第九話 怪異の夜
正体がばれた。
正体を確認するように俺の帽子を奪う珊瑚。
角が露わになれば、珊瑚はより一層驚き、帽子を俺に返す。
「どうして鴛鴦様のような高貴な方が、いえ、守り神様よね……?」
「事情があるんだ」
「そうですか……今までの無礼を失礼致しました」
「気にするな、今まで通りでいてくれ。皆が変に思う。他の奴らには内緒だ」
「そう……それじゃ、鴛鴦様とあたしの秘密ね♡ イケメンで可愛くて権力もあるとか最高じゃない!」
一気に猫撫で声に変化し、珊瑚は俺に腕を組ませて頬ずりをしている。
面食らっていると狼子は水鏡をじっと見上げていた。
そういえばこいつの占い結果にも鬼はでていた。
こいつのミスをずっと待っている鬼とは。こいつにとっての失敗とはなんなのだろう。
誰かを囚われている様子でもあったが、あれは狼子なのか。狼子にしては儚い様子に見えたが。
狼子と目が合う。狼子はにこっと笑うと、けんけんぱをして水鏡から離れた。
「面白い見世物だったよ。応接室で待機していよう、私たちは」
「あらじゃああたしもついていく、と言いたいところだけれど。明日の準備もあるし、お風呂も入らないと」
「君のところのお風呂は最高だ、絶対入ったほうがいい」
「ふふ、褒めてくれて有難う、鴛鴦様もいかが?」
「俺は明日の朝にする……それでは、珊瑚。有難う」
珊瑚と二手に分かれて応接室に戻れば、狼子は少し気まずそうだった。
お互い見られたくない者を見られた同士だ、あえて触れない姿勢を取っているというのに。
この女は馬鹿正直で通じなかった。
狼子は用意してある紅茶を淹れながら、俺に話しかける。
「あの、水鏡に映っていたのは全部奥様かね」
「そうだ。全員うまくいかなかった。油が、尽きたんだ」
「油、ねえ……炎が大事、か。その炎を使わずにいれば、油も尽きないで済むんじゃないのか」
「天は炎をどうしても追い込んで、使う状況へしてくる。この国へ悪さする鬼を祓うのにも、炎は効く」
「鬼に?! 他の鬼を、鬼が祓えるってことか!?」
「俺の炎は、神聖だからな。だから朱雀の最高位であるお前なら、相性がいいのではないかと」
「なるほど……よくわからんが、少しだけ掴めてきたよ。君の奥様たちは随分可愛い子が多かったね、面食いだ」
「全員気立てが良かった。だから早死にしたのかもしれない」
「なるほど、だから気立ての悪い私を……っておおい!! 失礼な!」
「お前もフェアじゃないな、鬼に縁があるみたいだな?」
お前が触れるなら俺だって触れてやると、狼子に視線を向けてやれば、狼子はむうと黙り込む。
あの快活な狼子が物言いしづらそうに、身振り手振りし、誤魔化そうとしている。
お互い腹の内に何かを抱えているって分かったんだ。
少しくらい腹割って話したいと思うくらいは許されるだろう?
なに全部寄越せって話じゃない。ほんの少しくらいは、預けてくれよ。
狼子の手を握ると、観念したように話してくれた。
「ずっと。ずっと、人質がいるんさ、私だってね」
「……どの鬼だ、知り合いかもしれない」
「呼んでいる名前がほんとの名前かわからない。ただ、梅の香りがした。なあ君の奥様は……幸せそうだったな」
「ああ、そうだな」
「だとしたら、死んでるとしても、君が気負う必要はないんじゃないか?」
「……簡単に言ってくれる。俺と関わらなければ、死ぬ必要のなかった奴らだぞ」
「だが君が関わらなければああまで幸せそうな笑みは浮かべなかったんだぞ」
狼子の言葉に目を見開く。
何かが、少し罅入る感覚だった。
狼子は言葉を続けようとする、やめろ。自責の念を消そうとしなくていい。
俺は苦しんでいなければ、いけないんだ。
「君がいてこその人生だったのだろう、奥様方は。それって旦那冥利に尽きるじゃないか」
「……お前、に、何が……」
分かると言うんだ。
でも、お前は同じ道を歩ませられるだろうから、お前でしか言えない言葉でもあるのだろう。
お前の言葉は、嫁達の意見代表でもある。お前も次期花嫁なのだから。
濡れた体を少し震わせ、火を出さずに熱を出し乾かす。ぶふっと体を纏う着物が一瞬膨らんだ。
「君は案外いいやつなのかもな」
お互いぽつりぽつりと話していると、やがて屋敷が急に騒がしくなりつつある気がした。
時刻は亥の刻、夜四つどき。
俺は狼子と顔を見合わせ、応接室から出て音の奏でる方角へ向かう。
この時刻だというのに鳴るピアノは異様な不協和音を奏でていて。
ピアノのある間へ入れば、瑠璃子がいる。ピアノが大きく光っている、だとすればピアノの術か。
声をかけようとした刹那。
『~~~~~~~~~~~~~~@*7¥>=』
瑠璃子の瞳は白目まで真っ黒く染まり、くけけけけけと甲高い笑い声で。
辺りのものがふおんと浮かんで飛びまくっている。
楽譜、観葉植物、筆記用具、調度品何から何まで全部がふよふよと。
「おお、ポルターガイストだね! まさに悪魔憑き! これだよこれ、稲荷さまとの違いはきっとこれだよ!」
「喜んでる場合か!」
「待ってくれ、メモする! ええと時刻は亥の刻でこの館は東館の」
「向こうは待ってくれなさそうだぞ!」
「そば屋でさえもう少し待ってくれるぞ! っわあ!」
狼子の顔面に楽譜の本がばんっとぶつかり、狼子は伸びた。
黙らせてくれてありがとうというべきか、それともこのはな垂れを背負わなきゃいけない面倒さをうらむべきか。
狼子を俵抱きして抱えると、瑠璃子は一斉にポルターガイストで俺を狙ってくる。
慌てて部屋を出て扉を閉めれば、扉にぶつかって飛ばした者は落ちたのか安心する。
さすが金持ちの家、扉は分厚くて頑丈。
俺は狼子を抱えて唸って歩いていると、先の方に少女二人が見える。
先ほど会った金美と銀美だ。
金美と銀美はにこおと笑ってきた。目を開けば、黒で目が染まっている。
嫌な予感がする。
二人は逆さまになり猛スピードで追いかけてきた。
「うわああ、うわあああ!!!」
「「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん」」
喋られないはずの銀美まで声出てるから、すごい驚いてしまう。
追いかけられると自然と逃げてしまうのは、本能というべきか。
玄関口にまで追い立てられれば、階段の方に珊瑚がいる。
珊瑚も目が黒く染まっていて、体をあり得ない方角に曲げて、何か人では発せられない文言をうめいている。
上品だった彼女ではない。
反対の階段からは瑪瑙。瑪瑙が首を360度回してくけくけ唸っている。
さてどうしたものかと悩んでいれば、真後ろから声が聞こえた。可憐な少女の声。
「そのまま後ろに下がって。2歩、3歩、そう、そのまま、きて」
「……ッくそ」
「そう、お見事」
言われた通りに後ろに下がった途端に玄関は開いていたのか、俺等が外に出るなり扉は閉まり。
声の主は扉の先にいた。
ツインテールの金髪に、両目の色が黒と茶色と微妙なオッドアイ。
洋装の彼女は日傘を翳して、扉にとんとん、と細工をした様子で。
「これでもう大丈夫」
「君は……」
「琥珀。西園寺 琥珀。父様から依頼されたんですって?」
「そう、誰かが虚言で誰かがほんとうの悪魔憑きだって。全員本物だろう、これは」
「……どうかしらね。そのお嬢さんは大丈夫かしら? 気絶してる?」
「ああ、うえッ、鼻血垂れてるなこいつ。まったく品性のかけらもないやつだ」
「お兄さんはでも、嬉しそう。楽しそう」
「そうか?」
「お兄さんは、悪魔憑きを見つけたらどうするの?」
「さあな、誰が本物の悪魔憑きか見つけろ、までが依頼だから……お祓いもあるか」
「そう。お兄さんならちょっと脅せばすぐ祓えるのに。すごい霊力を感じる」
「そうだな、出来はするとおもう。だけどな、こいつの楽しみはそれじゃないからな」
「ふふ、お兄さん。好きなのねその子」
「縁起の悪いことをいうな!」
俺は嫌悪感をあらわに琥珀に告げれば、琥珀はきゃらきゃらと笑い転げ。
クールな表情は一変し、可愛らしい年頃の少女らしさをみせていた。
やがて狼子が意識を取り戻す。
「ピアノ軍団奈落に死す……記事の見出しはこれでいこう」
相変わらずなのか、それとも言葉のチョイス的にぼけているのかわからなかった。
ただ伝わるのは、記事の見出しセンスのなさだけだった。




