〇第3洋上石油プラント! 怯える海の男たちと、ウキウキの料理人
「ベタつく……。空気がベタつくわ……! ここ換気扇が壊れた劣悪な焼肉屋なの!?」
「なんでそんなところ知っているんだよ!」
「前に無菌室のアーカイブの漫画で知ったのよぉ」
太平洋上に浮かぶ、旧時代の遺物『第3洋上石油プラント』。
錆びついた鉄骨とパイプが迷路のように入り組んだその廃墟は、漏れ出した重油と潮風が混じり合い、独特のねっとりとした空気に包まれていた。
シルヴィが純白の防護服をハンカチでこすりながら悲鳴を上げている。
「オイルミストよ! 空気中に微細な油滴が舞ってるわ! これじゃあ私の神聖なる肌が酸化しちゃう! 毛穴が詰まって吹き出物だらけになっちゃうぅぅ!」
「安心しろシルヴィ。天ぷら屋の女将は毎日油を浴びてるから肌がツヤツヤだって言うぞ。油膜が保湿してくれるんだろ」
「嘘よ! それは酸化していない良質な胡麻油の話でしょ! これは産業廃棄物寸前のドロドロの重油じゃない!」
「おいおい、あんたら毎回こんな感じでやってるのか? 緊張感なさ過ぎてビックリだぜ」
呆れた声を上げたのは、背後を固める海洋ギルドのギルドマスターだ。
今回はプラントのクレーンや周辺施設の保全のため、ギルマスを含めて五十名ほどの屈強な海の男たちが応援に参加していた。
「まぁ、天ぷらが食えると聞いてみんなで押しかけてしまった俺たちが言うのもなんだが……」
俺たちは油で滑る鉄の足場を慎重に進んでいた。
一方で、リズは最高に上機嫌だ。彼女はパイプから滴る黒い液体を指で拭い、匂いを嗅いでいる。
「……設備は古いけど、地熱と違って火力コントロールは完璧にできそうね。それに、ここには『食用油』の備蓄タンクもあるはずよ」
「食用油? なんで洋上の石油プラントに?」
「ジョーカー情報よ。かつてここの社員食堂は、過酷な労働を強いる代わりに『揚げ物食べ放題』がウリだったらしいわ。地下倉庫に未開封の業務用キャノーラ油がプールみたいに眠ってるって」
どんな労災不可避のブラック企業だよ。
「今回のテーマは『強肴』。主客の度肝を抜く、暴力的なまでの揚げ物よ。カラッと揚がった黄金の衣、プリプリの身、そしてジュワッと溢れる旨味……。それには、大量の油と高火力、そして――」
リズが眼下の黒い海面を指差した。
「――最高の『具材』が必要よ」
ドッパァァァァン!!
プラントの足場をへし折るような衝撃と共に、海面から10本を超える巨大な触手が飛び出した。
ヌルヌルと不気味に光る赤紫色の肌。吸盤一つが大型トラックのタイヤほどの大きさがある。
深海の王者、『大王イカ(クラーケン)』だ。
「出たわね、天ぷらの王様!」
「「「「「「「「「「「「「「いや違うだろ!!」」」」」」」」」」」」」」
リズの周りにいたいつものラストサパーの面々と、海洋ギルドの男たち五十名による圧巻の総ツッコミが木霊した。
「まったく食材としかみてないな。しかしありゃクラーケンの中でもトップクラスのデカさだぞ!」
「ギ、ギルマス……俺たち生き残れるんすかね?」
ギルド№2の優男ジョージが、銛を持った手をガクガクと震わせ、心底帰りたさそうにしている。
「クラーケンデカすぎだろ! 足一本で新幹線12両より多分長いぞ!」
「だからいいのよアッシュ! 夢の『ゲソ天』食べ放題よ!」
「「「「「「「「「「「いやだもう帰る(-_-;)」」」」」」」」」」」
ガクブルと後ずさりする海洋ギルドの男たちに、ギルマスが青筋を立てて怒鳴る。
「馬鹿野郎! 海の男がイカ一杯にビビってどうする! おめぇら配置につけ!」




