと、俺はこの『最後の晩餐(ラストサバ―)』から離れる気はなかった。 

だって、こいつらと食べる飯が、世界で一番美味いからだ。

「もうしょうがねぇなぁ・・行くぞ! マッド・キッチン号、発進だ!」

「「「オーッ!!」」」 

俺たちの終わらない晩餐会を乗せて、トラックが潜水モードで静かな海の底を浮上していく。 

求む:胃薬。あと常識。 

だが、ごちそうさまを言うには、まだ早すぎる。


【そして第0章へ続く】



最後の晩餐・懐石コース(全メニュー)

先付: 古代スライムの煮凝り・毒消し草のジュレ添え

椀物: 変異重装蟹の甲羅出汁スープ・スライムの食感を添えて

向付: 地下鉄リヴァイアサンの活け造り(わさびエキスと三年熟成醤油)

八寸: バジリスクの卵の味噌漬け、マンドラゴラ天ぷら、エイヒレ炙り、熟成ササミ梅肉和え

焼き物: マグマ・サラマンダーの溶岩石プレート直火焼きステーキ

炊合: 長老トレントと知恵のタケノコの旨味相乗・土佐煮

強肴: 大王イカ(クラーケン)の極上巨大天ぷら・プラントフランベ油田揚げ

食事: 雷神麒麟の黄金米と、超高熱ハイブリッド炊飯

水菓子: ハチミツ・ベアーと氷山マンモスの絶対零度シャーベット


次回(来週土曜)、第0章:箸始めは、厄災猪のプラズマ炙りタタキと狂気の始まり です。

「常識と物理法則が成仏している」というアッシュの解脱ツッコミを楽しみにしてくださると嬉しいです。

楽しみにしてるという方は、評価とブックマークぜひお願いいたします。

執筆のモチベーションのためにもぜひお願いいたします。

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