25. お化けだと思っていました
海辺には、まだ屋台の灯りが残っている。
花火を見終えた人たちが、楽しそうに話しながら帰っていく。
私たちも帰ればいいのに、何となくその気になれないまま、海辺に残っていた。
さっきまで辺りを埋めていた賑やかな声も少しずつ遠ざかり、代わりに波の音がよく聞こえるようになっていた。
どれくらい経ったんだろう。
最後まで残っていた屋台の明かりもなくなって、気づけば辺りには誰もいない。
「……終わっちゃった」
せっかく海まで来たのに。
今日ずっと楽しみにしていたのに。
「……少し見えた」
隣で、レインがぽつりと言う。
「少しじゃん」
確かに、空が明るくなるのは何度も見た。森へ向かう途中には、消えかけた光だってちらっと見えた。
「あんなの、花火を見たうちに入らないよ」
海から吹いてきた風が、頬にかかった髪を揺らす。
「……バーンで、ぱぁーだったな」
「え?」
レインが片手を上げる。
手のひらに集まった淡い光が、すっと夜空へ昇っていった。
海の上まで昇ったところで、ぱっと弾けた。
「……わぁ」
淡い光は、細かな粒になって夜空に広がり、ゆっくりと海へ落ちていく。
水面にも光が映っていた。波が揺れるたびに形を変えながら、暗い海の上できらきらと光っている。
「すごい!」
レインは消えていく光を見つめたまま、わずかに眉を寄せた。
「……広がりが足りないな」
「え?」
レインの手から、二つ目の光が昇る。
さっきより高いところで弾けると、淡い光が大きく広がった。
「わ、さっきより大きい!」
レインの目は、まだ消えかけた光を追っている。
その光が消えきる前に、三つ目が昇った。
今度は少し低いところで弾けて、横へ大きく広がっていく。
「あっ、今のも綺麗!」
次に昇ったのは、二つの光だった。
少し間を空けて順番に弾け、海の上を明るく照らす。
「ちょっと、すごいすごい!」
二つ目が消えるより先に、今度は三つ。
「え、増えてるじゃん!」
一つ、二つと続けて弾けて、少し遅れて三つ目が大きく広がった。
さっきまで暗かった海の上が、淡い光に何度も照らされる。
次々と弾ける光を夢中で見ていると、レインと目が合った。
「……何?」
「いや」
ほんの少しだけ、レインの口元が緩む。
そのまま片手を上げると、一筋の光が高く伸びていった。
「あっ!」
これまでよりずっと高い。
どこまで昇るんだろうと思ったところで、頭上に大きな光が咲いた。
「すご……!」
細かな光が降ってくるようで、思わず見入ってしまう。
ゆっくりと落ちていく光は海にも映り、波に揺られながら少しずつ薄くなっていった。
それきり、空は静かなままだった。
「……楽しかった」
光の消えた海をしばらく眺めてから、レインを見る。
「ありがと、レイン」
「礼を言われるほどのことではない」
「こういうときは、素直に言われときなさいよ」
「そういうものか?」
「そういうものです」
「なら、受け取っておこう」
「よろしい」
笑っていると、レインの頬の辺りで淡い光が揺れた。
「あ」
細かな光がこぼれ、夜の中へ消えていく。
指先からも少しずつ光が漏れ始めていた。
「そろそろ?」
「ああ。少し使いすぎたようだ」
「そりゃ、あれだけやったらね」
最初に会ったときほどじゃない。
それでも、暗い海辺ではよく目立つ。
「……こうして見ると、やっぱりお化けなんだよなぁ」
「結菜」
「ん?」
「俺はお化けではない」
「え、でも光ってるじゃん」
「前にも言ったが、魔力の影響だ」
レインが光の漏れる手を上げる。
「結菜も同じことをすれば光る」
「……私も?」
「ああ」
「…………」
レインを見る。
「……え、あんた生きてるの?」
「無論」
「ええーっ!?」
声が、誰もいない海辺に響いた。
目の前では、相変わらずレインの指先から淡い光がこぼれている。
「……じゃあ、守護霊じゃないのか」
「そうだな」
海から吹いてきた風に、淡い光がさらわれていく。
波の音を聞きながら、それが消えていくのをぼんやり眺めていた。
「結菜」
「ん?」
「守護霊ではないが、俺はお前のことを守りたいと思っている」
「…………」
何か言い返そうとしたのに、言葉が出てこない。
頬が熱くなって、レインから逃げるように海へ目を向けた。
暗い海では、波が静かに寄せては返している。
「……今、こっち見ないで」
「――ふっ」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
『異世界皇子を、お化けだと思っています。』第一部は、これにて完結です。
お化けだと思っていたレインが、ようやくお化けではないと判明しました。
結菜とレインのお話は、ここでひとまず一区切りとなります。




