10.自分を出せる人
悠真さんの背中を見送ったあと、しばらくすると子どもたちも散っていった。
「……なんか妙に疲れたわ」
「そうか」
「何で他人事なのよっ!」
思わず声を上げると、レインがわずかに目を細めた。
「随分と態度が違うな?」
「……?」
「気づいてないのか。……先ほどの男にしろ、子どもたちにしろ、俺とは態度が違うように見受けられるが」
思わず首を傾げる。
「そうかな?普通だと思うけど」
「……明らかに俺だけ雑だろう」
そのときだった。
少し遠いところから、緩い声が聞こえてきた。
「こんなところにいたんだねぇ」
振り返ると、缶コーヒー片手の真壁さんがシロを連れて歩いてきた。
「なかなか戻ってこないからねぇ。様子を見に来たんだ」
「あ、仕事中にすみません」
「いやいや」
真壁さんは気楽そうに肩を竦める。
「責めてるわけじゃないよ」
シロはレインの足元へ駆け寄ると、尻尾を振りながらその周りを回った。
レインが真壁さんへ視線を向けた。
「結菜の上司か?」
「そうだけど……って何してんのよっ」
レインはやけに美しい礼で自己紹介をしていた。
それに合わせて真壁さんも自己紹介をする。
……真壁さん。
カーテシーを真似しないでいいからっ。
慣れてないのモロバレだよ。
っていうかコーヒーこぼれそうだよ。
お互いの名乗りが済んだところでレインはこちらを向いて続ける。
「何って、結菜の上司なのだろう?ならば礼を尽くして然るべきだ」
「そうかもしれないけど……いやそうなの?分かんなくなってきたわ」
真壁さんが感心したように声を漏らした。
「随分と気を許しているんだねぇ」
「え?」
思わず聞き返すと、真壁さんは小さく笑う。
「白崎さん、普段はもう少し壁あるからさ」
「そうですか?」
「そうだねぇ。わたしにだって今でこそ普通に喋ってるけどねぇ。最初なんか警戒してる感じが強くてねぇ。子猫みたいだったかな?」
「誰が子猫だって?」
頬がひくりと引き攣る。
すると隣から、静かな声が落ちた。
「結菜。……ぶっ飛ばすなよ?」
「ぶっ飛ばさないよ!?」
「どの口が言ってるんだ」
レインが呆れたように息を吐く。
「俺の目を見て、もう一度言ってみろ」
黒曜石みたいな瞳が、まっすぐこっちを向く。
「……くっ」
心当たりがありすぎるっ!
つい顔を背ける。
「ほら、な?」
「……うるさい」
「そういうところだ」
「ははっ」
真壁さんが喉の奥で笑う。
「まぁ、境遇を考えたら気持ちは分かるけどねぇ」
缶コーヒーを一口飲んでから、こちらへ視線を戻した。
「だから、そうやって自分を出せる相手がいて安心したよ」
風が木々を揺らす。
返事に困って、私は小さく頭を掻いた。
「……では、俺はそろそろ戻るか」
レインがポツリとつぶやいた。
「もう帰るんだ?」
そう返した瞬間、レインの動きが止まった。
……え、何?
おもむろにレインの顔が近づいてきたかと思うと――
「“もう”ね?」
「ち、違うし!そういう意味じゃないからっ!」
「――ふっ」
レインが小さく肩を揺らす。
「俺も本当はもう少しいたいんだが……そろそろ限界でな」
そう言うと、レインの指先から淡い光が零れた。
「……あ」
レインが零れた光を見下ろした。
「また来る」
そう言ってレインがしゃがむと、シロは鼻先を寄せた。レインはシロの頭を撫でると、それから立ち上がった。
「見送りは不要だ」
「しないわよ!……またね」
「あぁ」
風が吹き抜ける。
その背中を見送りながら、私は小さく息を吐いた。
「……でも、ほんと良かったね?」
真壁さんがしみじみとつぶやく。
「近いうちに白崎さんのおばあちゃん、様子見に来るって言ってたし、安心させられるね?」
「……ほえ?」
……聞いてないよ?
「“彼氏の一つでも見ないことには死んでも死にきれない”だって〜」
真壁さんはゆるく笑った。
おばあちゃん……なんなら私より元気だよ。あと200年は生きそうなくらいだよ、ほんとに。
そんなことより、彼氏だって??
ふと、黒曜石みたいな目が頭に浮かぶ。
いやいや、何を考えているんだ。
だけど、おばあちゃんは、私より霊感がある。
バレたらどうなるか、考えただけでもゾッとする。
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