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05.缶コーヒーと皇子

日が落ちると、公園はすっかり静かになる。


昼間は子どもたちで賑わっていた遊具も、今は闇の中に沈んでいる。


――はずなんだけど。


ギィィ……。


誰も乗っていないブランコが、ゆっくり揺れていた。


「いや乗ってるじゃん」


思わずツッコむ。


半透明の女の子が、こちらを見ながらブランコを揺らしていた。


朝の静けさが恋しいよー。


「ワフッ!」


足元でシロが鳴く。


「そうだよね。シロもそう思うよね」


小袋から塩を取り出し、地面へさらさらと撒く。


「はいはい、帰ろうねー」


「……ヤダァ」


「駄々こねない」


「モット遊ブゥ」


「駄目ですー」


白い線を引く。


「おことわり」


ふっと風が抜ける。


女の子の姿が薄れ、淡い光となって夜空へ昇っていった。


「よし、次」


シロが尻尾を振る。


そのとき。


「アアアアアア!!」


池の方から叫び声が響いた。


「……今度はそっち?」


思わずため息を吐きながら、シロと一緒に池へ向かう。


「うるさっ!」


近づくにつれて、水音がどんどん大きくなる。


池の水面が、ばしゃばしゃと激しく揺れていた。


黒い影が、水を跳ね散らしながら池の中をぐるぐる回っている。


「プールじゃないよ!?」


「ワフワフ!」


「シロも応援しない!」


影は水を跳ね上げながら、勢いよく池の端まで泳いでいく。


「そろそろ帰る時間だよー」


ばしゃんっ。


「……聞いてないなこりゃ」


周囲を見渡す。


池のそば、街灯の光が揺らぐ場所で、空気がぐにゃりと歪んでいた。


……出口、あそこか。


「仕方ないなー、もう」


懐から形代を取り出す。


「おばあちゃん特製形代!いけ!」


紙が水面を滑るように走る。


「どっちが速いか勝負だよー!」


黒い影が、水飛沫を上げながらその後を追いかける。


そのまま勢いよく池を横切り、岸際で歪んだ空間へ飛び込んだ。


空気がぶわりと揺れて――静寂だけが残った。


大きく息を吐く。


……やっと落ち着いたかな。


そう思った、そのとき。


「結菜」


背後から、聞き慣れた低い声が落ちる。


「……っ」


反射的に振り返る。


そこには、夜の中でぼんやり光る男が立っていた。


「来たぞ」


「落ち着いてなかった!!」


シロが嬉しそうに尻尾を振る。


「そうか」


レインが近づきながら言う。


「俺の心も落ち着かない」


「……ほぇ?」


低い声が、そのまま落ちてくる。


「お前のことを考えるとな」


「――っ!?」


耳元で囁かれて、思わず後ろへ飛び退く。


「ちょ、近い近い近い!」


「どうした?」


レインが不思議そうに首を傾げる。


「顔が真っ赤だぞ」


「誰のせいだと思ってんのよ!!」


「――ふっ」


大きく息を吐きながら歩き出す。


夜の遊歩道を、街灯の光がぼんやり照らしていた。


シロが尻尾を振りながら隣を歩く。


「なんか一気に疲れたわ……」


公園の入口近くにある自販機へ向かう。


夜になると、そこだけ妙に明るい。


赤や青の光が、暗い園内にぼんやり浮かんでいた。


「……これは何だ」


「自販機」


「知らないの?飲み物とか売ってるの」


財布から小銭を取り出し、自販機へ入れる。

ガコン、と音が響いた。


缶を二つ取り出す。


「ほら、これ飲んでごらん」


レインは缶を受け取ると、しばらく無言で眺めた。


「……どうしたの?」


「どうやって飲むんだ」


「あー……」


そりゃそうか。

自販機を知らないんなら、“缶”コーヒーも知らないよね。


「そこ押すの」


レインは言われた通りに指を掛け――


プシュッ。


小さな音に、レインの目がわずかに細くなった。


「……なるほど」


静かに口をつける。


「ふむ。コーヒーか」


「コーヒーは知ってるんだ」


「それくらいはな」


「てか渡しちゃった私もあれだけどさ。何で当たり前に飲んでるのよ」


レインは不思議そうに首を傾げる。


「……ほんと謎が多いんだけど」


「何が謎なんだ」


「いや、コーヒー飲んでるし、普通に会話できるし……」


レインは少しだけ考えるように視線を上げた。


「言葉は魔力を介して理解している」


「……魔力?」


「お前たちの言葉を直接聞いている訳ではない。意味を受け取っている」


「え、なにそれ怖」


「怖いか?」


「怖いよ!?」


「結菜も俺の魔力を介して意味を受け取っているが」


「えぇ?私魔力なんてないよ」


「結菜も魔力を込めて殴ってるだろう」


「いやいや。あれは霊力」


「私、霊力だけはそこそこあるんだよね」


「霊力という言葉は知らんが、根本は同じだろう。それに魔力がない人間はいない。この辺りの人間もそうだ」


レインは静かに言った。


「――とはいえ結菜の魔力は、かなり高い。お前が言うところの“お化け”が寄ってくるのも、その影響は大きいだろうな」


「うわ。そうだろなと思ってたけど、聞きたくなかったかも」


……てことは、やっぱりレインも。


ちらりとレインを見ると目が合った。


「……何だ、その顔は」


「いや?」


缶を持ったまま視線を向ける。


「レインもそれ目当てなのかなーって」


レインは、小さく息を吐いた。


「……確かに俺の国では、魔力の高さは魅力の一つになる。だが、俺にとってはそんなことどうでもいい」


「ふーん?」


疑うような視線を向ける。


レインは少しだけ目を細めて、


「疑い深いな」


「だって、お化けだし」


「まだそれを言うのか」


隣では、当たり前みたいな顔でコーヒーを飲んでいた。

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