〇フォッサマグナ大峡谷と、ジョーカー(元社畜)の置き土産
胃が重い。
だが、不思議と心は軽かった。
極上の「黄金米」を平らげた俺たち『最後の晩餐』パーティーは、マッド・キッチン号を潜水モードで、旧日本列島を分断する巨大な亀裂――『フォッサマグナ大峡谷』の底へと潜っていた。
それはまるで、神の御業によって巨大な出刃包丁で日本列島を「三枚おろし」にしようとして、途中で引っ掛かって投げ出したかのような底なしのひび割れだ。
昔の学者はカッコつけてラテン語で呼んでいたらしいが、要するに地球の腹を切り開き、底の見えない内臓を晒しただけのただの巨大な生傷である。
「……まったく、包丁の入れ方が甘いにも程があるな。見事な失敗作だ」
急斜面でハンドルを握りながら俺がボヤいていると、後部のキッチンから顔を出したリズが不満げに鼻を鳴らした。
「本当ね。断層の筋繊維を完全に無視してるわ。私ならもっと骨の髄まで綺麗に、一刀両断の真っ二つにしてあげるのに」
「オカシイだろ地球を捌こうとするな!」
いつもの解脱ツッコミをこなしつつ、俺は防毒マスクのフィルター越しに鼻を鳴らした。
その海中施設に接岸し、まだ保たれていた空調機の臭いを嗅いだアッシュが、
「……匂うな。俺の嗅覚細胞と扁桃体がアラートを鳴らしてる」
元・環境衛生局の検査官だった俺の脳は、空気中の化学物質の変化を「肌の粟立ち」として物理的に感知できる。
「空気中の糖分濃度が異常だ。それに、局所的な超低温ガス……液体窒素の匂いまで混ざってる。ここってどんなバイオテロ環境だよ」
「ボス正解だ。ここは旧時代最大の環境実験施設、『バベル・エコ・スフィア』さ」
先頭を歩くジョーカーが、分厚いチタン合金の巨大な隔壁を撫でながらニヤリと笑った。
「南国ジャングルから極寒のツンドラまで、一つのドームに押し込んだ狂気の箱庭。……いやぁ、懐かしいなぁ」
「正解?懐かしい?ジョーカー。なんか知っているのか?」
「昔、ここの環境制御AIを組んだのは……まだピエロのメイクなんてしてなかった、社畜時代の俺なんだよ。エナジードリンクと胃薬だけで三週間徹夜して、お偉いさん好みの『完璧で無菌な箱庭』を作らされた」
ジョーカーの自嘲気味な笑いには、かつて自分が信じていた「完璧な秩序」との決別と、今の「泥臭くて予測不能な旅」への愛着がほんの少しだけ滲んでいた。
「……でも、そんなもん大融解であっさりぶっ壊れたけどな! パスワードは『Chief_is_Trash』っと。さあ、俺の過去の致命的欠陥を食い荒らしに行こうぜ! ポチッとな☆」
ジョーカーが隔壁のコンソールをハッキング……いや、かつて自分が仕込んだ『裏口』を開いた瞬間、最高機密で守られてるはずの軍事レベルのロックがあっさりと解除された。
こいつの「やらかし」は偶然じゃない。
全ては、大融解で自分のシステムがあっさり崩壊したことで、「秩序」に絶望し、混沌を愛するようになった、自暴自棄な復讐なのかもしれない。
「ヘイヘイ開いたぜ、ボス。甘~い、地獄のスイーツバイキングの入り口だ」




