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19.“まだ”

「……」


遅くない?


ちょっとって言ってたよね。


しゃがみ込んで、さっきまで穴があったところへ触れてみる。


ただの土だ。


少し掘ってみる。


シロも前足で土を掻いている。


「……」


変わらない。


そりゃそうか。


だったら――


とりあえず、殴ってみる?


「……うん」


「ワフ?」


何もしないで後悔するより、やって後悔。


拳を握る。


腕を振りかぶって――


その瞬間。


目の前に、突然穴が開いた。


「え」


穴の中から、黒い髪がせり上がる。


「レイン!?」


ってもう止まらない!


ブン!


「――っ!」


「何をやっているんだ」


拳は、レインの手のひらの中で止まっていた。


「レイン!大丈夫!?」


「殴りかかってきたやつのセリフとは思えんな」


「よかった……」


「殴られなくてよかった、という点では同意だな」


穴の縁から、聞き慣れた笑い声がした。


「くっくっく」


「……おばあちゃん」


少し遅れて、おばあちゃんが穴から姿を現す。


「大丈夫、と言っただろう?」


「だって!!なかなか帰ってこないしさっ」


二人を見比べる。


「……何の話してたの?」


「そんなに気になるか」


「……っ! やっぱいい!」


おばあちゃんは、穴のあった場所から離れると、広場の方へ向き直った。


「さて。約束通り、あたしが見回りをしてやろうかねぇ」


「約束はしてないよ!」


「細かいことはいいのさ」


ひらひらと手を振る。


「久しぶりに羽を伸ばして休みな」


「えぇー……」


「疲れた顔してるよ」


そう言って、公園の出口を示した。


「――ほら。行った行った」


「ふむ。恩に着る」


レインが私の隣へ並ぶ。


そのまま、当然のように出口の方へ視線を向けた。


「では、行こうか」


「何受け入れてるのよ! てか、そもそも一緒に行くとは言ってないわよ」


レインが私を見る。


「では、やめるか?」


「……」


レインの口元が、わずかに上がる。


「決まりだな」


「まだ何も言ってないよ!」


レインがにやりとこちらを見る。


「“まだ”?」


「――っ!」


「そら、行くぞ」


「ワフワフっ!」


シロが嬉しそうに私たちの間へ駆け込んでくる。


そのまま出口へ向かおうとしたところで――


「こらこら」


おばあちゃんが、杖で地面を軽く叩く。


「ワフ?」


シロの足が、ぴたりと止まった。


おばあちゃん、霊力の無駄遣いよ。


「あんたは、あたしと一緒だよ」


「ワフ!?」


シロの声を背中に聞きながら、公園を出る。


しばらく歩くが、レインの足は止まる気配はまるでない。


「ねぇねぇ」


「どうした?」


返事をするレインの口元が、わずかに緩んでいた。


「流れで出てきたけどさ」


目線を外し、前に続く道を見る。


「行く当てあるの?」


「ある訳ないだろう」


「ないんかい!」


思わずレインを見る。


相変わらず、口元には薄く笑みが浮かんでいる。


「それなら、何でそんな楽しそうなのよ」


「どこに行くか、ではなく誰といるか、だ」


「お化けに言われても嬉しくないわよ!」


一瞬、間が開く。


……何よ、その目は。


おかしなことを言ってるのはレイン――って、それよりも。  


「ほんとにどこまで歩くつもりなの?」


「お前が止まるまでだ」


「怖いわ!」


「何がだ」


「目的地なしで永遠に歩こうとしないの!」


「では、どこへ行く?」


「うーん……」


少し考える。


「とりあえず駅の方行こっか」


なんかあるかもしんないし。


「駅か」


レインが一度頷く。


「ふむ。ルークスを連れてこようか?」


「なんで!?」


「駅へ行くのだろう?」


「行くけど、ルークスはいらないよ?」


「……そうなのか」


なんでちょっと残念そうなのよ。


そのとき。


横道から浴衣姿の家族連れが出てきた。


そのまま私たちと同じ方向へ歩いていく。


男の人も女の人も、手にはうちわ。

子どもは小さな巾着をぶら下げている。


「今日、どっかで夏祭りするのかな?」


「夏祭り?」


隣から声がする。


あぁ。知らないかぁ。


仕方がない。私が教えてあげよう。


レインの言葉に、胸を張って答える。


「夏にやる祭りよ」


「……それくらい分かる」


「……」


「言葉が悪かったな。何をするんだ?」


気を取り直して、浴衣姿の人たちを見る。


「屋台がいっぱい出て、食べたり、遊んだりしてさ」


指を折りながら数えていく。


「あとは花火が上がったりもするよ」


「花火?」


思わず足を止めかける。


「……花火、知らないの?」


「あぁ」


「ほんとに?」


「知らんな」


「えぇー!?」


つい声が大きくなる。


「空に打ち上げるの! バーンって!」


両手を上に伸ばして、そのまま大きく広げる。


「こう、ぱぁーって光って! 赤とか青とか、いっぱい色があってさ!」


レインが私の手を見ている。


「……今ので分かった?」


「お前が楽しそうなのは分かった」


「花火を説明してるのよ!」


そんなことを言いながら歩いていると――


ガタン、ゴトン。


電車の走る音が聞こえた。


駅まであと少し。


「あ」


掲示板に貼られた一枚のポスターが目に入った。


浴衣姿の人たちが並び、提灯の下には屋台の絵が描かれている。


『夏祭り』


その下の文字を読んで、私は目を見開く。


『海上花火大会 開催』


「……海」


「どうした?」


レインが何か言ってるが、もう耳に入っていなかった。


夏祭り。


花火。


なにより……海!


「……レイン」


「何だ」


「行くよ」


「どこへだ?」


ポスターを指さす。


「海!!」

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


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