〇涙腺と胃袋が崩壊する、究極の「ごちそうさま」
命からがら海面に浮上したマッド・キッチン号。
甲板に残されたのは、もうもうと湯気を上げる巨大な黒い釜だけ。
「……開けるわよ」
リズが厳かに宣言し、極太ケーブルの一部を切断し重い蓋を持ち上げた。
辺り一面に広がる、甘く、香ばしく、そして日本人のDNAを強烈に揺さぶる、どこか懐かしい香り。
フワァァァァ……。
真っ白な蒸気が天を衝くように立ち上る。
その向こうに見えたのは、表面に無数の「カニ穴」が開き、一粒一粒が真珠のように輝き、ピンと直立している完璧な「銀シャリ」。
「……美しい。穢れを知らない雪のよう……。これなら食べても大丈夫……」
潔癖症のシルヴィですら、うっとりとして釜の中に手を伸ばす。
「これ、一杯いくら取れるかな……」
ジョーカーがヨダレを拭きながら、ちゃっかり丼を三つ抱えている。
市場価格で小国が買えるほどの価値がある米を、羽釜の羽の上に座り込んだ俺たちは無言で、遺跡から発掘した国宝級の茶碗に山盛りによそった。
おかずはシンプルに。
『留椀』は海底で採れた岩海苔をあしらい、アーマード・クラブの極上カニ味噌汁を張ったもの。
『香の物』は岩塩で漬け込み、乳酸発酵させた特製スライム・ピクルス。
「いただきます」
深く合掌し、俺は白米を口に運んだ。
ハフッ。モグモグ……。
「…………ッ!!」
甘い。
デンプンが完全にアルファ化された極上の「ブドウ糖」の甘さだ。
表面は滑らかで、噛むと驚くほどモチモチとした弾力があり、芳醇な香りが鼻に抜ける。
「うめぇ……。マジで、うめぇ……ッ」
気付けば、涙がこぼれていた。
全てが融けて沈んだこの狂った世界で、俺たちがずっと失っていた「日常」の味がする。
「最高ね……。炭水化物というキャンバスがあるからこそ、おかずの旨味が完成するのよ」
リズが幸せそうにご飯を頬張りながら、追いかけるようにアーマード・クラブを豪快に齧り、さらにご飯をかきこんでいる。
シルヴィが無菌の白米を食べて涙を流していた。
シェルターで無機質なチューブ食だけを与えられ、『美味しい』という感情すら知らずに育った孤独な少女が、ようやくたどり着いた『温もり』だったから・・。
ジョーカーも、一切の文句を言わず無言で箸を動かし、時折、そっとアッシュの空の茶碗にご飯をおかわりしてやり、アッシュが黙ってそれを受け取っている。
静謐な「食事」。
それが、俺たちの長く、命がけの旅のゴールだった。




