06.異世界皇子、はじめてのコンビニ
「結菜」
夜の公園に、聞き慣れた声が落ちる。
振り返らなくても分かる。
最近、この声を聞かない夜の方が少ない。
「……レイン」
足元では、レインを見つけたシロが尻尾を振っている。
「待たせたな」
「待ってないし」
こんなやりとりも日常になりつつある。
……ほんとに待ってないからね?
「朗報だ。分かるか」
そう言うとレインは私の前に立つ。
「……?」
上から下まで見てみる。
夜の街灯に照らされた顔は、相変わらず無駄に整っていた。
すっと通った鼻筋に、涼しげな目元。
少し長めの黒髪が夜風に揺れるたび、妙に絵になる。
黒い服の上からでも分かるくらい身体は引き締まっていて、脚も長い。
……モデルか何か?とイラっとくるが、特に変わったところは――
……うん?
あっ。
「キラキラしてない!」
「そうだ」
「……だから何なの?」
「……」
「ここに来てから、色々調べたんだが」
レインはそう言いながら、自分の手を軽く見下ろした。
「どうやら次元を越えるときに魔力が外側に漏れ、発光するみたいだ」
街灯の周りを、小さな虫が飛んでいる。
なんか難しいこと言い始めたわ。
「で、この外に漏れた魔力が認識の阻害に繋がるという訳だ」
……眠い。
「ふわぁ〜」
つい欠伸が出てしまった。
「聞いてるのか」
「聞いてるわよ?」
「言ってみろ」
レインがじっとこちらを見る。
……圧がすごい。
え〜と、何だっけ?
「……」
「おい」
「し、仕方がないじゃない。この仕事は寝不足が付き物なのよ」
「言い訳がましいな」
「ごめんってば。それで、結局どういうこと?」
「……簡単に言うと、結菜以外からも見える」
……えぇ。
守護霊だからいいのか?
まぁ、とにかく。
「はじめからそう言いなさいよ」
「……ふっ」
「馬鹿にしてるの?」
「――いや?かわいいな、と思ってな」
「馬鹿にしてるじゃん」
むっとしながら唇を尖らせる。
レインはそれを見て、また小さく笑った。
「……もういいわよ。で、今日はどうしたの?」
「……あぁ。皆からも見えるようになった訳だ。結菜の世界を見てみたい」
「世界って大げさな。それならコンビニでも行く?」
そう返しかけて、ふと思い出す。
「あ、でもここを放っとけないのよね」
静かな公園を見回しながら、小さく息を吐いた。
「結菜ならそう言うと思った。安心しろ」
レインが軽く手を上げる。
その直後、背後の草むらががさりと揺れた。
現れたのは、白く立派な馬だった。
街灯の光を受けて、白銀みたいな毛並みが静かに光る。
「馬……その子ってもしかして……」
白馬はゆっくりこちらへ歩いてくると、レインの隣で静かに足を止めた。
「あぁ、結菜と初めて会った日に乗ってたな」
草むらから現れた白馬を見て、シロがぴたりと動きを止める。
「わふ……」
小さく声を出し、そのままゆっくり近づいていく。
白馬もシロに合わせて静かに鼻を寄せていた。
そんな様子を見ながら問いかける。
「……その子がどうしたの?」
「こいつはルークスって言うんだが、俺の自慢の馬でな。多少の魔物なら蹴散らせる」
「魔物って……どんな言い方よ」
「それに、まだ慣れてなくてな。そんなに長く保たん。……逆に言えば、そのくらいの時間ならルークスで十分だ」
いやいや。
こんなかわいい馬に任せるとか、レインばかなの?
白い尻尾が、夜の空気をゆったり払う。
……なんだか神々しい――てかよく見たら霊力すごいわね。
うーん。ピークの時間じゃないし。人間の利用者さんはまずいない。
……よし。
「ルークス。追い払うだけ。私が戻るまで時間稼いで」
白い首筋を軽く撫でる。
「無理もしないでね」
レインはルークスに目を向ける。
「聞いたな、ルークス。頼んだ」
ルークスは、まるで言葉を理解したかのように嘶いた。
「じゃあ、行こっか。コンビニ」
そう言いながら、一度振り返る。
「ルークス。ここと、それからシロのことよろしくね?」
ルークスは静かに鼻を鳴らした。
⸻
しばらく歩くと、住宅街に入る。
自然豊かなとこにあるからね。
そもそもコンビニまで少し距離がある。
「……そういえば」
レインが視線を上げながら言った。
「夜でもずいぶん明るいんだな」
「あー、街灯ね」
「街全体が光っているみたいだ」
等間隔に並ぶ灯りが、夜道を静かに浮かび上がらせていた。
「そうかな?ここ田舎だよ。都会なんてもっと明るいし」
「そうか」
「……興味薄くない?」
「さほど興味はないな」
「何でよ」
「結菜の街でないからな」
「何それ」
夜風が吹き抜ける。
「だが、民の暮らしを知るのは悪くない」
「民って言い方、ほんと王子様みたい」
「王子ではなく、皇子だな」
「はいはい」
軽く流しながら前を向く。
「レインの暮らしの方が気になるよ」
「連れてってやろうか」
「全力で遠慮します」
「――ふっ」
⸻
一人だと長い道のりも二人だとあっという間。
気がつけばコンビニの前まで来ていた。
……なんかやだな。すごい楽しかったみたいじゃない。
自動ドアが開く。
途端に、明るい光と冷たい空気が流れ出てきた。
棚には色とりどりの商品が隙間なく並び、奥では機械の低い駆動音が絶えず鳴っている。
「……やはり魔法か」
「え?」
何やら声がするので振り返る。
レインは入口の前で立ち止まったまま動かない。
「扉が勝手に開いたな。やはり魔法。いやしかし魔力が感じられん」
真面目な顔で見当違いの分析を始めるレインに思わず笑ってしまう。
「何言ってるの。ほら行くよ」
レインは並んだ商品棚へ視線を流した。
「夜でも空いてる店は便利だな」
「閉まることないからね。言われてみればずーっと開いてるのは確かに便利だよね」
「……ずっと開いてるとはな。働き者なんだな」
レインは感心したように店内を見回した。
「店の大きさの割に品数が多いな」
並んだ棚へ視線を移しながら、ひとつひとつを確かめるように歩いていく。
飲み物の棚で足を止めたかと思えば、次は菓子コーナーへ視線を向け、また別の棚へ。
……完全に迷ってるな、これ。
「とりあえずこれにしよっか。よく食べるんだ」
レジ横のケースの前で立ち止まる。
温かい灯りに照らされたケースの中には、小箱に入った一口サイズの唐揚げが並んでいた。
「ほぉ。ならそれにしよう」
「味はどうする?」
レインは身を屈めるようにして中を覗き込んだ。
「味……おすすめは」
「んー……無難なのはレギュラー。けど、どれも美味しいよ」
レインはしばらく考えるようにケースを眺め、それから静かに口を開いた。
「ふむ……じゃあ“れぎゅらー”にしようか」
ケースを指差すと、店員さんが慣れた手つきで小箱を取り出した。
「お会計二百三十八円です」
財布から小銭を出そうとしたとき。
隣から、からん、と音が落ちる。
見ると、レインが見たことない硬貨を置いていた。
……わぁ。綺麗な模様ねって――
「いやいやいや!」
慌てて硬貨を押し返す。
店員さんも対応に困ったように視線を泳がせる。
「何をする」
「使えないの!」
「何故だ」
「何故って……」
レインは納得いっていない顔のまま硬貨を見下ろす。
「銀だぞ?」
「銀なの!?」
「足りんか。ならこれでどうだ」
そう言うと金色の硬貨を出そうとする。
それってまさか……
「金貨とか言わないでね?」
「金貨だが?」
「足らないとかじゃないよ!ここ日本だから!」
結局、自分の小銭で支払いを済ませる。
「ありがとうございましたー」
「はーい」
軽く返事をしながら、小箱を受け取る。
その隣で、レインが静かに言った。
「感謝する」
店員さんの動きが止まる。
「……」
顔がみるみる赤くなって、そのまま固まってしまった。
あちゃー。
目を見て話すって、普通はいいことなんだけどな。
レインの場合、相手の耐性が必要になるらしい。
……あんた、自分の顔面の破壊力を知るべきよ。
「どうした?」
「いや、何でもない」
店を出ると、夜の空気が少しだけひんやりしていた。
さっきまでの明るさに目が慣れていたせいか、外の暗さがやけに静かに感じる。
「ほら」
小箱を開けながら、中を覗き込む。
一口サイズの唐揚げが、ころころ並んでいた。
爪楊枝で一つ刺して、そのままレインへ差し出す。
「はい」
レインは自然な動作で受け取ると、そのまま口へ運んだ。
さくっ。
軽い音が鳴る。
「……どう?」
レインはゆっくり噛み締める。
その横顔を、なんとなく見てしまう。
「……これは、美味いな」
「でしょ?」
少し嬉しくなって、レインから爪楊枝を受け取る。
……って。
「あ」
爪楊枝、一本しかない。
いや、そりゃそうか。
普通、一人で食べるやつだし。
ちらりとレインを見る。
レインは特に気にした様子もなく、小箱の中を眺めていた。
……。
……ええい、ままよ!
一つ刺して口へ運ぶ。
揚げたてだったらしく、まだ少し熱い。
「んっ……」
やっぱり美味しい。
二人で食べているうちに、箱の中はあっという間に減っていった。
そして。
最後の一個だけが残る。
レインの視線が、じっと唐揚げへ向いていた。
……そんなに?
なんだか可笑しくなってしまう。
「食べていいよ」
そう言うと、レインは小さく首を振った。
「……譲るのが男というものだ」
「何それ。私はほら、いつでも来れるし」
最後の一個を爪楊枝で刺して、そのまま差し出す。
「だから、どうぞ」
レインは一瞬だけこちらを見た。
そのまま自然に顔を寄せてきて――
ぱくり。
「――っ」
近い。
というかこれ、完全にあーんしたみたいなやつでは?
一気に顔が熱くなる。
レインはゆっくり飲み込む。
その視線が、熱くなったこっちの顔を一瞬だけ掠めた。
「――ふっ」
口元だけで小さく笑い、そのまま続けて言う。
「美味かったな」
「……そんなに気に入ったの?」
「あぁ」
レインは真面目な顔で頷いた。
「ここの食文化はすごい。誇って良いぞ」
「……何様よ」
半分呆れながら言うと、レインは当然みたいな顔をする。
「皇子だが?」
「……また言ってるわ」
空になった箱を折りながら歩き出す。
すると、隣から静かな声が落ちた。
「次は違う味にするか」
「次?」
「あぁ。まだ“ちーず”を食べていない」
レインは指を折りながら言う。
「それに、“れっど”も気になる」
「……じゃあまた行かないとね」
「無論だ」
夜風が、静かな住宅街をゆっくり吹き抜けていく。
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