第六章 積み重なるもの
それから二年余りが過ぎた。
丹波は、光秀の手により、着実に治めが進んでいった。国人衆の不穏も、幾度かの小さな行き違いはあったものの、大きな騒乱に至ることはなかった。光秀は、以前にも増して、国人の一人一人に目を配り、由緒ある家には相応の敬意を払い、些細な訴えにも、落ち着いて耳を傾けるよう努めた。かつてのように、家臣の何気ない一言に色をなすことは、もはやなかった。
「近頃の殿は、腰の据わったご様子にて」
家臣たちの間で、そのように評されることも、しばしばであった。光秀自身は、そうした評判を、殊更に気に留めることはなかった。ただ、日々なすべきことを、一つ一つ、丁寧に積み重ねていく――それだけを、心がけていた。
朝廷とのことも、光秀の役目として、これまで以上に重みを増していった。吉田兼見をはじめ、公家衆との交わりは、以前にも増して深まり、光秀は、朝廷の意向を丁寧に汲み取りながら、織田家との橋渡しを務め続けた。ある時、兼見は、光秀に、こう洩らしたことがあった。
「十兵衛どのの取次ぶり、近頃は、まことに落ち着いておられる。以前は、いささか、余裕をお欠きになっておられたようにお見受けしたが」
光秀は、その言葉に、ただ静かに笑みを返しただけであった。あの頃のことを、光秀は、もはや多くを語ろうとは思わなかった。ただ、あの頃と今とでは、確かに何かが違っている――そのことだけを、光秀自身、静かに噛み締めていた。
中国の役は、その後、羽柴秀吉の手により、着々と進められていった。備中高松城を巡る攻防を経て、毛利方との和議が調い、秀吉の武名は、いよいよ家中に轟くようになっていった。光秀は、その報せを聞くたびに、以前のような焦りを覚えることは、もはやなかった。秀吉は秀吉の道を、光秀は光秀の道を、それぞれに歩んでいるに過ぎぬ――そう、静かに受け止めることができるようになっていた。
信忠は、この間、着実にその立場を固めていった。父・信長より、家督を譲られて以来、軍事においては秀吉らの武功を束ね、政務においては光秀ら文治の臣を重んじ、次第に、両者を束ねる中心としての貫禄を備えていった。光秀は、丹波の仕置き、朝廷とのことにつき、折に触れ、信忠へ言上する機会を持つようになった。その都度、信忠は、光秀の言葉に、丁寧に耳を傾けた。
「十兵衛の見立て、いつも頼りにしておる」
そうした信忠の一言が、光秀の胸に、静かな支えとなっていることを、信忠自身は、あるいは知らぬのかもしれなかった。だが光秀は、それでよいと思っていた。この支えを、殊更に誰かに語る必要は、もはやなかった。
濃姫のことを、光秀は、あれ以来、幾度か思い返すことがあった。坂本での一夜以来、帰蝶と二人だけで言葉を交わす機会は、ついぞ訪れなかった。安土の奥にあって、帰蝶がどのような日々を過ごしているのか、光秀には、多くを知る術もなかった。ただ、風の便りに、信忠が政務の合間、時折、母のもとを訪ねているらしいと聞くにつけ、光秀は、あの夜の言葉を、静かに思い出すのであった。
――幼き頃の縁、とだけ申しておきましょう。
その一言の裏に、いかなる思いがあったのか、光秀には、いまだ計りかねるところがあった。だが、それを深く詮索することを、光秀は望まなかった。ただ、あの一夜、確かに己を案じてくれた者があった――その事実だけを、光秀は、静かに胸に留めておくことにした。
天正十二年に入る頃には、朝廷と織田家との間柄も、目に見えて円滑になっていった。光秀の取次を通じ、朝廷の意を汲んだ穏やかな差配が重ねられ、公家衆の間にも、次第に、織田家への信頼が篤くなっていった。ある時、参内した光秀に、年配の公家が、ふと、こう洩らしたことがあった。
「近頃、内々にては、左中将様(信忠)の御事を、征夷大将軍にとの声も、ちらほらと聞こえて参りますな」
光秀は、その言葉に、深くは答えなかった。ただ、静かに頭を下げ、
「――上つ方の思し召し次第にございましょう」
とだけ、応じた。だが、坂本を辞して京の空を見上げながら、光秀は、胸の内に、静かな感慨を覚えずにはいられなかった。あの、丹波の不穏と、饗応役の噂と、秀吉への焦りとに、身を灼かれるようであった日々から、ここまでの道のりを、光秀は、確かに歩んできたのだという実感であった。
その道のりの始まりに、あの、坂本での一夜があったことを、光秀は、決して忘れてはいなかった。




