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04.優しいと呼ばれた日

平日の朝の公園。


“人”も少なく、珍しく落ち着ける時間帯。


「わふっ」


「そうだよね。シロもそう思うよね」


足元に擦り寄ってくるシロの頭を撫でる。


……落ち着くなぁ。


もふもふ。

もふもふもふ。


手が止まらなくなる。


「――ふふっ」


背後から小さな笑い声が落ちる。


振り返ると少し離れた場所に、男が立っていた。


口元に手を当てて、こっちを見ている。


「あ……悠真さん」


この爽やかな笑みがよく似合うお兄さんは、天影悠真。


よく公園に来てくれる常連さんで、私の目の保養。


ときめいちゃうわ〜。

グロテスクなお化けとかもう良いのよ。


……分かってるわよ。

私に恋愛なんて無理なのは、さ。


でも、夢見るくらいは良いじゃんね。


……王子様とか、なんちゃって。


レイン? あれもな〜。いくらイケメンでもお化けでしょ。


悠真さんは来たらよく声を掛けてくれるし、話もちゃんと聞いてくれるし、何より――


何よりここ重要なこと。


悠真さん、お化けが見えるんだよね。


「また難しい顔してるよ?何考えてるの?」


……はっ!

私の悪い癖が出てしまった。


でも、貴方のことを考えてたなんて言えない。


周りを見渡す。


これだ!!


「昨日、犬を拾ったんだ。紹介しようと思って」


すまん、シロ!でも紹介しようと思ったのは本当だ。


「ワフッ!」


「あぁ、この子?」


悠真さんはシロを眺める。


「……変わった飾りをつけてるね?」


首元で揺れる小さな石に、一瞬だけ目が止まる。


「昨日貰ったんだ」


「そうなんだ。良いものだと思うよ」


「ただ……」


風が抜けて、木々の葉がかすかに鳴る。


その音に紛れて、続きは聞き取れなかった。


「え?」


「あぁ、いや何もないよ」


悠真さんは軽く首を振って、いつもの柔らかい笑みに戻る。


「人懐っこいね、この子」


シロは悠真さんを見上げて、それから尻尾を振った。


「でしょ?さっき会ったばっかりなのにさ」


「結菜ちゃんのこと、気に入ったんだろうね」


「まぁ、私優しいからね」


「自分で言う?」


「言うの」


軽く笑いながら、シロの頭に手を乗せる。


そのとき。


シロの動きが、ぴたりと止まった。


「……?」


さっきまで尻尾を振っていたのに、急に耳を伏せて、小さく唸る。


「……どうしたの?」


視線の先を追う。


誰もいな“かった”はずのベンチ。


「……人の癒しの時間を邪魔しないでほしいんだけど」


遠目に見たら人にも見える。


けど、明らかに顔が大きい。


「……結菜ちゃん」


悠真さんの声が、少しだけ低くなる。


さっきまでの柔らかさが、ほんのわずかに消えていた。


「悠真さん、ちょっと行ってくるね。そこで待っててね」


返事を待たずに、一歩踏み出す。


シロが不安そうに足元を回る。


「大丈夫だよ。すぐ終わるから」


軽く頭を撫でてから、ベンチの方へ向かう。


……やっぱり、人じゃない。


「おはようございまーす」


輪郭がわずかに揺れる。


うーん。聞こえてそうな気がする。


「ここ、居心地いいのは分かるけどさ。長くいると、戻れなくなるよ」


葉がかすかに擦れる音だけが残る。


「そのまま変異するかもしれないからさ。君が君のままでいられるうちに、ね」


返事はない。

けど、また輪郭がほんの少しだけ揺れた。


……まぁ聞こえてはいるんだろうな。


小袋から塩をつまみ出して地面にすっと線を引く。


「おことわり」


白い筋がベンチの足元から上へとまっすぐ伸びていく。


「ほら、こっちだよ」


“それ”はゆっくりと足を乗せていく。一歩踏み出すごとに、輪郭が薄くなる。


……。


やがて姿がほどけ、淡い光が空へ昇っていった。


「……優しいんだね」


少し遠いところから悠真さんの声が落ちる。


「ね?言ったでしょ?」


「……そうだね」


「戻れるなら、その方がいいよね」


シロが小さく鼻を鳴らす。


悠真さんは少しだけ間を置いて、それからゆっくりと歩み寄ってくる。


「結菜ちゃんらしいよ」


視線が、さっきまで“それ”がいた場所を一度だけなぞる。


「さて、もう終わったよ。シロ、おいで」


しゃがんで、その頭を軽く撫でる。


「大丈夫だよ。もういないから」


小さく尻尾が揺れる。


その様子を見てから立ち上がると、悠真さんと目が合う。


いつも通り、柔らかく笑っている。


笑っているはずなんだけど――


……?


まぁ、いっか。


それよりも大事なこと。


「ねぇ悠真さん」


「うん?」


「ここで働かない?」


ほんの一瞬だけ、間があった。


「……働かないよ」


「何でよ。お化け見えるし良いじゃん。寂しいんだよー。一人はさー」


「シロがいるから大丈夫」


悠真さんは、足元で尻尾を振るシロを見て、小さく笑った。


「それは……そうかも」


「でしょ。結菜ちゃんは一人じゃないよ」


「うーん?良いように言いくるめられてない?」


「あはは。そんなことないよ?」


風がひとつ、遅れて抜けた。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


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