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17.おばあちゃんには内緒

窓から差し込む柔らかな光が、管理棟の床を細長く照らしている。


昨日のことを日誌へ書きながら、おばあちゃんへ声を掛ける。


「ほんとに怪異まで?」


「せっかく来たんだし――」


おばあちゃんはほうきを動かしたまま続ける。


「真壁さんに紹介したのあたしだからねぇ」


「だからってさ。別にゆっくりしてたらいいのに」


「じっとしとくのも性分じゃないのさ」


おばあちゃんがニヤリと笑う。


「それとも何かい?隠したいことでもあるのかい?」


「そ、そういう訳じゃないし!」


足元を白い毛玉が駆け抜ける。


「ワフッ!」


シロは管理棟の中を一周すると、そのままおばあちゃんの足元へ飛び込んだ。


「おやおや」


おばあちゃんが目を細める。


「今日も元気だねぇ」


「ワフッ!」


ナイスだシロ!

そのまま気を逸らしておくんだ!


尻尾をぶんぶん振るシロを見ながら、日誌へ視線を戻す。


さて、昨日は――


大型怪異一件。


ゴキブリもどき。


被害なし。


……いや、被害はあったか。


くそう……数だけ見たら平和な部類なのにっ。


拳を見る。


「うぅ……」


思い出しただけで鳥肌が立つ。


「何だい?」


おばあちゃんが首を傾げる。


「いや、昨日のゴキブリが」


拳を見ながらぼやくと、おばあちゃんが肩を揺らした。


「くっくっく。あんなもの殴るからだよ」


「だって飛びかかってきたんだもん!」


おばあちゃんは呆れたように首を振る。


「お札渡してあるだろう?動きを止めりゃよかったのに」


「……あ」


思わず手が止まる。


「忘れてたのかい」


「いや、でもよく考えたらさ」


「どうしたのさ」


「道つくって還ってくれないならさ。……私、殴るか、蹴るしかできないよ」


おばあちゃんは小さく肩をすくめた。


「昔から変わらないねぇ」


おばあちゃんの声が低くなる。


「今回は気持ち悪いで済んだけどねぇ。怪異の中には触れるだけで、穢れがうつるときもあるよ」


「……っ」


一つ息を吐くと、おばあちゃんはほうきを壁に立てかける。


「大体のやつは触れても大丈夫さね。あんたは特に頑丈だからね」


おばあちゃんと目が合う。


「でもね――問題は、穢れが強そうなのがいたときさ」


そして軽く拳を握った。


「見てみな」


その瞬間。


おばあちゃんの身体から光が溢れ出した。


霊力だ。


「……っ」


思わず息を呑む。


昨日の静かな光とは違う。


力そのものを見せつけるような光だった。


光は身体の周囲を揺らめきながら広がり――


今度は拳へ向かって流れ始めた。


吸い込まれるように。


集まった光はさらに押し固められ、拳の周りだけが眩しく輝く。


なんというか――


「……怖っ」


おばあちゃんは拳を見た。


「そうだねぇ。その感覚は忘れないで欲しいね」


拳の周りの光がさらに濃くなる。


「これはね、力を直接ぶつけるやり方なのさ」


「私いつもやってない?」


「あんたのは無理やり流し込んでるだけだよ」


「ひどい!」


「これはね、霊力そのものを圧縮して、相手に叩き込むんだ」


「なんか物騒!」


「そうさね。だけど、圧縮された霊力が穢れから身を守ることにも繋がるのさ」


「……?」


「分かってない顔だね。簡単にいえば霊力が盾になるってことさ。……まぁ素手で触れたくないときには便利だね」


「手袋ってこと?」


「面白い言い方だねぇ。正確には、手袋にもなり得るってことさね」


「ゴキブリ相手なら今すぐ覚えたい」


おばあちゃんは肩を揺らした。


「そう言うと思ったよ。今の結菜ならきっとできるはずさ」


拳を開き、光を消した。


「ただね。こっちは加減が難しい。一つ間違えると――」


一瞬だけ、間が空いた。


「――消しちゃうことだってある。そうなると還れない」


「……」


「まぁ何事も練習だね。」


おばあちゃんは一つ息を吐く。


「他にも方法はあるんだけどねぇ。なんせあんたは大雑把なとこあるから」


「そ、そうかしら?」


「まったく。とにかく最低限、身を守れるようになりな」


それだけ言うとおばあちゃんは、立てかけたほうきを手に取り、掃除を続けた。


窓から風が吹き込む。


さっきまで怖かった光は、もう残っていない。


それでも胸の奥が少しざわついた。


――ぶるっ。


思わず肩が震える。


もし。


もしあの光が、レインに向かったら。


そこまで考えて、慌てて頭を振った。


何考えてるんだ私は。


ぶんぶんと頭を振る。


「ワフ?」


シロが不思議そうに首を傾げた。


「何でもない!」


そう言って立ち上がる。


日誌は書き終わった。


後はいつも通り、公園の見回りを――


コン。


小さな音がした。


「っ!」


思わず顔を上げる。


窓の外を見ると、小鳥が一羽。


管理棟の窓枠に止まり、こちらを見ている。


「……」


小鳥は首を傾げると、そのまま飛び去った。


「鳥だったねぇ」


「……そうだね」


「えらく焦ってたように見えたけど?」


「……焦ってない」


「そうかい」


おばあちゃんは楽しそうに肩を揺らした。


「……っもう!見回り行ってくる!」


「いってらっしゃい。掃除がひと段落したらあたしも行くからねぇ」


おばあちゃんの声を背後に聞きながら、管理棟を出る。


「シロ。行くよー!」


「ワフッ!」


公園の広場へ出たところで足が止まった。


「あ」


見つけてしまった。


どこのモデルだと言いたくなるスタイル。


離れていても分かる整った顔立ち。


そして――


「レインだー!」


「また来たー!」


「王子さまー!」


子どもたちに囲まれていた。


二度目の記者会見……っ!


「ワフッ!」


シロも嬉しそうにレインへ駆け寄る。


記者が増えたっ!!


いや、ファンが増えたの方が――


ってどっちでもいい。


問題は――


おばあちゃんが来る。


「ちょっと!」


私は駆け出した。


「結菜?」


振り向いたレインの手を掴む。


「来て!」


「おい」


そのまま引っ張る。


子どもたちの視線が一斉にこちらへ向いた。


「えっ」


「手ぇ繋いでる!」


「らぶらぶだっ!」


「違うから!!」


レインの手を引いて広場を離れる。


シロの足音も後ろからついてくる。


「結菜」


「何!」


「随分と積極的だな?」


「冗談言ってる場合じゃないの!」


木立の奥まで来てようやく足を止める。


「早く帰って!じゃないと――」


「来る」


レインが私の腕を軽く引いた。


「結菜」


その声は妙に低かった。


「下がっていろ」


「え?」


その声に押されるように一歩下がる。


シロも私の足元でぴたりと立ち止まる。


レインは私を庇うように前へ出たまま、木立の奥を見つめていた。


風が枝葉を揺らす。


木々の隙間から、ゆっくりと人影が近づいてきた。


規則正しく響く杖の音。


コツ。


コツ。


コツ。


そして――


「おや」


聞き慣れた声が落ちた。


「あ……」


終わった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


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