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嘘告? そっちがその気なら一か月でその唇奪ってみます  作者: 幻影


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10/29

第10話 私が言ったのに

交際八日目、月曜日。朝、洗面所の鏡の前で髪を整えながら、俺は昨日の莉奈の言葉を思い出していた。


『明日、その髪で来てよ』


別に約束したわけではない。ただ、今日の方がいいと言われた。


それだけで朝から彩花姉の動画を再生している自分が、少し悔しい。


「そこ違う」


後ろから声がした。鏡越しに見ると、凛が立っている。


「何が」


「前髪。昨日より重い」


「朝からうるさい」


「莉奈さんに昨日の方がよかったって言われても知らないよ」


手が止まった。


「なんで知ってるんだよ」


「昨日、お兄ちゃんが自分で言ってた」


「言った?」


「反省会で」


そうだった気もする。昨日帰宅してから三人に色々聞かれ、どこまで話したのかあまり覚えていない。


凛が洗面所へ入ってきて、俺が持っていたものを奪う。


「貸して」


前髪を少し直してから、鏡を見せる。


「はい」


「お前もできるの?」


「彩花姉ほどじゃないけどね」


確かにさっきより昨日に近い。


「ありがとう」


「素直」


「直してもらったからな」


「恋って人を変えるね」


「違う」


即答すると、凛が笑った。


「まだ何も言ってないけど」


「今、恋って言っただろ」


「聞こえてるじゃん」


朝から面倒だ。玄関へ向かうと、母さんがキッチンからこちらを見た。


「あら。今日もその髪なのね」


「変?」


「いいんじゃない?」


それだけだった。このくらいの反応が一番助かる。


父さんは新聞から顔を上げる。


「モテたいのか?」


「違う」


「父さんも高校生の頃は――」


「行ってきます」


最後まで聞かずに家を出た。いつもの待ち合わせ場所へ向かうと、今日は俺の方が少し遅かった。


莉奈はすでに来ていて、こちらへ背中を向けながらスマートフォンを見ている。


「おはよう」


声をかけると振り返った。最初に顔を見て、次に髪を見る。


そして少し笑った。


「ちゃんとしてきた」


「水瀬が言ったんだろ」


「本当にやるとは思わなかった」


「じゃあやらなくてよかった?」


「そうは言ってない」


機嫌がいい。それだけで朝からセットした意味はあった気がする。


「行く?」


「うん」


並んで歩き始め、数歩進んだところで気づいた。


「あ」


「何?」


莉奈がこちらを見る。左耳。


小さな淡い色のイヤリング。昨日買ったものだった。


「それ、昨日の」


莉奈が止まる。


「……早くない?」


「何が?」


「気づくの」


「つけてきたら気づくか試すって言ってたじゃん」


「言ったけど」


莉奈が耳元に触れる。


「学校着くくらいまで黙ってるかと思った」


「見えたから」


「ちゃんと覚えてたんだ」


「自分でこっちがいいって言ったし」


莉奈が少しだけ笑う。


「どう?」


昨日も聞かれた質問だ。


「似合ってる」


「昨日と同じ」


「同じものなんだから同じだろ」


「もうちょっとないの?」


難しいことを言う。改めて見る。


制服。昨日とは服が違うし、髪型も今日はいつもの形だ。


その中で耳元だけに小さな色がある。


「制服でも似合う」


莉奈が一瞬黙る。


「……それでいい」


「採点厳しくない?」


「高瀬ならもっと言えるかと思って」


「俺を何だと思ってるんだよ」


「女きょうだい三人に育てられた人」


最近、それが俺の肩書きみたいになっている。二人で学校へ向かった。


問題が起きたのは、教室へ入ってからだった。最初は中村。


俺が席へ向かっていると、こちらを見て目を丸くする。


「高瀬くん?」


「何?」


「髪どうしたの?」


やっぱり言われた。


「ちょっと変えただけ」


「へえ。そっちの方がいいじゃん」


「ありがとう」


その声を聞いた別の女子もこちらを見る。


「ほんとだ」


「昨日切った?」


「切ってない」


「セットしてるだけ?」


「そう」


朝から注目されることに慣れていない。どう返せばいいのか分からず、とりあえず自分の席へ向かった。


そこには拓真がいる。俺を見る。


数秒。


「誰?」


昨日と同じことを言われた。


「お前らその反応好きだな」


「いや、待て。昨日だけじゃないの?」


「何が」


「彩花さん仕様」


「自分でやった」


拓真の顔がさらに変わる。


「お前が?」


「動画見ながら」


「どうした悠斗。そんなに水瀬とのデートよかった?」


なぜそこへつながる。


「髪は関係ない」


「じゃあ何で今日もやってんの?」


答えようとして止まる。莉奈に言われたから。


それをそのまま話すと、絶対面倒になる。


「気分」


「嘘つけ」


「うるさい」


拓真が笑う。


「見た目まで封印解除か」


「大げさだって」


「そのうち学校中にバレるな」


「何が」


「お前が思ってるより普通に男として使えること」


言い方が腹立つ。


「褒めてないだろ」


「かなり褒めてる」


絶対嘘だ。そのとき陸が近づいてきた。


「おは……」


俺を見て止まる。


「何」


「高瀬?」


「そうだけど」


「いや待て、高瀬ってこんな奴だったか?」


拓真が吹き出した。昨日から何人に本人確認されるんだ。


「髪変えただけだろ」


「それだけでこんな変わる?」


陸が俺の顔を横から見る。


「前までわざとやってた?」


鋭い。


「何を」


「地味に」


「面倒だっただけ」


「それをわざとって言うんじゃね?」


そこへ真帆たちも来た。


「何集まってんの?」


真帆が言いながら俺を見る。


「あ」


その一言で嫌な予感がした。


「高瀬、昨日デート仕様のままじゃん」


「デート仕様って言うな」


「へえ」


由依もこちらを見る。


「印象変わるね」


「そんなに?」


「結構」


真帆が俺の周りを半周する。


「服もちゃんとしたら普通にモテそう」


「普通には余計だろ」


「褒めてる褒めてる」


陸と同じことを言っている。そこへ蓮も来た。


「何の話?」


陸が俺を指さす。


「高瀬改造計画」


「勝手に計画作るな」


蓮も俺を見て、少しだけ目を細めた。


「昨日デートだったんだろ?」


「うん」


「それで?」


「それでって?」


「髪」


答える前に、真帆が莉奈を見る。


「莉奈の好み?」


全員の視線が莉奈へ向いた。俺も見る。


莉奈が一瞬詰まる。


「なんで私?」


「昨日デートして、今日これだよ?」


「お姉さんがやったんでしょ」


俺が口を挟む。


「今日は凛に手伝ってもらった」


真帆の顔が変わる。


「なんで今日も?」


しまった。拓真を見ると、笑いを堪えている。


助ける気はないらしい。


「……水瀬が、今日もその髪で来いって」


一瞬静かになった。莉奈が俺を見る。


「そこ言う?」


「事実だろ」


真帆がゆっくり莉奈を見る。


「へえ」


「何」


「別に?」


「その顔やめて」


由依が小さく笑う。陸は俺を見る。


「彼女の好みに合わせたんだ」


「そういう言い方すんな」


「違うの?」


違うと言い切るのもおかしい。結果的にはそうだ。


蓮だけが笑わなかった。ほんの一瞬だったが、俺には分かった。


やっぱりこいつは莉奈が好きだ。


「まあ、いいじゃん」


蓮はすぐいつもの顔に戻った。


「似合ってるし」


「ありがとう」


それで朝の騒ぎは終わると思っていた。甘かった。


一時間目が終わると、普段ほとんど話さない女子からも声をかけられた。会話自体は短いが、明らかに今までより話しかけられる回数が多い。


二時間目の休み時間には、隣のクラスの女子まで教室の前からこちらを見ていた。


「お前」


拓真が笑う。


「面倒になるから学校でやるなって言われた意味、分かってきた?」


「髪は関係ないだろ」


「あるだろ」


「これは彩花姉の担当」


「そういう問題じゃない」


確かに落ち着かない。別にモテたいわけではない。


俺としては、莉奈が今日の髪の方がいいと言ったからやっただけだ。その莉奈を見ると、真帆と由依と話していた。


目が合った。なぜかすぐ逸らされた。


またか。昼休み。


いつもの六人で机を寄せる。俺が座ると、莉奈が隣へ来た。


ただし、少し機嫌が悪そうに見える。


「水瀬」


「何?」


「イヤリング」


「朝聞いた」


「いや、まだちゃんとついてるなと思って」


「取れないよ、そんな簡単に」


普通の返事。でも少し短い。


真帆が俺たちを見ている。絶対何か知っている顔だ。


「莉奈さ」


「何」


「高瀬に今日の髪がいいって言ったんだよね?」


「言ったけど」


「なのに朝からずっと不機嫌じゃない?」


直球だった。莉奈の箸が止まる。


「不機嫌じゃない」


「じゃあ何?」


「普通」


由依が静かに口を開く。


「自分で格好よくしてって言ったのに、ほかの女子まで高瀬くん見るようになったからじゃない?」


莉奈が固まった。陸が「ああ」と納得した声を出す。


「なるほど」


「なるほどじゃない!」


莉奈が陸を睨む。真帆は完全に笑っている。


「それ自業自得じゃん」


「だから違うって」


「何が?」


「別に女子に見られてても気にしてないし」


俺は話を聞きながら考える。また嫉妬。


昨日までならそう思ったかもしれない。でも今回もたぶん違う。


莉奈が俺に髪を変えてほしいと言った。その結果、女子から注目される。


彼女役として考えれば、少し複雑なのだろう。そういうことだ。


「戻そうか?」


俺が言うと、莉奈がこちらを見る。


「何を?」


「髪」


「なんで?」


「嫌なんだろ?」


「嫌じゃない」


即答だった。


「でも不機嫌なんだろ」


「不機嫌じゃないって」


「じゃあこのままでいい?」


莉奈が俺の髪を見る。少しだけ考えてから答えた。


「……そのままでいい」


「分かった」


真帆が盛大にため息をつく。


「何?」


「高瀬ってさ、変なところで鈍いよね」


「何が?」


「別に」


その言い方。最近周りで流行っているのか。


蓮が話題を変えるように俺へ聞く。


「昨日、映画だけ?」


「映画見て、飯食って、店見た」


「何時まで?」


「夕方」


「結構長かったんだな」


「まあ」


蓮が莉奈を見る。


「楽しかった?」


「うん」


迷いのない返事だった。蓮が一瞬黙る。


「そっか」


それだけ言って、弁当へ視線を戻した。陸が蓮を見る。


俺も見た。たぶん陸も気づいた。


午後の授業が終わり、放課後になった。俺が帰る準備をしていると女子二人に呼び止められる。


「高瀬くん」


「何?」


「これから駅前行くんだけど、昨日行ったなら新しいカフェ知らない?」


「ああ、一軒見た」


スマートフォンで場所を確認しようとすると、そこへ莉奈が来た。


「高瀬」


「ん?」


「帰るよ」


いつもより少し強い。女子二人が莉奈を見る。


「あ、ごめん。帰るところだった?」


「うん」


莉奈が笑う。


「彼氏借りていい?」


借りる。俺は物なのか。


「あ、もちろん」


二人は笑って離れていった。


「場所教えるだけだったんだけど」


「分かってる」


「急いでる?」


「別に」


またそれ。二人で教室を出る。


廊下を歩きながら、莉奈は少し前を歩いている。


「水瀬」


「何?」


「怒ってる?」


「怒ってない」


「今日そればっかりじゃない?」


莉奈が止まり、振り返る。


「じゃあ聞くけど、高瀬は今日、楽しかった?」


「何が?」


「女子にいっぱい話しかけられて」


なるほど。そこか。


「落ち着かなかった」


「嫌じゃなかった?」


「別に嫌ではないけど」


莉奈の眉が少し動く。答えを間違えた気がした。


「でも」


俺は続ける。


「水瀬と話してる方が楽」


今度は莉奈が完全に止まった。


「……そういうの」


「何?」


「急に言うのやめて」


「聞かれたから答えただけだろ」


「だから困るの」


何に困るんだ。莉奈は前を向き、また歩き始めた。


耳が少し赤い。もしかして、さっきの答えは悪くなくはなかったらしい。


昇降口を出て、朝と同じ道を二人で歩く。しばらくして莉奈が俺を見る。


「ねえ。明日もその髪?」


「水瀬がいいなら」


「なんで私基準なの」


「今日やった理由が水瀬だから」


また黙った。本当に今日はよく黙る。


「……じゃあ、そのままでいい」


「了解」


少し歩いてから、莉奈が前を向いたまま続ける。


「でも、ほかの女子に何か言われても、あんまり調子乗らないでね」


俺は思わず笑った。


「何それ」


「彼女からの忠告」


やっぱり。彼女役としての発言だ。


そう解釈すると全部きれいにつながる。


「分かりました」


「何その言い方」


「彼女さんの言うこと聞こうと思って」


莉奈が俺を見る。それから、少しだけ笑った。


「ならよし」


その日の夜。莉奈は真帆と由依の三人でグループ通話をしていた。


『で?』


真帆の声。


「何が」


『高瀬が女子に囲まれてた件』


「囲まれてない」


『何人も話しかけてたじゃん』


「普通にクラスメイトでしょ」


由依が静かに聞く。


『嫌だった?』


莉奈はベッドの上で寝返りを打つ。


「……ちょっとだけ」


初めて認めた。通話の向こうが静かになる。


「何よ」


『いや』


真帆が笑う。


『やっと認めたなと思って』


「違うからね」


『何が?』


「好きとかじゃないから」


真帆は何も言わない。由依も。


その沈黙が腹立たしい。


「だって私が今日もその髪で来てって言ったんだよ? それで本当にやってきて、私がいいって言った髪なのに、ほかの女子が急に高瀬のこと見始めて……」


そこまで言って止まる。自分で話していて気づいた。


何を言っているんだろう。真帆が笑いを堪えきれなくなる。


『それ、莉奈が一番面倒な彼女になってるじゃん』


「うるさい」


『自分で格好よくして、ほかの女子が見るなって?』


「見るなとは言ってない!」


『思ってるじゃん』


「……少しだけ」


また認めてしまった。由依が小さく笑う。


『でも、高瀬くんは? 女子に話しかけられて喜んでた?』


莉奈は今日の帰り道を思い出す。


『水瀬と話してる方が楽』


何でもない顔で言われた。ああいうことを高瀬は急に言う。


本人はたぶん、何とも思っていない。


「……別に」


『莉奈』


「何」


『今、絶対嬉しそうな顔してる』


莉奈は枕へ顔を埋めた。


「見えてないでしょ」


『分かる』


「分からないって」


電話を切りたくなってきた。でも切らない。


しばらくして真帆が言った。


『あと二十二日だね』


莉奈の動きが止まった。一か月。


最初に決めた期限。まだ二十二日もある。


そう考えるべきなのに、なぜか今は、もう八日終わったという方が先に浮かんだ。


「……分かってる」


莉奈は小さく答えた。通話を終えたあと、机の上を見る。


昨日買ったイヤリングのケースが置いてある。朝、高瀬は会ってすぐに気づいた。


そして似合っていると言った。明日も何か変えてみようか。


そんなことを考えてから、莉奈は自分で気づいた。また高瀬に気づいてもらう前提で考えている。


「……ほんと何やってるんだろ」


そう呟きながらも、翌朝何を変えるか考えるのを、莉奈はやめなかった。


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