第七話 七姉妹は仲が良い
長女は今ピアノの間にいる様子で、ピアノの間が近いからまず先に長女から話してみる行為とした。
長女の周りに楽譜が一瞬浮いていた気がしたが、楽譜がすぐに床に落ちる。長女が楽譜を拾い、目が合う。
長女はロングヘアの黒髪におっとりとした繊細さで、黒目がちの大きな瞳。
この時代に洋装のスカート、髪型も洋風に合わせて纏めてはいない。
この家はとにかく洋風に拘っている。
凜とした佇まいのなかにどこか強さも感じるのはきっと姿勢の良さからか。
気品があり、何一つ欠けていない究極のお嬢様だった。
どこか弱さもあってほしいと願いたくなる様が、寧音を思い出してしょうがない。
目が合うと微笑んでくれるので、その瞳に寧音を思い出し少しだけぼんやりとしていた。
「あら、いらっしゃいませ、お客人。どなた?」
「御手洗狼子というよ! こっちはあかお!」
「どうも宜しく。最近この家でおかしな出来事があるのは知ってますよね? それの事件解決に呼ばれました」
「まあそう。お祓いの宣教師様でも駄目でしたものね。よくってよ、この家でたくさん調査してくださって?
あたくしは長女の多々良 瑠璃子」
「瑠璃子お嬢様といえば、おととし嫁入りしたのでは?」
「ふふ、里帰りしにきたの。うちに籠もっても誰も話し相手につまらないし。やっぱりこの子を一人にするのもね」
ピアノをそっと触れて、そのまま軽やかに瑠璃子はクラシック音楽を奏でる。
そこから和物の曲に変わるのはこの時代ならではの異物感。和物の曲にこの繊細なピアノはどこか単調に感じた。
俺の顔に気づくと、口元を押さえて笑う。
「ふふ、ごめんなさい。あまりにも、外国文化を好まないお顔をしてらっしゃって。素直ね」
「この国の文化が好きだからな」
だからこそこの国を守っている。
そうであるのにどんどん他国に惹かれ、良さが隠れていくのは寂しさもある。
瑠璃子は穏やかに笑い転げると。水差しからグラスで飲水し、ふうと落ち着きを取り戻した。
「そうね、あたくしもこの国は好きよ。着物も面倒だったけれど好きだった。でもね? このお洋服、お気に入りの着物を裁断して作ったのよ」
「そりゃすごい。どうりであまり見ない生地と柄だ」
「ね、良さを混ぜ合わせるのもきっと悪い出来事ではないわ」
にこ、と笑う瑠璃子を見て俺はなるほど、と頷く。
狼子は咳払いし、手帳にメモする様子を見せながら、瑠璃子に身を寄せるように顔を寄せた。
「なにか詳しいこと知らないかな、この屋敷で起こる異変に」
「これから寝泊まりすれば分かるわ。みんな可哀想で、みんな大変」
「あなたも、その悪魔憑きの一人とされてますが? それについてはどうだね」
「……だからきっと、里帰りを許されたんじゃなくて? 悪魔憑いてる嫁なんて、醜聞ですもの」
瑠璃子はそのままあとは狼子に興味をなくし、ピアノへ夢中となる。
ピアノから……何か異質なものを感じる。あと少しで霊気が満ちて、何かが宿りそうな気配だ。
このピアノを介して、霊力が高められているのか。だとしたら瑠璃子は……術士か?
これ以上は多分たいした情報を得られないだろうと、感謝を述べると俺と狼子は部屋を出て行く。
部屋を出れば、狼子は俺を見やりにやにやしてる。
「ああいう繊細で大和撫子の凜としてるタイプに弱いんだな君って奴は。はながのびてるぞ」
「ッ!? そんな、わけ、あるか」
「いや分かるよ、スタイルも良くて顔も良くて性格もいいしなあ。そうかあ、ああいう守りたくなる子が弱いかあ」
「茶化すのをやめろ、馬鹿野郎ッ。そんな……茶化して良い人じゃないだろ、あの人は」
「ふむう? まあいい、次だ次。次の子は誰かな」
次に挨拶と調査に行くのを悩んでいれば、庭先で笑い声が聞こえる。
窓ガラスへ寄ってみれば、女と目が合い手をひらひらとふられた。
次の子はこの子でいいだろうと狼子に提案する間もなく、庭に向かう。
狼子も提案なくとも伝わったみたいで、あとからついてきた。
*
ふんわりとしたくせっ毛の少しだけ栗色めいた髪色。
瞳は垂れ目がちで、にこにことしている。
先ほどの瑠璃子が百合ならこの子は薔薇だ。華やかさが圧倒的に違う。
スタイルの良さも瑠璃子より際立っていて、背丈も瑠璃子より大きい。
ただ女の子と言うよりも、もう立派なレディに見えるくらい、完成された淑女に感じる。
淑女と一緒にいるのはもっと幼い女の子で、年齢がきっと十もいかないくらいだろう。
栗毛はおそろいの女児はこの家では珍しく着物だった。
「次女の西園寺 珊瑚よ。探偵さんたちには名乗りはこれで十分でしょ?」
「事情を知っていたかね」
「ええ、お父様から相談を受けていたから。お父様が信頼するのはこのあたしだから」
「珊瑚さん悪魔憑きされる祟りなどに覚えはないかね、祟られそうな恨みとか」
「あるわけないじゃない! 貧乏人のひがみくらいよ、精々」
珊瑚は言い切ると女児に、ねー、と声をかける。
「君はお名前いえるかな」
狼子はしゃがみ込んで視線を合わせると、女児はきょとんとしている。
「六女の西園寺 金美。おねえちゃんだあれ」
「探偵の狼子だ、食べちゃうぞがおー!」
「わっ!!! こわあい!」
「こら、小さい子相手にやめろ。こっちの馬鹿が悪いことしたな、許してやってくれ」
「うん……おねーちゃん、だめだよ」
「わっはっは、怯えてる、可愛いな。連れて帰りたい。西洋ではきゅーとあぐれっしょんというと聞いたぞ!」
「性格悪いなお前……ん?」
遠くの方から金美とそっくりな見目の子が賭けてきた、賭けてくると金美に抱きつき、俺たちを警戒している。
金美は「大丈夫だよ」と告げると、やっとその子の警戒が解ける。
狼子は物珍しいものでも見る目つきで楽しげに爛々としていた。
「双子か!」
「そうよ、こっちの子は七女の銀美といって声がでないの。生まれつきね」
「へえ? じゃあ珊瑚サンも声を聞いたことない?」
「ええ。それにしても庶民にしてはお兄さんイケメンね、ちょっとあたしと遊んでみる?」
「天下の西園寺家に恐れ多い、遠慮します……」
「あらうぶなところも可愛い♡ ねえ、おにーさんなまえはあ?」
「あかおです……」
「あかおさあん、あたし貴方のこと気に入っちゃった。ふふ、しばらく退屈しなさそうね」
捕食者たる眼差しに一気に危機感を煽り立てられる。
女性特有のこういう女豹感に俺は弱くて、いつもこういった女性を目にすると緊張して身が動けなくなる。
狼子に救いを求めるように手を引くと、狼子がしょうがないなと笑った。
「珊瑚サン、すまない、ちょっと移動するよ。他の君の姉妹にも聞かないとね!」
「ああ、だったら温室にいってみると良いわ。あそこテラスにもなってるから、休んでるかもしれない」
「ありがとう! ほら行くよあかお!」
「あかおさんまたね♡」
「あ、ああ」
ぎくしゃくとした所作で頭を下げ、温室に向かう。
先の方にだいぶ大きなガラス作りの温室が見えるから、距離はそこまで遠くはない。
確かに立派な植物園に近しい温室はサロンにもなりそうで、社交場によさそうではあった。
狼子は俺の手を引きながら大笑いだ。
「君ってやつは、女性にめっぽうよわいんだな! そのくせ私には強く言う」
「何でだろうなあ……」
「そりゃ決まってる、実際のところ心の奥底では女性と認められてないんだ」
「そのつもりは、ない。お前も軽いし、肉質も柔いし、良い匂いもする」
「おい、変態くさいぞそれ!」
「しょうがないだろ、俺は鬼なんだから。人間の雄と雌の区別なんてそれくらいだ」
「本当にそれだけの問題かなあ?」
狼子のからかいをそのままにやっと珊瑚の品定めするような視線から逃れると、ふっと元気が湧いてくる。
金美と銀美はまるでお人形みたいで可愛かったな。並んでいると本当に愛らしかった。
温室につくと、中の温度は珍しく術で温度が保たれている。術士がいるとしたら瑠璃子だから、瑠璃子の世話でなんとかなってるのだろうか。
テラスにショートカットの猫目っぽい美少女がいた。
髪の毛はピンク色。狼子の妹朱鷺子と同じ色だ。それくらいの霊力を秘めているという事実を植えられた。
「何よ、そんなにじろじろ見て。この髪がそんなに珍しい?」
「ううん、妹と同じ色だから。妹を思い出しただけだよ」
「妹さんと?」
敵意が一気に好意に変化する瞬間だな。狼子は素直に自分の家族の写真を見せると、朱鷺子の髪色と本当にそっくりで。
一気に敵意は好奇心へと変わっていく。
「同じ色のひとはじめて! え、今度会わせて! お願いよ!」
「いいぞいいぞ、君はええと? 私は御手洗狼子だ」
「あたしは三女の西園寺 瑪瑙。おねーさん、探偵?」
「そうだぞう、事件解決にきたんだ」
「そっか……そこまできたんだね、この家も。探偵さんに頼りたいほど、困ってるんだね」
「困ってないように瑪瑙サンからは見えるのか?」
「ううん。あの親父が、困ってるなら。ざまあみろってだけ」
「お父さん嫌いなの?」
「大嫌い。あたしねえ、この家だいっきらいなの」
何かありそうな瑪瑙の言い方に狼子は、心をじーんと昂ぶらせている。
いいぞ事件だこれが事件だ事件の香りたる証だ、と最高のご馳走でも食べてる顔をしている。
人の思い入れに対してその顔はやめたほうがいいとおもうんだけれどな。
「姉妹全員にはあった?」
「いや、まだ、五女と四女がまだだね」
「ああ、その二人は滅多に会えないから。無理に会わないほうがいいよ」
「二人の名前だけでも教えてくれないかな」
「五女は琥珀、四女は玻璃」
「なるほど、有難う。それにしても大家族だね! 七人もいるなんて!」
「七人、いないといけなかったのよ。必要だったの、七人いなければあたしもみんなも用なし。七人いて成立するのよ」
「そりゃまた謎解きみたいなこと言うねえ」
「探偵さん、あのね。これは忠告だけど、好奇心だけで動かないことをお勧めするわ。好奇心ネコを殺すっていうでしょ」
「殺されかねないと? 私がかね?」
「そうならないことを、祈るわ。一人になりたいの、帰ってちょうだい。もう用はないでしょ? あたし、人間って大嫌いなの」
瑪瑙は手を追い返すようにひらひらふればとりつく島もない。
俺と狼子はこれで一回部屋に戻ろうと、執事の待つ応接室にまで向かった。
執事の案内で部屋は一部屋ずつ用意され、狼子は荷物を置くと早速俺の部屋に遊びに来る。
狼子との部屋の距離が女子と男性だからか、少し遠くにある。
西館と東館くらいの距離だ。
「どうだね、君から見たこの家は」
「七人でなければならなかった、ってどういう意味だ?」
「願掛けじゃないかな、これは私は心当たりある。あとは昼にはいない琥珀サンと玻璃サン」
「全員が悪魔憑きで、何人かが虚言か、嘘つき当てゲームみたいになってきたな……」
「君はとりあえず肩入れしないようにな? 君ってやつは女性に優しい弱いとみえる」
「俺はお前のなかでどれだけ骨のない男なんだ! 言われなくったって分かってる!」
「さて、私はお風呂でも頂こう。温泉引いてるんだって、楽しみだよ。秘湯だぞお。何でもあるなあこの家」
「おう、じゃああとは夕飯まで自由時間で」
「調査はとりあえず今晩張り込んでからだな、それじゃまたな」
狼子はお風呂お風呂ーとご機嫌に去って行く。
俺は少し疲れたからベッドで横になる。
ふわふわの寝心地は体がかゆくなりそうだ。




