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嘘告? そっちがその気なら一か月でその唇奪ってみます  作者: 幻影


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18/29

第18話 昨日の手が気になる

交際十七日目、水曜日。朝、いつもの待ち合わせ場所が見えたところで、俺は少しだけ歩く速度を落とした。


莉奈はすでに来ている。昨日と同じ制服、いつもの鞄、いつもの髪型なのに、今日は最初に顔ではなく手を見てしまった。


昨日、駅までずっとつないでいた右手。意識した瞬間、自分でも馬鹿みたいだと思う。


「おはよう」


「おはよ」


莉奈も少しだけぎこちない。そのまま並んで歩き始めたが、普段ならすぐ始まるはずの会話がなかなか出てこなかった。


お互い前を向き、歩く速度だけは妙にきれいにそろっている。


「……高瀬」


「何?」


「今日、静かじゃない?」


昨日も同じことを言われた気がする。


「水瀬もだろ」


「私は普通」


「俺も普通」


二人とも嘘だと思う。少し歩くと、莉奈の手が視界に入る。


鞄を持っていない方の手が、普通に体の横で揺れていた。昨日の別れ際。


『次は高瀬からね』


あれはどう考えても、手をつなぐ話だ。でも朝からいきなり手をつなぐのは違う気がする。


そもそも昨日だって、人が多かったから莉奈がつないだだけだ。


「高瀬」


「何?」


「さっきから何見てるの?」


ばれた。


「別に」


「私の手見てたでしょ」


「見てない」


「見てた」


莉奈がこちらを見る。


「昨日のこと気にしてる?」


「水瀬は?」


聞き返すと、少し黙った。


「……少し」


正直だ。俺も諦める。


「俺も」


それだけで、少し空気が軽くなった。莉奈は前を向いたまま言う。


「昨日、LINEでも言ったけど」


「うん」


「嫌じゃなかったからね」


「俺も言っただろ」


「分かってる」


また少し沈黙が続く。でも今度は気まずくなかった。


学校が近づいてくると生徒の数が増え、俺たちの周りにも同じ制服が目立ち始めた。昨日なら、この辺りで莉奈が俺の袖をつかんでもおかしくなかった。


今日は何もない。俺も何もしないまま、結局学校まで普通に並んで歩いた。


教室へ入ると、真帆がこちらを見る。そして俺と莉奈の間を見た。


「おはよ」


「おはよ」


莉奈が答える。真帆は数秒黙ったあと、


「何か変」


と言った。莉奈の顔が止まる。


「何が?」


「二人とも」


「普通だけど」


「そう?」


由依もこちらを見る。


「ちょっと意識してる感じはする」


鋭い。


「何を?」


莉奈が聞く。由依は少し考えた。


「お互い」


さらに鋭い。


「してない」


莉奈が即答する。真帆が笑う。


「昨日何もなかったんだよね?」


「何もない」


「ほんとに?」


「ほんと」


俺は自分の席へ向かおうとした。


「高瀬」


真帆に呼ばれる。


「何?」


「昨日、何もなかった?」


ここで俺まで変な反応をすると面倒になる。


「普通に帰っただけ」


嘘ではない。手をつないだだけである。


普通かどうかは知らないが。


「ふーん」


真帆は納得していない。その横で莉奈が俺を見た。


目が合い、何となく二人同時に視線を逸らす。


「やっぱ何かあるじゃん」


真帆の声が聞こえた。失敗した。


午前中は特に何もなかった。ただ、休み時間になるたびに昨日のことを思い出す。


莉奈が友達と話していても、机の上に置かれた手が目に入ると意識してしまう。こんな状態で自分から手をつなげるのか。


無理だと思う。昼休み。


いつもの六人で机を寄せる。昨日とは違い、今日は蓮を見ても妙な感じはしなかった。


莉奈が蓮を恋愛対象として見ていないと分かっただけで、ここまで変わるものらしい。それでも二人が近くで話していると、まったく何も感じないわけではない。


その程度だった。


「そういえば」


陸が弁当を食べながら言う。


「今週末どうする?」


「何が?」


真帆が聞く。


「またどっか行かね?」


「毎週遊ぶ気?」


「高校生なんだから遊べるうち遊ぼうぜ」


雑な理屈だ。莉奈が俺を見る。


「高瀬は?」


「まだ予定ない」


「じゃあ行けるじゃん」


「何するの?」


陸が考える。


「カラオケ」


真帆が即答した。


「陸の歌聞きたくない」


「ひどくね?」


「前回ずっと同じバンド歌ってたじゃん」


「名曲だから」


由依が笑う。


「私はカラオケでもいいよ」


蓮も頷いた。


「俺も」


自然に全員の視線が俺と莉奈へ向く。


「俺はいいよ」


答える。莉奈も、


「私も」


と続けた。


「決まり」


陸が満足そうに言う。俺は何となく莉奈を見る。


目が合う。昨日までなら普通だったはずなのに、今日はそれだけで少し意識する。


莉奈も同じなのか、すぐ弁当へ視線を戻した。真帆が俺たちを交互に見る。


「やっぱ変」


「まだ言ってるの?」


莉奈が少し強く返す。


「何かあったなら言えばいいじゃん」


「何もないって」


「キスした?」


俺と莉奈の箸が同時に止まった。


「してない!」


莉奈の声が少し大きくなる。周りの生徒がこちらを見る。


「真帆!」


「ごめんごめん」


全然悪いと思っていない顔だ。俺は水を飲む。


キス。まだ手をつないだだけで、こんな状態なのに。


一か月でその唇を奪う。最初に決めたあの言葉が、最近は完全に自分へ返ってきている。


蓮が少しだけ笑う。


「でも付き合って半月だろ?」


その言葉で、俺は時間を意識した。十七日目。


もう半分を過ぎている。最初は一か月もあれば十分だと思っていた。


でも今は、残りの日数を考えると少し落ち着かない。莉奈も同じことを考えたのか、一瞬だけ表情が変わった。


ただ、何も言わなかった。放課後。


今日は莉奈が委員会で少し残るらしい。


「先帰ってていいよ」


鞄を持ちながら言われる。


「どれくらい?」


「三十分くらいだと思う」


「待つよ」


莉奈が止まった。


「いいの?」


「特に予定ないし」


「家帰っててもいいのに」


「一緒に帰るんだろ?」


何気なく言ったつもりだった。莉奈は少しだけ笑う。


「……うん」


「じゃあ待ってる」


俺は図書室で時間を潰すことにした。三十分ほどして、スマートフォンが震える。


『終わった』


昇降口へ向かうと、莉奈が待っていた。


「ごめん、待った?」


「全然」


「図書室いたの?」


「うん」


「珍しい」


「失礼だな」


「勉強してた?」


「スマホ見てた」


「やっぱり」


笑われる。二人で学校を出た。


夕方の道は朝より人が多い。莉奈と並んで歩きながら、俺は昨日のことを思い出す。


別れ際に言われた『次は高瀬からね』という言葉が、ずっと頭に残っていた。でも、自分から手を出すタイミングが分からない。


知識としてなら、歩き始めでも、人混みでも、信号待ちでも、いくらでも理由は作れる。問題は、俺自身が緊張することだ。


「高瀬」


「何?」


「また手見てる」


二回目。


「見てない」


「今日はもう無理あるよ」


莉奈が笑う。俺も諦めた。


「昨日言っただろ」


「何を?」


「次は高瀬からって」


自分で言ったくせに、莉奈の声が少し小さくなる。


「覚えてる」


「じゃあ何で何もしないの?」


「簡単に言うなよ」


「何が難しいの?」


「水瀬は昨日自分からできたじゃん」


「人多かったから」


「じゃあ今は理由ないだろ」


莉奈が黙る。少しして、


「理由いる?」


と聞いた。俺の方が黙った。


手をつなぐ理由。人が多いから。


離れないため。彼女だから。


色々考えていた。でも、付き合っているなら。


つなぎたいから、でいいのかもしれない。


「……いらないか」


「たぶん」


二人とも前を見る。少し歩いたところで、俺は一度手を動かしかけてやめた。


莉奈が横から見る。


「今やめたでしょ」


「うるさい」


「何でやめるの」


「タイミングが」


「今でいいじゃん」


「水瀬が言うと意味なくない?」


「めんどくさい」


その通りだと思う。俺は小さく息を吐き、莉奈の手を握った。


今度は偶然ではない。人混みでもない。


完全に俺からだった。莉奈の指が一瞬だけ動く。


でも離れない。むしろ、すぐに握り返された。


「……できるじゃん」


莉奈が言う。


「うるさい」


「顔赤いよ」


「水瀬もだろ」


「私はいいの」


「何で」


「先にやったことあるから」


昨日一回だけだろ。それでも二回目は昨日より少しだけ楽だった。


緊張はするが、つないでしまえば離したいとは思わない。


「高瀬」


「何?」


「昨日より普通?」


「何が?」


「手」


俺は少し考える。


「昨日よりは」


「私も」


莉奈が答える。そのまま歩く。


会話は普通に戻った。今日の委員会が長かったこと、先生が細かかったこと、週末のカラオケで陸がまた同じ曲を歌うだろうという話。


手をつないだまま普通の話をする。昨日はそれだけで頭がいっぱいだった。


でも今日は少し違う。たぶんこうやって、少しずつ普通になるのだろう。


それが嬉しいような、怖いような。駅前へ着く。


昨日と同じ場所。でも今日は、莉奈から『いつ離す?


』とは聞かなかった。改札の少し手前で自然に手を離す。


莉奈が自分の手を見る。


「今日は早いね」


「改札だろ」


「昨日はもっと粘ったのに」


「誰が」


「二人とも」


それは否定できない。


「じゃあ明日」


俺が言う。


「うん」


莉奈が少し歩き、振り返った。


「高瀬」


「何?」


「今日は合格」


「何の?」


「手」


採点されている。


「何点?」


「七十五」


「低くない?」


「最初一回逃げたから」


見られていた。


「次頑張って」


莉奈は笑って改札へ向かった。俺はその背中を見る。


次。普通に『次』がある。


明日も、その次も。そう思っている自分に気づいた。


一か月後に終わる。最初はそれが前提だった。


でも最近、『次』を考えるとき、一か月の期限を越えた先まで自然に続いている気がする。その夜、高瀬家。


夕食後、リビングでスマートフォンを見ていると、凛が隣へ座った。


「お兄ちゃん」


「何?」


「莉奈さんと何かあった?」


危ない。


「何もないけど」


「最近返信遅い」


「俺に?」


「違う。莉奈さん」


意味が分からない。


「水瀬の返信が遅いと、なんで俺に何かあったことになるんだよ」


「昨日からちょっと変だから」


凛は普通に言う。俺はスマートフォンを見る。


莉奈と凛。俺の知らないところでどれだけ話しているんだ。


「何て言ってるの?」


「秘密」


まただ。そこへ彩花姉が飲み物を持ってきた。


「何の話?」


「お兄ちゃんと莉奈さんが怪しい」


「いつもじゃん」


ひどい。


「何もないって」


俺が言うと、彩花姉がこちらを見る。


「悠斗」


「何?」


「その顔で?」


「どんな顔だよ」


「なんか嬉しそう」


また家族に言われた。そこへ美咲姉までリビングへ入ってくる。


「何が嬉しいの?」


「何でもない」


「莉奈ちゃん?」


彩花姉が聞く。


「違う」


凛が俺を見る。


「絶対そう」


「なんで断定するんだよ」


「じゃあスマホ見せて」


「嫌だよ」


「ほら」


何が『ほら』なのか分からない。美咲姉は少しだけ笑った。


「楽しそうならいいんじゃない?」


その一言で、彩花姉と凛も少し黙る。


「まあね」


彩花姉が言う。凛も頷いた。


「お兄ちゃん、最近前より楽しそうだし」


俺は返事をしなかった。少ししてスマートフォンが震える。


莉奈。


『今日は75点』


またそれだ。


『明日は?』


送る。すぐ既読。


『高瀬次第』


俺は画面を見る。明日も。


その文字を打つことに、もう迷いはなかった。


『じゃあ80目指す』


返信。


『期待してます』


俺は少し笑った。


「ほら」


凛が言う。


「やっぱ莉奈さん」


「見るな」


スマートフォンを伏せる。彩花姉が笑う。


美咲姉も何も言わず、少しだけ笑った。俺はまだ、これが好きなのかどうか、はっきり言葉にはできない。


でも、明日も会いたい。明日も一緒に帰りたい。


そして、また手をつなぎたい。そこまで思っている時点で、答えはもうかなり近いところまで来ている気がした。


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