23.一緒に観るの
ドンッ――。
また花火の音が響く。
「……っ、早くしないと」
また胸がざわつく。
足を踏み出しかけたところで、レインの声が飛んだ。
「結菜」
「何?」
「落ち着け」
「だって、もう花火始まってるし――」
そこまで言って、止まる。
……そう。
花火が始まった。
だから焦ってる。
それは間違いない。
でも――
顔を上げる。
レインがじっとこちらを見ていた。
「今の焦り、本当に全部お前のものか?」
「……え?」
その瞬間。
自分のものだと思っていた焦りが、ふっと揺らいだ。
『早く』
『間に合わない』
『急いで』
『早く――』
「……っ!」
「何、これ……」
声……。
いや、違う。
気持ち?
もしかして――
「……これ、思念型……?」
「思念型?」
「人の思いが残ってできる怪異。普通のお化けとは違うの」
ドンッ――。
花火の音とともに、焦りがどこかへ引かれていく。
「魂の核がないから、散らせば消えるはず」
「なるほどな」
感情が流れてくる方へ顔を向ける。
……だけど遠い。
人混みの、ずっと向こう。
屋台の奥の林の方へ続いていた。
急がないと。
「あっち!」
二人で走り出す。
けれど――
「すみません、通してください!」
人。
人。
人。
「……っ、早く」
全然進めない。
原因を見つけないと。
このままじゃ、もっと――
胸の奥から、何かがすっと抜けた。
『早く』
「……え?」
そのまま引っ張られるように、林の向こうへ流れていく。
……やっぱり。
「あっちで間違いなさそう」
屋台の向こうに見える林を指差す。
「あそこか」
「うん」
屋台の切れ間に、散っていく光がちらりと覗いた。
レインの目も、わずかにそちらへ動く。
「花火とやらは、もう始まっているだろう?」
「……そうだけど」
「なら、結菜は先に行け。散らすだけなら俺にもできる」
レインが一歩前に出る。
「会場で待っていろ」
「何言ってるの」
向かおうとする手を引く。
「お祭りの楽しさを教えるって言ったでしょ」
顔を見上げる。
「一緒に観るの」
一瞬、レインが目を瞬かせた。
「――ふっ」
小さく笑う。
「そうだったな。それなら、さっさと片付けるか」
「うん。でも――」
前を見る。
「まず、この人混み抜けないとね」
花火の音を背に、人の隙間を縫うように進む。
少しずつ屋台の明かりが遠ざかっていく。
なのに。
『早く』
『間に合わない』
『急いで』
……どんどん強く感じる。
レインが林の奥を見据える。
「この先だな」
「うん」
感情の流れを追って、さらに奥へ進む。
進むほど、胸の奥がざわつく。
さっきまで散らばっていた焦りが、ひとつに重なっていくような――
木々の向こうに、何かが見えた。
「……何、あれ」
木々の隙間に、灰色の糸のようなものが浮いていた。
一本じゃない。
何十、何百もの細いものが、ぐちゃぐちゃに絡まり合っている。
まるで、大きな繭みたいに。
ドンッ――。
花火が鳴る。
その瞬間、また一本。
外から伸びてきた細い糸が、絡まりの中へ吸い込まれた。
「……やっぱり」
思念型。
でも――
「……変」
「何がだ?」
「思念型って、普通はその場に残った思いが形になるものなの」
繭を見る。
「でもこれ――残ってるんじゃない」
また一本。
また一本。
祭り会場の方から伸びてきた糸が、次々と繭へ絡みついていく。
「集められてる」
「……集められている、か」
レインが灰色の繭を見据えた。
「だが、散らすことに変わりはないんだろう?」
「まぁ、そうだけど――」
その瞬間。
「え?」
灰色の繭が、縦に裂けた。
遅れて、風が頬を撫でた。
一瞬前まで隣にいたはずのレインが、繭のすぐそばに立っていた。
その手には――
淡い光で形作られた、一振りの剣。
「……剣?」
レインが軽く刃を振る。
残っていた灰色の糸まで、一斉に散った。
「ちょっ……」
強いとは思ってた。
思ってたけど。
「こんなに!?」
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