07.そんなんじゃないから!
職場から徒歩五分。
おむすび公園の目と鼻の先にある築古アパート二階。
それが私の住んでいる部屋。
というか管理人のための部屋なんだよね。
この仕事の話を聞いたときに、このアパートもセットで付いてくると知って、“お得じゃん”と思ってつい飛びついてしまった。
そう……つい飛びついてしまった。
お得なものには理由がある。
怪異が起きたときにすぐ対応できるように、だって。
夜勤には正直ありがたい。
でも、なんだか釈然としないような。
そんなことを考えてるうちに家に着く。
ほんと近いわ。
ガチャっ。
「ただいまー」
もちろん返事はない。
まぁ、一人暮らしだし。
「ワフッ」
「そうだね、シロもいるから二人暮らしだね」
白い毛玉を抱き上げる。
モフモフモフ。
疲れた身体に染みる。
よし、回復。
「シロ、シャワー浴びてくるねー」
そう言ってシャワーを済ませたときだった。
ピロリン。
スマホに通知が入った。
就職を機に離れて暮らしているお母さんからだ。
『元気にしてる?そろそろ彼氏見せてね』
「……その彼氏には逃げられたよ」
ベッドへ倒れ込みながら呟く。
彼氏どころか、怪異の相手で手一杯なんだけど。
……まぁ、この時間は帰っても平気。
怪異が一番増えるのは丑三つ時。
そこを越えると、だんだん落ち着いてくる。
次に増えるのが夕方。
まぁ、それも絶対じゃないけど。
日中でも出るときは出るし。
危ないのは、夜の方が多いかなぁ。
……はぁ。
そんなこと考えるよりも寝よう。
「シロ、おいで」
シロが尻尾を振りながらベッドへ潜り込む。
……。
ね、眠れない。
目を瞑るとなんだかあいつの顔が出てくる。
お母さんのせいだ。
変なことを言うから。
でもレインってほんと不思議だよね。
なんとかかんとか皇国とか皇子とか、訳わかんないこと言っちゃって。
ほんとは、どこ出身なのかな。
霊力じゃなくて魔力だもんね。
ヨーロッパ系なのかな。
あっちの方って魔法使いって感じよね。
駅のホームに“穴”がありそう。
空飛ぶ車に、空飛ぶ箒とかね。
勝手なイメージだけど。
……ふふっ。
レインが箒に跨ってる姿を思い浮かべたら笑けてきたわ。
案外、似合いそうね。
それにしても、他の人から見えるお化けってはじめて会ったんだけど。
コーヒー飲むし、唐揚げ食べるし。
こんなことなら、おばあちゃんからちゃんと習っておくんだった。
……そういえば。
違う味って言ってたな。
チーズとレッドが気になってるんだっけ。
チーズの風味が堪らないし、レッドの辛味の中にある旨みも病みつきになる。
……次っていつになるのかな。
――って。
楽しみにしてるみたいじゃん!!
レインはお化け。
仕事だから、仕方なく見守ってるだけなんだからっ。
知らない!
もう寝る!
そのとき。
「……ワフ?」
シロがふいに顔を上げた。
耳をぴんと立てて、玄関の方を見る。
そのまま尻尾をぶんぶん振り始めた。
「ん?」
何かいるの?
しかも、その反応……。
もしかして――
ベッドから起き上がる。
手早く着替える。
鏡を見る。
前髪をちょいちょい。
「……って、何してるの私は」
シロを連れて外へ出る。
「……あ」
少し先に、見覚えのある後ろ姿が浮いていた。
「重蔵おじいちゃんかーい!」
シロは嬉しそうに駆け寄っていった。
……別に。
何か期待してたわけじゃないけどさ。
「おぉ、嬢ちゃん」
「こんなところで何してるのよ」
「散歩じゃよ、散歩」
「墓地からだいぶ足伸ばしてるじゃん」
「足はないがの。ほっほっほ」
「笑えないよ」
シロは重蔵おじいちゃんの周りを嬉しそうにうろうろしている。
「ところで嬢ちゃんこそ、こんな時間にどうしたんじゃ?」
「私のうち、あそこなの」
築古のアパートを指差す。
「寝ようとしてたところで、シロが反応したから見に来たの」
「ほう」
重蔵おじいちゃんが、私を上から下まで軽く眺める。
「なるほどのう。それはすまんかった」
「……は?」
「どうにも、あとは寝るだけという格好には見えんからの。誰かと勘違いさせてしもうたようじゃ」
「レインとか思ってないし!」
「誰とは言っておらんけどのう」
「……っ!」
重蔵おじいちゃんが楽しそうに笑う。
「ほっほっほ。そうじゃ、ついでに一つ良いことを思いついたぞ」
「?」
「わしは嬢ちゃんも知っとる通り、大体この辺りを散歩しとるじゃろ?」
「何回言っても勝手に出てくるから困ってるんだけどね」
「そこでじゃ!」
聞いてないな、これは。
重蔵おじいちゃんが、得意げに胸を張る。
「わしが変なのを見つけたら、嬢ちゃんの家まで知らせに来てやろう」
「いやいや、普通に危ないし」
「なーに、わしは見つけるだけじゃ。相手をするのは嬢ちゃんに任せる」
「そういう問題じゃなくてさ」
「寝不足は美容の天敵じゃぞ?」
「急に何の話!?」
「こう見えてわし生前は美容外科医じゃったんじゃ」
「似合わない!?」
「……何か言ったかの」
「言ってません!」
「嬢ちゃんも若いから無理しちゃいかん。少しでも寝た方がええ」
「ほんに、ほんに」
後ろから声がした。
振り返る。
「松五郎おじいちゃん!」
松五郎おじいちゃんも、いつの間にかふわふわとこちらへ近づいてきていた。
「夜更かしするのは、お化けになってからでも遅くない」
「いや、お化けになりたくないからね!?」
「わしらは起きすぎじゃがのう。ほっほっほ」
二人して笑っている。
もう。
「もちろん、危ないことはせん。怪異が落ち着いてくるこの時間ぐらいじゃ」
「それだけじゃないよ」
私がそう言うと、重蔵おじいちゃんの笑い声が止まった。
「……変異のことじゃろ?」
「分かってるならなおさら――」
「分かっとるよ」
重蔵おじいちゃんが少しだけ真面目な顔になる。
「長いことここにおるからの。変わってしもうた奴も、何人か見てきた」
「ほんに、ほんに」
松五郎おじいちゃんも頷く。
「わしら自身も、少しでもおかしいと思ったらすぐ嬢ちゃんに言う。それでどうじゃ?」
「……ほんとに?」
「なーに、散歩のついでじゃよ」
……もう。
この人たちはほんとに言うことを聞いてくれないんだから。
「……分かった。でも、本当に何かあってからじゃ遅いんだから、気をつけてよ」
「ほっほっほ。心配してもらえて嬉しいのう」
「任された」
「任せたとは言ってないから!」
重蔵おじいちゃんと松五郎おじいちゃんが顔を見合わせる。
「これでキラキラした兄ちゃんにも、寝不足の顔を見せんで済むと良いんじゃがの」
「……っ!」
キラキラした兄ちゃんって――
「レインはそんなんじゃないからっ!」
二人の笑い声が、夜の住宅街に響いた。
シロまで嬉しそうに尻尾を振っている。
「ワフッ!」
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