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第五話 探偵事務所を君に捧ぐ

「鴛鴦様」


 

 夜間、屋敷にて書物を読みふけっていれば、側に大鴉が飛んでやってくる。

 

 大鴉はそばの行灯に載ると、羽を休め、俺に撫でられるのを期待している様子だった。

 

 撫でてやると翼がばさばさ広がり、黒羽が何枚か落ちた。

 

 じじ、と行灯の明かりが揺れ、影絵として襖に鴉がでかく写る。



「どうですか、あの娘は」


「人間はよくわからないな。寧音でだいぶ掴めたと思っていたのに、あれとはタイプが違う」


「そうですね、寧音様は嫋やかで美しい百合とすれば。あの娘は頑丈で根強いタンポポでしょうか」


「雑草のような女とは、逞しいな」


「逞しくなければなりません。寧音様のような結果にならないために、逞しい子を選んだのですから」


「逞しすぎて興味を引く餌が尽きてしまいそうだ。お前、ここらへんで困ってる奴をしらんか。人間界で事件になりそうな話が必要なんだ、最後の花嫁さまには」


「そうですね、でしたら。いっそ私が人に化けて、人間界で事件を集めてみましょうか。探偵でもやれば、簡単ですよ」


「お前が探偵か。解決するのは、狼子に任せるのか」


 書物から顔をあげ、大鴉に顔をやれば、ばさばさと羽を広げ身振り手振りで大演説だ。

 

 興味を引いた。人間界に俺が直接関わるとよくないから、大鴉が関わるのならばまだフォローできる手はある。

 

 狼子も事件には目がない様子だし、怪異が関わるのであればなんとか危険も俺で制止できる。

 


「そうです、怪異に関する探偵でもすれば花嫁も満足で、いざとなれば御屋形様が睨めば怪異は黙って大人しくなり事件は解決できるでしょう。


 何せあなた様は鬼神様、全ての鬼に君臨致す存在。言うことを聞かないなら、少しばかりお仕置きなさい」


「なるほど、資金は用意してやる、開いて事件を持ってこい」


「畏まりました、鴛鴦さま。しかし、あれですな。次の花嫁様には、お世継ぎさまくらいは期待してもいいのですかね」


「……油次第だが、俺とあいつの子だって? げんなりするな」


 読みかけの書物を閉じ、巻物を巻いて片付ければ、大鴉はげたげたと笑い。そのまま影絵ごと闇に溶けて消えた。

 

 行灯の火を消し、未来を想像しながら眠りにつく努力をしてみる。

 

 今夜は月明かりの薄い夜だ、三日月が空に浮かんでいる。

 

 月明かりの薄さに目が慣れてきた、手のひらをかざして、手元に集中し灯火を指に。

 

 これは、寧音の残り火。まだ少しだけ寧音の油が残っている。


「寧音、お前との子であれば、どのような子だったのだろうな」


 今はもういない亡き妻を思えば、鼻がつんとした。

 

 行灯の煤けた火の香りが、ふわりと香る。

 

 *

 

 

 あれから大鴉は「武者小路 薫むしゃのこうじかおる」と名乗り、黒い長髪の男性に変化した。

 

 薫は探偵を名乗り、店を開業しあっという間に事件を収集した。

 

 その中でいくつか狼子の興味を持ちそうな事件を、薫は差し出した。


「悪魔憑き少女、このあたりどうでしょう。財閥のお嬢様の事件なので、話題性は御座いますよ」


「そうだな、そろそろくる時間だろう、本人に見せよう」


 

 喫茶店にて電気ブランを薫は煽り、俺は珈琲を飲んでみる。

 

 どうにも苦い汁だが、この苦さが癖になる。

 

 喫茶店のうえいとれす達は俺と薫を見つめては呆けている。何をそんなに見られるのだろう。変な出で立ちだろうかと薫に視線を向ければ、薫はうえいとれすに手をひらひらとふって、きゃーと騒がれている。

 

 薫の人なつこさが好かれているだけだろうか。

 

 うえいとれす達は身なりが洋風で、恥ずかしそうに給仕してくれる。


 からんからんとドアベルが響く、狼子が大股でやってきて、俺の隣にどかっと座った。相変わらず雑な女だ。

 

 目元にはクマができ、顔はすこしむくんでいて青い顔色だ。

 

 不健康そのものの表情。今限定で、不健康ですと顔へ浮かべていた。



「呼び出しとは何だね、私はもう徹夜したばかりなんだからただの用事じゃ許さないぞ」


「指輪はまだつけてるな、よしよし」


「そ、そりゃもらい物だからつけないと可哀想だろう! ……まさかそれだけのために?」


 一瞬顔を赤らめた愛らしさはすぐに引っ込んで、不機嫌な顔つきになるので、えん罪だと首を振る。

 

 薫がけたけた笑って、片手を差し出したので薫の紹介をする。俺の付き人だという話は伏せておきながら。

 


「違う。こっちは武者小路 薫といって、探偵さんだ。怪異専門の。事件を用意してくれたんだ」


「初めまして」


「おお……! 事件かッ、何の事件だ!」


「西園寺家のご令嬢をご存じですか」


「何ッ!? 西園寺家のことは探っても、誰も漏らさなかったのに! トップシークレットじゃないか! 西園寺家といったら公爵家の、大旦那様が財務省という」


「そうです、事件を解決した後でしたら記事にしていいお墨付きですよ。どうです、挑んでみませんか」


「? 探偵であるなら君が解決するのではないのかね」


「僕は貴方に事件を用意するためだけの存在です。事件をあげるので解決してください」


「仕事しろ! 武者小路、仕事しろ!」


「それが僕の仕事なんですよ、大変でしたよ、貴方の興味を引く事件を持ってくるの」


「そ、そうなのか。それならば仕方ないな……鴛鴦、取材だ、取材に行こう!」


「餡蜜食ってからな」


「はっ! 私は水まんじゅうをくれ!」


 ばんばんと机を叩きかねない勢いの狼子にどうどうと宥めながら、うえいとれすに注文する。

 

 うえいとれす達は狼子の存在に殺気立っていた。……いったいどうしたのだろう?

 

 薫を見やれば、薫は微苦笑しこそっと教えてくれた。


「もてますね、鴛鴦さま」


 

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