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嘘告? そっちがその気なら一か月でその唇奪ってみます  作者: 幻影


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14/29

第14話 高瀬がいないのに

交際十三日目、土曜日。莉奈は駅前の時計を見上げた。


午前十時五分前。今日は悠斗とのデートではない。


それなのに、家を出る前に服を三回着替えた。


「……なんで私、こんな緊張してるんだろ」


待ち合わせ相手は彩花と凛。二日前、高瀬家へ雨宿りしたときに約束した買い物へ行くことになっている。


悠斗はいない。そこが一番変なところだった。


彼氏の姉と妹と、彼氏抜きで休日に買い物をする。付き合ってまだ十三日。


普通なのだろうか。たぶん普通ではない。


スマートフォンが震えた。凛から。


『着いたよ』


顔を上げると、少し離れた場所から凛が手を振っていた。その隣には彩花もいる。


莉奈も手を上げる。


「おはようございます」


「おはよ」


彩花が莉奈を見る。最初に顔、次に服、最後に靴。


「いいね」


「何がですか?」


「今日の服」


やっぱりそこを見るんだ。


「ありがとうございます」


凛が莉奈の横へ来る。


「莉奈さん、もっと普通でいいよ」


「何が?」


「彩花姉に敬語」


「でも年上だし」


「別にいいよ」


彩花も笑う。


「好きにして。凛ほど雑じゃなければ」


「私そんな雑?」


「お兄ちゃんへの扱い見れば分かるでしょ」


莉奈が笑う。もうこの姉妹の会話にも少し慣れてきた。


「高瀬は?」


何気なく聞くと、彩花と凛が同時にこちらを見た。


「何?」


「いや」


彩花の口元が上がる。


「悠斗も来てほしかった?」


「そういう意味じゃないです」


「聞いただけなのに」


「顔が聞いただけじゃないです」


二日前に会ったばかりなのに、もう彩花のからかい方が少し分かってきた。凛がスマートフォンを見る。


「お兄ちゃんなら拓真先輩と出かけてるよ」


「黒瀬くん?」


「うん」


「何しに?」


「知らない。ゲームか何かじゃない?」


彩花が笑う。


「悠斗の休日なんてそんなもんだよ」


莉奈は少し意外だった。


「友達と出かけたりするんだ」


「するよ?」


凛が不思議そうに見る。


「お兄ちゃんを何だと思ってるの」


「学校だとあんまりそういうイメージなくて」


「拓真先輩とは昔からずっと一緒」


「幼馴染だもんね」


莉奈も何度か二人で話しているところを見ている。ただ、少しだけ思った。


今日、高瀬は何をしているのだろう。そんなことが気になった自分に気づき、すぐに考えるのをやめる。


「じゃ、行こっか」


彩花の声で三人は歩き始めた。最初に入ったのは、駅前の大きな商業施設。


彩花の目的は服、凛の目的は靴。莉奈は特に買うものを決めていなかった。


そのはずだった。


「莉奈ちゃん、これ着てみて」


開始十五分で彩花から服を渡された。


「私ですか?」


「うん」


「今日、凛ちゃんの買い物じゃ」


「それもする」


「でも私、別に服買う予定は」


「買わなくていいから着て」


押しが強い。高瀬が抵抗しても無駄だった理由が分かった。


莉奈は服を受け取る。


「高瀬にもこんな感じなんですか?」


凛が即答する。


「もっとひどいよ」


「ひどくない」


彩花が反論する。


「悠斗が何も選ばないから私が選んであげてるだけ」


「拒否権ないじゃん」


「変なの選んだらね」


莉奈は笑いながら試着室へ入った。数分後、カーテンを開ける。


「どう?」


彩花は少し考えた。


「可愛いけど、違うな」


「違う?」


「莉奈ちゃん、これよりもう少しシンプルな方が似合う」


すぐに別の服を持ってくる。


「これ」


「もう次?」


「着てみて」


凛が笑う。


「諦めた方がいいよ」


「高瀬の気持ちが分かってきた」


思わず言うと、二人が止まった。


「高瀬?」


彩花が聞く。


「あ」


学校ではずっとそう呼んでいる。家族の前でも、そのまま出た。


「悠斗って呼ばないの?」


少し困る。


「学校では高瀬だから」


「付き合ってるのに?」


凛まで聞いてくる。


「……まだ」


言ってから妙に恥ずかしい。彩花と凛が顔を見合わせた。


「何ですか」


「別に」


彩花が笑う。


「何も言ってないよ」


「絶対何か思ってる」


「そのうち変わるかなって」


「変わりません」


反射的に答えた。だが、本当にそうだろうか。


付き合い始めて十三日。朝も一緒、昼もよく一緒、帰りも一緒になる。


家族とも会った。それでも『高瀬』。


悠斗からも『水瀬』。二人とも名字のままだ。


なぜか急に気になった。


「莉奈さん」


凛が笑う。


「考えてる」


「考えてない」


「お兄ちゃんと同じこと言ってる」


最悪だ。二着目、三着目、四着目。


結局、莉奈も一着買うことになった。予定にはなかったが、彩花に選んでもらった服が本当に気に入ってしまった。


会計を済ませる。


「今度、それデートで着てね」


彩花が普通に言う。


「え」


「絶対悠斗好きだと思う」


莉奈の手が止まる。


「分かるんですか?」


「弟だからね。たぶん好き」


その一言で、買ってよかったと思ってしまった。自分でも分かりやすい。


「莉奈さん」


凛がこちらを見る。


「何?」


「今、嬉しそう」


「服気に入ったから」


「ふーん」


絶対信じていない。次は凛の靴。


こっちのは早かった。候補を三つ選び、履いて、十分ほどで一足に決める。


「早いね」


「彩花姉と長時間買い物すると疲れるから」


「何それ」


彩花が不満そうに言う。


「楽しいじゃん」


「彩花姉だけね」


姉妹らしい。店を出ると昼前だった。


「何食べる?」


彩花が聞く。三人で相談し、近くのパスタ店に入った。


注文を終えると、そこで初めて買い物以外の話になる。


「莉奈ちゃん。悠斗、学校でどう?」


「どうって?」


「ちゃんとやれてる?」


凛が笑う。


「保護者みたい」


「気になるじゃん」


莉奈は少し考える。


「最初に思ってたより、全然話します」


「最初?」


「学校では静かだったから」


「家だとうるさいでしょ」


凛が言う。


「うるさくはないけど……結構ツッコミますよね」


「お父さんいるから」


「あれは仕方ない」


二人とも納得する。莉奈も笑った。


「あと……思ってたより、すごく気づく」


二人が少し笑った。


「それは昔から」


彩花が言う。


「やっぱり?」


「うん」


「でも学校では全然だった」


「わざとだから」


凛が答える。


「前も言ったけど、お兄ちゃん、結構いろいろ気づいてたよ」


莉奈は少し黙る。


「なんでそこまで隠してたの?」


「面倒になるから」


彩花が即答した。


「昔、女の子にちょっと優しくしただけで勘違いされたことあったし」


莉奈が顔を上げる。


「そうなんですか?」


「中学くらいだったかな。相談聞いてただけなんだけど、相手の子は結構その気になっちゃって」


凛が続ける。


「お兄ちゃん、全然気づいてなかったけどね」


「そうそう」


「今と同じじゃん」


二人が笑う。莉奈だけ少し笑えなかった。


自分への好意だけ分からない。確かにそうかもしれない。


だったら、もし自分が本当に好きになっても、高瀬は気づかないのだろうか。そこまで考えた瞬間、自分の思考に驚いた。


何を考えている。


『もし本当に好きになっても』


前提がおかしい。好きになるつもりなどない。


あと十七日。終わる。


「莉奈ちゃん?」


彩花の声で我に返る。


「はい?」


「パスタ来たよ」


「あ、ごめんなさい」


いつの間にか料理が運ばれていた。食事をしながら、話題は悠斗の子供のころへ移った。


凛が容容赦なく暴露する。


「小学生のとき、私が泣いたらお菓子全部くれたんだよ」


「優しいじゃん」


「自分も食べたかったくせに」


「それでもくれたんでしょ?」


「うん」


莉奈は少し笑う。彩花も思い出したように言う。


「私が大学受験のときも、毎晩コーヒー入れてくれたよ」


「高瀬が?」


「うん。何も言わずに置いてくの」


「それっぽい」


莉奈には想像できた。『頑張って』とは言わない。


『大丈夫?』とも何度も聞かない。


ただ必要そうなものだけ置いていく。学校でも同じだ。


それまで見えていなかっただけ。


「でも本人には言わないでね」


彩花が言う。


「なんで?」


「恥ずかしがるから」


「言おうかな」


「言っていいよ」


凛が笑う。


「お兄ちゃん困らせたい」


「妹だよね?」


「妹だから」


少しずつ、知らなかった悠斗が増えていく。学校の高瀬。


彼氏としての高瀬。家の高瀬。


弟としての高瀬。友達といる高瀬。


知れば知るほど、最初に自分が『高瀬なら信じそう』と笑っていたことが嫌になった。食事を終えて店を出る。


午後一時半。彩花がスマートフォンを見る。


「あ、美咲姉もうすぐ来るって」


莉奈が止まった。


「美咲さん?」


「うん」


「来るんですか?」


「仕事午前だけだったから、近くまで来るって」


ついに一番上の姉。悠斗が一番怖いと言っていた相手。


「緊張してる?」


凛が聞く。


「ちょっと」


「大丈夫だよ」


「お兄ちゃんには怒るけど」


彩花が付け足す。何の安心にもならない。


十五分ほどして、駅近くのカフェで美咲と合流した。


「お待たせ」


落ち着いた声。彩花や凛とは雰囲気が違う。


莉奈は思わず姿勢を正した。美咲が莉奈を見る。


一瞬だけだが、じっと観察された気がした。


「水瀬莉奈です。初めまして」


「高瀬美咲です」


美咲は微笑んだ。


「やっと会えた」


それだけで少し緊張が抜けた。四人で席につく。


「悠斗、今日いないんだね」


美咲が言う。


「拓真先輩と出かけてる」


凛が答える。


「そうなんだ」


そして美咲が莉奈を見る。


「ごめんね。二人が勝手に連れ回してない?」


「大丈夫です。楽しいです」


「ならよかった」


彩花が不満そうに言う。


「私たち信用ない?」


「あるけど、彩花は服屋入ると長いから」


「今日はそんな長くない」


凛がすぐ言う。


「莉奈さん四着着せられた」


「四着だけじゃん」


「だけ?」


美咲が笑う。姉妹三人がそろうと、また雰囲気が違う。


悠斗がこの中で育った。女心に詳しくなった理由が、少し分かる気がした。


三人とも性格が違う。話し方も、考え方も違う。


これを毎日相手にしていれば、嫌でも覚えるだろう。


「莉奈ちゃん」


美咲に呼ばれる。


「はい」


「悠斗、変なことしてない?」


またその質問。


「してないです」


「本当に?」


「はい」


少し考えてから付け足す。


「むしろ、私の方から振り回してるかも」


彩花が笑う。


「それくらいでちょうどいいよ」


凛も頷く。


「お兄ちゃん、頭で考えすぎるから」


美咲だけは少し違った。


「莉奈ちゃんは?」


「え?」


「無理してない?」


突然だった。莉奈の指が止まる。


「何がですか?」


「悠斗に合わせて無理してないかなって」


静かな声。責めているわけではない。


それなのに、胸が苦しくなった。美咲は何も知らない。


ただ弟の彼女を気遣っているだけ。


「……大丈夫です。楽しいですから」


これは嘘ではない。だから余計につらい。


美咲は数秒だけ莉奈を見る。


「ならいい」


それ以上聞かなかった。悠斗と同じだ。


気づいても、待つ。


「でも」


美咲が少し笑う。


「悠斗、初めてだから」


「何が?」


「全部」


莉奈が目を丸くする。彩花が笑う。


「彼女も」


凛が続ける。


「デートも」


美咲が締める。


「たぶん恋も」


莉奈は言葉を失った。知っていた。


恋愛経験がないことは。でも、家族の口から改めて聞くと重さが違った。


自分が最初。高瀬にとって、最初の彼女、最初のデート、もしかすると最初に本気で好きになる相手。


その全部が、罰ゲームから始まっている。


「だから」


美咲が言う。莉奈は顔を上げた。


「何か嫌なことがあったら、ちゃんと言ってね。悠斗だから我慢する必要ないし、弟だからって私は悠斗の味方しかしないわけじゃないから」


彩花も頷く。


「それはそう」


凛も。


「お兄ちゃんが悪かったら普通に怒る」


莉奈は三人を見る。違う。


逆だ。悪いのは自分だ。


少なくとも始まりは。それを知らずに、この人たちは自分まで守ろうとしている。


「……ありがとうございます」


やっと言えた。声が少し小さくなった。


美咲はそれ以上何も聞かなかった。カフェを出たのは午後三時過ぎ。


美咲は用事があるというので、その場で別れた。


「またね、莉奈ちゃん」


「はい」


自然に『また』と言われる。莉奈は笑って頭を下げた。


彩花と凛とは駅まで一緒に歩く。途中、彩花が莉奈を見る。


「美咲姉、怖くなかったでしょ?」


「全然」


「お兄ちゃん大げさなんだよ」


凛が言う。


「いや、怒らせると怖いのは本当」


彩花もそこは否定しなかった。莉奈は少し笑う。


「でも、優しいですね」


「うん」


凛が答える。


「一番お兄ちゃんのこと分かってるかも」


その言葉に、また少し胸が痛んだ。駅に着く。


「今日はありがとうございました」


「また行こうね」


彩花。


「次は私も服見たい」


凛。


「うん」


莉奈も普通に答える。今日は悠斗はいなかった。


それなのに一日楽しかった。彼氏の姉だから。


彼氏の妹だから。最初はそうだった。


でも今は少し違う。彩花と話すのが楽しい。


凛といると気楽だ。美咲にもまた会いたい。


高瀬悠斗がいなくても、この人たちに会いたいと思っている。そこまで入り込んでしまった。


電車へ乗り、座席に座ってスマートフォンを見る。悠斗からLINEが来ていた。


『生きてる?』


思わず笑う。


『何それ』


すぐ既読。


『姉ちゃんたちに連れ回されてないか確認』


『普通に楽しかったよ』


少しして。


『美咲姉も来たんだろ』


『会った』


『怖かった?』


莉奈は笑う。


『全然』


『高瀬が一番怖がってるだけじゃない?』


既読。少し間があく。


『あの人は本当に怒ると怖い』


まだ言っている。莉奈はしばらく画面を見てから、


『でも優しかった』


と送る。悠斗から、


『それならよかった』


と返ってくる。短い。


いつもの高瀬。でも、その一文だけで少し嬉しい。


『あと』


莉奈は打つ。


『彩花さんに服選んでもらった』


すぐに返事。


『被害者が増えた』


『失礼』


『何買ったの?』


指が止まる。教えようか。


それとも。莉奈は少し考えた。


『秘密』


送信。


『なんで』


『今度着るから』


既読。少し長い間。


そして、


『楽しみにしとく』


その文字を見て、莉奈は思わず口元を緩めた。楽しみにしてくれている。


高瀬が、自分の服を。電車の窓に映った自分の顔を見る。


普通に嬉しそうだった。


「……だめだ」


小さく呟く。罰ゲーム。


一か月。あと十七日。


忘れてはいない。でも最近、残りの日数を数えるたびに、減っていることの方が気になる。


最初は一か月が長いと思っていた。今は。


十七日しかない。そう思ってしまった。


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