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03.守護霊と子犬

「待たせたな」


目の前には黒いお化けとキラキラお化け。


黒お化けは急がないとマジやばい。


「そのまま押さえててくれる?」


頷くキラキラを横目に黒お化けをボコす。


急げ、白崎結菜。


このまま流し込め!


「――いける。おことわり!」


黒い姿がほどけ、淡い光が夜空へ昇っていく。


……はぁはぁ。


間に合った。


「よく犬を抱えたまま、そんなことできるな」


声のする方を見る。


キラキラ――……なんだっけ。名乗ってた……はず。

助けてもらってなんだけど、ほんとにすまん。


「どうした?」


キラキラの声に昨日の出来事が頭をよぎる。


そう。急に跪いたんだ。

またそれが似合うのが腹が立つ。


「おい」


あんなの現代っ子には刺激が強すぎるというか、なんというか……。


「どこか痛むのか」


そうだ。私は悪くない。うん。


「……大丈夫。助けてくれてありがとう」


「気にするな。どこにいようと、何をしてようと駆けつけてやる」


そんなこと言って……王子様かよ。


あ、自称皇子様だったわ。


そもそも皇子と王子の違いとかわかんないわ。


それにしても。


「ねぇ。なんでそんな優しいのよ」


……お化けのくせに。


そう言うと、キラキラは目を瞬かせて答えた。


「結菜だからだ」


「理由になってないわよ」


キラキラは一瞬考えるような素振りをする。


「……ところで」


距離が、妙に近い。


「今、俺を“ねぇ”って呼んだな」


「それがどうしたの」


……


何この間。


「名前、覚えてるよな?」


「……」


答えずにいると、大きなため息が聞こえた。

そして、顔がゆっくり近づく。


「レイン・エル・リミナリアだ。覚えてくれるか?」


耳元で囁かれる。


「……っ!」


後退りしながら、首を縦に振る。


「――ふっ」


レインの口元がわずかに上がる。


「揶揄ったわね」


「いいや?」


レインの目線が上下に動く。


「さっきは急に黙ったから、心配したが――怪我もなさそうだ」


「疑ってたの?」


「話を聞かんとこがあるからな」


……くっ。

否定はできない。


そんなやりとりをしていると。


「……クゥーン」


小さな鳴き声が聞こえる。


「……あ。この子ほったらかしだった」


腕の中の子犬が、抗議するみたいに鳴く。


「ごめんね。もうちょっと待ってね」


そう言うと、子犬の前足をそっと持ち上げる。


裏側まで軽く目を走らせてから、今度は背中に手を滑らせた。


なんだか視線を感じるわ。


「……そんなに見られるとやりにくいんだけど」


「俺のときとはずいぶん態度が違うと思ってな」


「それは、その、レインの態度が悪いのよ」


「――へえ?」


「……知らない」


視線を逸らして、子犬に目を戻す。


「うん。怪我はなさそう。もう大丈夫だからね」


子犬をひと撫でしてから放す。


「……?」


子犬はくるくる足元を回るばかりで、離れる様子はない。


「ずいぶんと懐かれたな」


後ろからレインの声がする。


……とは言ってもなぁ。

しゃがみ込み、子犬の頭をそっと撫でる。


「あのね?私の周りにいたら危ないんだよ?」


「わふっ」


伝わってないな、これ。

このまま逃しても、余計に危ない、か。


……仕方がないな。


「一緒にいる?」


「わふっ」


「じゃあ君の名前は、シロだ」


シロは嬉しそうに尻尾を振りながら、足元を駆け回る。


「……それでいいのか」


何か言われたが気にしない。

かわいいよね?


ポチとも迷ったんだけど。

白い毛並みだし、呼びやすいし。


「……本当は、結菜に渡そうと思ってたんだがな」


そう言いながら、レインはシロに小さな宝石のついたネックレスを付ける。


細い鎖の先で、小さな青が揺れた。

深い夜のような石の中に、金色の粒が散っている。


「わぁ……綺麗。星空みたい」


シロが動くたびに、静かに光が瞬く。


「見た目云々は俺にはよく分からんが、これは護石でな。邪気を退ける効果がある」


「ふーん?」


……ちょっと待って。


今聞き流してたけど絶対高価だよね。


そんなものを私に渡そうとしてたの?


ほぼ初対面だぞ。


……皇子かどうかはともかく、ボンボンなのは間違いなさそうね。

 

まぁ、馬に乗ってくるくらいだしな。


キラキラ改めボンボンお化け。


いや、キラキラボンボンお化けか。


とはいえだ。


「……そんな高価なの貰えないよ」


「シロに何かあったら結菜が悲しむだろ」


「うーん……そうだけどさっ」


やっぱり返そうとシロの首に手が伸びる。


「それにだ」


伸ばしていた手を止める。


「……?」


「俺が結菜の悲しむ顔を見たくない。俺のためだ」


そう言ってレインはシロを撫でる。


「……そこまで言うなら、ありがたく貰っとくね。良かったね、シロ」


……あれ?


「でもあんたお化けでしょ?邪気を出してる側じゃないの?退けるっておかしくない?」


「さぁな。少なくとも、お前を害する気はないが?」


「あ、分かった!」


「……言ってみろ」


「守護霊ってやつだ」


レインの動きが、ほんの一瞬止まった。


「――ふっ」


……そうか守護霊だったのか。

だったらいてもいいのかな。


ほっと一息をついたそのとき。


「無事に終わったようじゃな」

「よきよき」


聞き覚えのある声に、思わず顔を上げる。

二人のおじいちゃんが“浮いていた”。


「……なんでいるのよ。お家行ったんでしょ?」


「気になったもんでなぁ。戻ってきたんじゃよ」

「ほんに、ほんに」


「戻ったらダメなの」


「優しいじゃろ」


「野次馬って言うのよ」


ふと見ると、レインの視線が二人の方を向いていた。


「あ、こちら重蔵おじいちゃんと、松五郎おじいちゃん。見ての通りのお化けです」


「う〜ら〜め〜し〜や――」


はいチョップ!


「――って痛いのう。何するんじゃ」


「あのね、レインのことも上から見てたんでしょ」


そろって頷く。


「なら、分かるよね?」


「ひょえ〜」


おじいちゃんたちは震え出した。


「あのな、俺を何だと思っているんだ」


「え?めちゃ強お化けだけど?」


「……はぁ」


「あ!でも守護霊なのよね!ちゃんと分かってるから安心してね」


「……はぁ」


虫の声が途切れたまま、夜の公園が静まり返っている。


「てかさ、あんたもよ。“閉じた”のにどうしているのよ」


「あんたじゃないだろう?」


レインは一歩近づく。


――近い。


さっきの距離感が、そのまま戻ってきたみたいに。


「……っ、近い」


息がかかりそうな距離で、視線が落ちてくる。


「レ、レイン!」


「それでいい」


レインは小さな笑みを浮かべた。


「さて、どうしてここにいるか、だったな」


そのまま続ける。


「約束しただろう?また来ると」


「約束してないわよ!」


「それに、一度繋がったからな。来ること自体はさほど難しくない」


「……ん?」


池に目をやる。


「わざわざ開けてるの?仕事増えそうなんだけど」


じろりとレインを見る。


「開けてるわけではないな。説明しよう」


「長くなりそうだから良いわ」


「……それで良いのか」


なんだか呆れたような声がしたが、気にしない。


だってさ。

守護霊なんだったら害は無いだろうし、やたら自我の強そうなタイプだから変異の心配も少ない。


行き帰りできる手段もあるなら、それで良いわよね。


とはいえ油断できないのがおむすび公園だ。


だから仕方なく――そう、仕方なく仕事で見守るってだけ。


そういうことなんだから。


「レイン、あまり調子に乗ったらダメだからね」

「急に何を言っている」


「仲がええのぅ」

「うむうむ」


「見る目があるな。褒めてやろう」

「見る目ないわよ!」


「わふっ」


さっきまで静まり返っていた公園に、少しだけ笑い声が戻った。

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