24. 終わったのは?
灰色の糸は、レインの剣が通ったところから一気に崩れていった。
「……つ、強い」
ついさっきまで大きな繭みたいに絡まり合っていたのに、もう形すら残っていない。
細かな灰色の光だけが、夜の空気へ溶けていく。
操作が得意とは言ってたけど、霊力に形を与えるって……どれだけよ。
それ以上に驚いたのは、この力の込め方――
「レインの霊力も相当多いわよね」
「皇子だからな」
「また言ってるわ」
レインの手の中で光り輝く剣を見る。
「早くその物騒なもの仕舞いなさいよ」
「そうしたいのは山々なんだがな……魔力操作が得意と言ったのは覚えてるか?」
「覚えてるけど、何を唐突に――」
「切ったときに違和感があった。俺の魔力まで引っ張られるような感覚が、な」
「え?」
「そして、その感覚は消えていない」
そう言われて、繭があった場所を見る。
灰色の糸も、糸が絡み合ってできた繭も跡形もない。さっきまで胸の奥にまとわりついていた焦りも、ずいぶん薄くなっている。
なんなら、花火にも間に合いそうで――
『早く』
「……っ!?」
薄れていた焦りが、また強くなる。
祭り会場の方へ目を向けると、暗闇の向こうから細い灰色の糸が伸びてきていた。
一本だけじゃない。
次々と現れた糸が、さっき繭のあった場所へ集まり始める。
……なにこれ。
「レインっ!」
「やはり、な」
「こんなの普通じゃないよ!」
レインが目を細めた。
「あぁ。どうやら集まった思念だけ散らしても、根本的な解決にはならんようだ」
「うん」
さっきの繭は、確かに消えた。
それなのに、また同じ場所へ感情が集まり、繭へと形を変えていく。
「繭が感情を集めたんじゃない。集められた感情が繭になったんだ。原因を見つけないと――」
「終わらないな」
レインが光の剣を握り直し、繭の前へ一歩出る。
「だが、悠長に構えている暇はなさそうだ」
灰色の糸が絡まり合い、先ほどより一回り大きな繭を作っていく。
その中には、うっすらと影が見えていた。
繭の表面が内側から押され、大きく歪む。
「そろそろ羽化しそうだ」
灰色の糸越しに、人の腕にも見える細長い影が浮かび上がった。
「なっ……!」
大きく歪んだ繭へ、レインが剣を振るう。
「こいつは俺が抑える」
光が走り、繭が一気に崩れ落ちる。
「原因は任せた」
「……うん!」
林の中を見回す。
木と草と落ち葉。見たところ、それらしいものは何もない。
でも、絶対に何かある。
これだけの感情が、勝手に同じ場所へ集まり続けるなんてありえない。
そのとき、おばあちゃんの言葉が頭によみがえった。
『流れを見て、歪みを知って、戻してやる。それが大事なんだ』
そうだ。
繭だけじゃない。流れを見るんだ。
祭り会場から伸びてくる灰色の糸を目で追う。
一本、二本――次々と繭へ向かって伸びている。
「……?」
よく見ると、直接繭へ向かっているわけじゃない。
糸の流れが、途中でわずかに曲がっている。
灰色の糸は必ずそこを通ってから、繭へ吸い込まれていた。
「……ここだ!」
糸が曲がっている先へ駆け寄る。
木の根元にある落ち葉を払いのけると、地面に小さな黒い塊が埋まっていた。
……なにこれ。
いや、そんなことより――
ポケットから塩を取り出し、黒い塊を囲むようにまく。
「おことわり」
歪んだ流れを一気に整える。
一瞬、黒い塊が脈打つように震えた。
すると、祭り会場から伸びていた灰色の糸が、ぷつりと途切れた。
「……止まった! レイン!」
「あぁ」
再び光が走る。
形を作りかけていた繭が一瞬で切り裂かれ、灰色の光となって夜の空気へ溶けていった。
二人でその場所を見つめる。
しばらく待っても、新しい糸は現れない。
「……終わった?」
「そのようだな」
「よしっ!」
思わず笑みがこぼれる。
これでやっと――
……。
「あれ?」
さっきまで何度も聞こえていたはずの音がしない。
「……レイン」
「何だ」
「花火の音……してなくない?」
「……」
二人そろって祭り会場の方を見る。
「走るよ!!」
レインの手を掴んで、そのまま走り出す。
「――おい」
花火、花火、花火――!
⸻
二人の姿が林の向こうへ消えていく。
その様子を少し離れた場所から眺めていた誰かが、小さく笑った。
「ふーん……それにしても、面白い“魔力”だなぁ」
しばらく二人が消えた方を見つめてから、楽しそうに呟く。
「やっぱり、もう少し近づこうか」
⸻
「はぁっ……はぁっ……!」
ようやく会場へ戻ると、海沿いにはまだたくさんの人がいた。
だけど、夜空には何も上がっていない。
……まだ次があるよね?
そう思って空を見上げたまま待つ。
一秒。
二秒。
三秒。
……遅くない?
そのとき、すぐ近くを歩いていた人たちの声が聞こえた。
「今年も綺麗だったねー」
「最後すごかったな!」
「……」
その場で固まる。
「……終わってる」
「そのようだな」
もう一度、何もない夜空を見上げる。
「終わってるじゃん!!」
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