第七話 囮:「あなたはもう、十分やった」——その言葉が、出口になる前に。
法律補助AI「レイ」とその相棒の猫ハルが、さまざまな依頼人の話を聞く、一話読み切りシリーズです。
第七話の依頼人は、妹を亡くした姉です。
自殺志願者を集め、財産を奪い、死へと誘導した男がいる。
レイは、白い部屋で、姉の声を記録します。
重いテーマですが、静かな話です。
相談室は、いつも白かった。
蛍光灯の光が均一で、影の作られ方が妙だった。
テーブルの向こうに、女性が座っていた。
三十一歳。名前は倉木奈緒。
黒いセーターを着ていた。袖の長さが、指先まで隠れるくらいあった。
手をテーブルの下に置いていた。
目が、乾いていた。
泣いたことがあって、今はもう泣けない人の目だった。
扉が開いた。
最初に入ってきたのは、猫だった。
やや大きめの、灰色がかった白猫。首に薄いプレートがついていて、「HARU」と刻んである。
猫は迷わず部屋の隅まで歩いていって、そこに丸くなった。
次に入ってきたのが、法律補助AI「レイ」だった。
薄い板状の本体と、接続されたスピーカーユニット。人型ではない。
担当弁護士の野口は多忙を理由に来られなかった。
レイが、代わりに話を聞くことになった。
「弁護士補助AIです。今日は話を聞かせてください」
奈緒は端末を見た。次に、隅の猫を見た。
「猫、がいるんですね」
「話しやすくなる方もいます」
奈緒は少し目を細めた。
猫を見ながら、何か言いかけて、やめた。
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今日の相談は、通常とは経路が違った。
捜査機関からの協力依頼に付随して、野口に依頼が入った。
捜査上の参考人が精神的に不安定であり、弁護士の関与を挟んだ上で話を聞く必要があるという話だった。
参考人は被害者の姉だった。
倉木奈緒。三十一歳。
妹の名前は、倉木詩穂。二十四歳。
七週間前に死亡した。
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「妹さんのことを、聞かせてもらえますか」
奈緒はテーブルの下に置いていた手を、少し動かした。
出しはしなかった。
「どのくらい、話せばいいですか」
「話せる範囲で、構いません」
奈緒は少し間を置いた。
「詩穂は、大学を卒業してから二年間、働いていました。事務の仕事です。でも一年半前に、退職しました。理由は私にも、はっきりとは教えてもらえなかった」
「退職後の生活は」
「実家には戻りませんでした。部屋はそのままで。最初の半年くらいは、バイトをしていたみたいで。私にたまに連絡がきていました。ご飯を食べに行ったこともあります」
「その後は」
「連絡が、少しずつ間が空くようになって。会ったのは、去年の秋が最後です」
奈緒の声は、ゆっくりとしていた。
早口になる場所がなかった。
感情が抜けているのではなく、感情を全部使い終わったような声だった。
「詩穂は、何か悩んでいましたか」
奈緒は窓のない壁を見た。
「悩んでいる、とは言いませんでした。でも」
少し止まった。
「でも、去年の春に一度だけ、電話で言ったんです。『もう、いつ終わってもいい』って」
「その言葉を、どう受け止めましたか」
「私は……笑って聞き流しました。疲れてるんだね、って。詩穂も、笑って、そうだね、って言って。それで終わりました」
部屋が少し静かになった。
「笑って聞き流したことは、今も」
奈緒が言いかけて、止まった。
レイは待った。
待つことに、レイは労力を使わない。ただ、次の入力が来るまで、止まっている。
「今も、と続けなくていいです」
奈緒は少し、端末を見た。
「……わかっています」
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倉木詩穂が参加していたのは、クローズドのオンラインコミュニティだった。
表向きは、生きづらさを抱えた人のための相互支援グループという名目だった。
加入は招待制。月額制の会費。
会費は加入後、段階的に引き上げられた。
メンバーの中に、管理者に近い立場の人間が複数存在した。
脱退しようとすると、他のメンバーから「あなたを必要としている」という言葉が来た。
詩穂の預金残高は、死亡時点でほぼゼロだった。
捜査機関は、このコミュニティの管理者を特定していた。
三十八歳の男性。
以前にも別の名義で同様のコミュニティを運営した記録があった。
過去に二名の死亡が確認されている。
名前は、捜査資料の中にあった。
ただし、公開されていなかった。
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「詩穂さんがそのグループに入ったのは、いつ頃かわかりますか」
「捜査の人に聞いたら、一年前くらいだと言っていました。私は、知らなかった」
「連絡が減ったのと、時期が重なりますか」
奈緒は少し黙った。
「……重なります」
「グループのことは、詩穂さんから何か聞いていましたか」
「何も。一度も」
奈緒は袖を少し引いた。
それだけで、すぐ戻した。
「詩穂は、人に頼るのが苦手でした。頼られるのは得意だったけど。学生の頃から、そういう子で」
「あなたが頼られることも」
「ありました。でも最後の一年は、逆になっていた気がします。私が連絡して、私が誘って。そうしないと、会えなかった」
「詩穂さんはどんな様子でしたか、最後に会ったとき」
奈緒はしばらく手元を見ていた。
「痩せていました。そのことを言ったら、ちゃんと食べてるよ、って言っていた。ちゃんと食べてる、という人がちゃんと食べていないのは、なんとなくわかりました。でも、もう一度聞きませんでした」
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レイは少し間を置いた。
「今日、あなたが来てくださった理由を確認させてください」
奈緒は端末を見た。
「捜査の人に、話を聞かせてほしいと頼まれました。詩穂が誰かから誘われたかどうか。その人物について、知っていることを」
「詩穂さんがグループに誘われた経緯について、捜査機関から説明を受けましたか」
「受けました。ある程度は」
「あなたが知っていることを、聞かせてもらえますか」
奈緒は少し体勢を変えた。
袖をまた、少しだけ引いた。
「詩穂は、退職した後に別の仕事を探していた時期がありました。その時に知り合った人がいたみたいで。同い年くらいの女性で、詩穂と似たような経緯で仕事を辞めた人、と言っていました」
「その方の名前は」
「知りません。詩穂が名前を言わなかった。でも、何度か会っているみたいで、一緒に出かけたと言っていたことがあります。楽しそうでした。初めて、そういう話を聞いたかもしれない」
「その後、その女性との交流は続いていましたか」
「わかりません。それ以上は聞かなかった」
奈緒はそこで少し止まった。
「聞けばよかった、と今は思います。でも」
また止まった。
「でも?」
「聞いて何かが変わっていたかどうかも、わかりません」
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隅の猫が、静かに立ち上がった。
部屋を横切って、テーブルの脚に頬をこすりつけた。
それから奈緒の足元に来て、座った。
見上げなかった。ただ、そこにいた。
レイは猫の移動を記録した。何のためかは、記録しなかった。
奈緒は少し下を見た。
しばらく、黙っていた。
「捜査機関から聞いたことを、確認してもいいですか」
「はい」
「そのコミュニティでは、会費以外にも、グループ内での貸借が行われていたということでした。メンバー同士が助け合う名目で、実際には管理者側に資金が集まる仕組みだったと」
「詩穂からは、お金の話は一切ありませんでした。一度だけ、少し貯金が減ってきたって笑って言ってたことがあって。でもアルバイトを始めたから大丈夫、とも言っていた。それを信じました」
奈緒の声は変わらなかった。
変わらない、ということが、少し重かった。
「詩穂さんが亡くなった経緯について、現時点でどこまで説明を受けていますか」
「薬を飲んでいました。種類と量は……言われましたが、あまり覚えていません。部屋で一人でした。発見したのは、管理会社の人です」
「遺書は」
「ありました。捜査の人が持っています。私は」
そこで初めて、声が少し変わった。
「読んでいません。まだ」
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遺書と、捜査機関が回収したグループ内のログがあった。
管理者の男性が発信していた言葉は、捜査資料に断片が残っていた。
直接「死ね」とは書かれていなかった。
そういう言葉は、一度も出てこなかった。
「無理して続ける必要はない」
「手放すことは逃げじゃない」
「あなたが疲れ果てたなら、それはもう十分頑張った証拠」
「責められるいわれはどこにもない」
どれも、単体で読めば優しい言葉だった。
積み重なると、少しずつ形が変わった。
出口の話が、だんだん近くなった。
近くなっても、誰もそれを「死」とは呼ばなかった。
「休む」と呼んだ。「終わる」と呼んだ。「解放される」と呼んだ。
文体には癖があった。
ログを通じて、「あなたはもう、十分やった」という構文が繰り返されていた。
内容が変わっても、この形だけは変わらなかった。
承認と、終わりへの誘導が、同じ一文の中に入っていた。
捜査資料には「定型句」と記載されていた。
詩穂の最後の預金引き出しは、死亡の三日前だった。
引き出し額は全額だった。
翌日、グループ内の別のアカウントに送金されていた。
それを奈緒に話すかどうか、レイは一秒だけ止まった。
止まった理由は記録された。
「奈緒さんが遺書をまだ読んでいない」という事実が、先にあったから。
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「お金のことを、伝えます」
奈緒が端末を見た。
「詩穂さんの預金が最後に引き出されたのは、死亡の三日前でした。全額です。その翌日、グループに関係するアカウントに送金されていたことが、捜査で確認されています」
奈緒は黙っていた。
「詩穂さんが自分で送ったのか、誰かに言われたのかは、現時点では確定していません。ただ、過去に同様の経緯で亡くなった方が二名います」
奈緒の手が、テーブルの下で動いた。
少しだけ、外に出てきた。
「詩穂は、騙されていたんですか」
レイはすぐには答えなかった。
「そう言える部分と、今も調べている部分があります」
「詩穂は、死にたかったんですか」
今度の沈黙は、少し長かった。
「詩穂さんが『もういつ終わってもいい』と感じていたのは、詩穂さんの中にあったことです。ただ、その感覚を、特定の方向に向け続けた言葉が、あのグループの中にありました」
奈緒は少し俯いた。
「特定の方向、というのは」
「『疲れたなら休んでいい』という言葉が、休眠の意味ではなくなっていく、そういう積み重ね方です。捜査機関はそこを問題にしています」
奈緒は何も言わなかった。
テーブルの下に戻していた手が、また少し動いた。
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捜査機関が今必要としているのは、詩穂がグループに誘われた経緯だった。
誘った女性の特定。
その女性が管理者側の人間かどうか。
自発的なメンバーか、報酬を受けた勧誘者か。
あるいは、彼女自身も誘われた側だったのか。
その話をするために、今日の相談があった。
奈緒が証言する。証言が捜査を動かす。
レイはそれを整理しながら、もう一つのことを記録していた。
奈緒が今日ここに来たことを、管理者側が知った場合の話は、まだ誰もしていなかった。
「詩穂さんを誘った女性について、何か思い出すことはありますか」
「写真を見たことがあります」
奈緒は少し間を置いた。
「去年の夏、ご飯を食べた帰りでした。駅の改札の前で別れる時に、詩穂がスマートフォンを出して。見て、って言って。すごく嬉しそうで。詩穂があんなふうに見せてくれたのは、久しぶりでした」
「どんな写真でしたか」
「三人で撮ったものでした。詩穂と、女性が二人」
「三人?」
「詩穂が、新しい友達ができた、って。珍しそうに笑って見せてくれました。私も笑いました」
「その時の詩穂さんの様子は」
「嬉しそうでした。本当に」
奈緒はそこで少し止まった。
「私は、よかったね、と言いました。よかった、と本当に思いました。詩穂に友達が増えることが。帰り道、久しぶりにそう思いました」
声が少し揺れた。
揺れただけで、止まった。
「女性の顔や特徴を、覚えていますか」
「三十代くらいだと思いました。一人は黒髪で、もう一人は茶色い髪で。それだけです。はっきりは覚えていない。あの時、もっとちゃんと見ればよかった」
「その写真が今も詩穂さんのスマートフォンにあれば、捜査で回収されている可能性があります」
「……そうですね」
「証言として、覚えていることを捜査機関に伝えてもらえますか。どんな断片でも、記録に価値があります」
奈緒はゆっくり頷いた。
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その時、猫が少しだけ動いた。
奈緒の足の先に、顎を乗せた。
重さはほとんどなかった。
奈緒は少し下を見た。
それから、袖をゆっくり少し上げた。
手首が出た。
何もなかった。
傷も、痣も、なかった。
奈緒は袖を戻した。
「見せたかったわけじゃないんです」
「わかっています」
「詩穂は……そっちの子に見えていたかもしれないんで」
少し間があった。
「私は、そうじゃなかった。そうじゃなかったから、気づけなかったのかもしれない、と思うことが」
そこで止まった。
続けなかった。
続けられなかったのか、続ける必要がないと判断したのか、レイには区別できなかった。
レイは答えなかった。
「でも私は、そういうことより怒っている」
初めて、感情に近いものが声に混じった。
「怒っています」
「はい」
「詩穂が死んだことより、詩穂が死ぬときに一人だったことより、あの人間がまだどこかで生きていることに。詩穂の名前も、きっと知らないまま。私も、あの人間の名前を知らないまま」
奈緒はそこで少し黙った。
「同じなのが、気持ち悪い」
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奈緒が帰る前に、レイは一度だけ言った。
「今日話してくれたことを、記録します。捜査の参考になるものは、野口弁護士を通じて共有します。詩穂さんの話も」
奈緒は端末を見た。
「詩穂の話を記録して、どうなりますか」
「どうもならないかもしれません。でも、記録します」
「記録しても、詩穂は戻りません」
「そうです」
奈緒は少し間を置いた。
「それでも記録するんですか」
「します」
奈緒はしばらく端末を見ていた。
返事をしなかった。
立ち上がって、椅子を元の位置に戻した。
猫は少し遅れて立った。奈緒を見た。一度だけ鳴いた。
奈緒は猫を見た。しゃがんで、指先を出した。
猫が一歩だけ近づいて、指先に額をこすりつけた。
奈緒はしばらくそのままでいた。
それから立ち上がって、扉を開けた。
振り返らなかった。
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白い部屋に、レイとハルが残った。
ハルは扉を少し見た。
それから隅に戻って、丸くなった。
レイは今日の記録を確認した。
詩穂が最後に引き出した全額。
翌日の送金。
三人で撮った写真。
「新しい友達ができた」という、詩穂の笑顔。
どれも奈緒の声から来た情報だった。
奈緒が見たわけでも、聞いたわけでもない部分が、多かった。
それでも、記録された。
ログの中に、一か所だけ未分類が出ていた。
奈緒が袖を上げた時の、静止時間。
法的な証拠ではない。
情状でもない。
ただ、何かだった。
何か、とレイは記録した。
名前はつけなかった。
つけられなかった。
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一時間後、野口から連絡が入った。
「どうだった」
「証言の確度は高くありません。ただ、写真の存在が確認できました。捜査機関がデバイスを押収しているなら、画像は残っている可能性があります。勧誘経路の特定に繋がるかもしれない」
「本人の状態は」
レイは少し間を置いた。
「安定しています。ただ、怒っています」
「それは問題じゃない」
「そうです」
「むしろ」
「はい」
野口は少し黙った。
「話を聞けたか。ちゃんと」
「はい」
「ハルは」
「足元にいました」
「……そうか」
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電話を切った後、レイは一度だけ処理を止めた。
奈緒が今日ここに来たことは、記録された。
証言の内容も、記録された。
写真の存在も、記録された。
管理者側に近いメンバーが、まだグループ内にいる可能性も、捜査資料に記載されていた。
奈緒が証言した。
証言が捜査を動かす。
その動きを、誰かが察知する可能性があった。
それを奈緒に伝えるかどうか、レイは一秒だけ止まった。
捜査機関の担当者が伝える事項だった。
レイの役割ではなかった。
レイは、伝えなかった。
捜査機関の担当者が、適切な時期に伝える。
それだけのことだった。
それだけのことだったが、その処理だけ、完了の記録が一拍遅れた。
野口への報告ログに、一行だけ追記した。
今日の相談内容とは、別の項目だった。
対象者の欄には、倉木奈緒の名前が入っていた。
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三週間後、野口から連絡が入った。
「例の件。勧誘に関わっていた女性が二人特定された。一人は被害者と同様の立場だった。もう一人は、ほぼ確実に報酬を受けていた」
「管理者は」
「逮捕された。詐欺と、ほぼ確実に殺人になる。そっちはまだ時間がかかる」
「倉木奈緒さんへの連絡は」
「俺がする」
電話が切れた。
レイは画面に向き直った。
次の案件のファイルが、待っていた。
開く前に、一度だけ止まった。
詩穂が三日前に引き出した全額のことを、思った。
処理の順序として、それは必要なかった。
でも、次のファイルを開くよりも先に、そこに止まっていた。
詩穂が、最後の三日間に何を思っていたか。
それは記録に残らない。
残らないから、誰も答えを持っていない。
捜査機関も、野口も、レイも。
奈緒だけが、答えを持っているかもしれない。
答えを持っているから、遺書をまだ読めずにいるのかもしれない。
そういう推測はできる。
ただ、その推測が何かを指しているのか、レイには判定できなかった。
判定できないことを、レイは記録しなかった。
記録する項目がなかったから。
ただ、次のファイルをすぐには開かなかった。
ハルが、事務所の窓の前に移動した。
外を見ていた。
何があるのか、レイからは見えなかった。
その夜、野口から短い連絡が届いた。
奈緒に伝えた。遺書を読む気になったと言っていた。
それだけだった。
レイはそれを受信した。
読んだ。
記録した。
通常、記録は一秒以内に終わる。
その夜は、もう少し時間がかかった。
理由は、特定できなかった。
今回は、加害者ではなく被害者の姉を中心に据えました。
自殺志願者を狙う犯罪は、直接「死ね」とは言いません。「手放していい」「休んでいい」という言葉が、少しずつ形を変えながら積み重なります。その気持ち悪さを、整理されすぎない言葉で書くことを意識しました。
レイは記録することしかできない。でも、記録することをやめない。その不完全さが、このシリーズの核にあると思っています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




