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雑記録  作者: 鱈井 元衡
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あるなろう作家との思い出

お気に入り登録有難う御座います 2015年 08月22日(土) 22時35分


初めまして。●〔記録に残したくないため、伏字〕です。


タイトルの通りなのですが、因みに、あなた様は誰ですか? 失礼ながら、近頃お気に入りに登録しておいて、やっぱり気に入らなかったと云う理由で外されたので、多少、疑心暗鬼に陥っています。ですので、あなた様の事を好く知りたいと思うのです。其れには先ず、あなた様の作品を読む必要が有ります。従って、少々お時間を頂ければ、幾つかの作品に御目通しをさせて頂きたく思います。更に、僕は体(脳と消化器)に重篤な罹患を持って居りますので、何時死ぬか分かりません。其れも御知り置き頂きたく存じます。直ぐには参れませんので、少し御待ち下さい。其れでは。


返信 2015年 08月23日(日) 18時07分


了解しました。私もあなたの作品を拝読することといたします。


なるほど。 2015年 08月25日(火) 10時44分


こんにちは、●です。何故いい歳をしたオッサンがこんな時間にメッセージを送れるのかと云うと、実は消化器系に問題が有り、吐血、下血を繰り返し、体調不良の為に少しばかり早引けをさせて頂いているからです。


さて、『意って』と云う表現、あなたが工夫なさったと知り、驚いています。僕も造語を遣うからです。呆座く(ほざく)とか、「不座ける」とか。前者は阿呆の如くに座った侭人と真面目な話をすると云う失礼を意味しています。後者は、逆に座り(真剣な場面での、詰まり土下座ですね)もせずに頭を垂れると云う失礼を意味しています。僕としては、非常に関心しました。本当に高校生ですか? と、問いたくなる創作力です。又、独自の世界観を感じ、能く世界(人も凡て含めての森羅万象)を観察されているのだなと思わされました。僕など遠く及ばない才能です。ですので、之からも其の心は大切になさって下さい。其れでは。


又御邪魔すると思いますので、其の時には宜しくお願い致します。


返信 2015年 08月25日(火) 18時37分


メッセージありがとうございます。

●さんの字の当て方には感銘を受けました。僕の場合、できるだけ漢字本来の意味で訓をあてたいと考えているのです。たとえば、「みる」という言葉に対して、長い間じっとみているのであれば「観る」と書き、もとからみているのなら「見る」、急に視線を向けるのは「視る」という風に書きたいのです。

森羅万象の観察……いや、自分ではそんな壮大なことをしているつもりではないのですが、確かに人生の思索というか、自分や世界のありかたや意味についてもの思いにふけることはよくあります。

今後ともよろしくお願いいたします。


二日前の返信に関する補足 2015年 08月27日(木) 16時48分


二日前の返信に補足いたしますが、「思う」と「意う」の違いは、「思う」が「感じる」の意味合いを含む時に使い、「意う」の方は単に「推測する」という意味合いで使用すると一応決めているつもりです。しかし、実際にはあいまいなことが多いです。


能く考えていますね 2015年 08月28日(金) 13時50分


こんにちは。●です。


早速ですが、能く考察した上での考え方ですね。昨今では言葉の、と云うか、字義を無視した当て字ばかり目立つのでそろそろウンザリしていました。ですので、あなたの様に、考える、いや、思考の底へ潜って行こうとする若者は探しても先ず居ません。なので、之からも、弛まぬ努力で、僕等は競い合いましょう。


あなたの言う”思うと感じる”と云う発想は、想うと云う言葉では少し弱く、又、意味合いが狭いですね。意うと云う言葉に推測と云う意味を持たせるのは妙案ですね。意識とは詰まり、常に考察を行っている訳ですからね。其処に意義の有る意味を持たせています。僕は気に入りましたよ。ですから、之からも創って行きましょう。意味を持った造語を。其れでは。


 ◇


 僕は以前、あるなろうのユーザーの方と関係を持ったことがある。といっても、メッセージをわずか数通送りあったり、向こうから感想を書いてくれた、というだけのことなのだが。

 確か2015年の八月ごろだ、その人を知ったのは。僕のほうからお気に入り登録したのだ。その作品に感想を投稿してからか、あるいは何気なくそのボタンを押してしまったのか、今となってはもう覚えていない。ちなみにこの頃、僕はなろうよりはむしろラ研で主に活動していた。

 あの人はどうやら、憂鬱な感情をいだいていたらしい。世界を愛する心を持ち、世界に愛されようとしたが、理解されることはかなわない、としばしば主張していた。詩を連載作品で投稿していたし、その他長編小説もいくつかあった。

 気のせいだが、僕はこの人と何か通じ合うものがあったのではないかという気がする。事実、当時は現在よりもずっとやさぐれていたから。世界に対する不満が荒々しい作風に露骨に表れていた。

 今ではかなり丸くなったような気がする。それでも、ルサンチマンはある。ただ昔くらい無意識的に発露することがなくなっただけだ。


 数か月後、その人は活動報告ではっきりと「別れ」を告げた。よくある「気づいたらいなくなる輩」とか「すぐ復活する輩」などとは違って、この人は恐ろしく律儀だった。事実、その数時間後にはアカウントを削除し、僕のユーザーページの活動報告欄の、その人の割烹にぽっかり空白が生じた。ああ、消えたんだな、とその時ばかりは虚無感が。

 理由はわからないが、僕はもうこんな人とは二度と出会えないような気がする。

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