第四話 鬼の夜市でえと
「それで。君のことだから、ほんとに逢い引きってえわけでもないだろ」
「それはお前次第だ。鬼の夜市に連れて行こうと思ってな。好きなものがあれば与えてやる」
「それは……もしかしたら、霊具があるかもしれないのに?」
鬼が作る工芸品の中には、不可思議な力を持つ道具もある。
人間では決してできない出来事を出来る道具を、霊具と人間界では呼んでいる。
持つ者によっては過度な幸福や不幸が訪れる。どのみち奇っ怪な出来事は起こるだろう。
普通の人間ならそんな話し、裸足で逃げ出すだろうが、狼子ときたら目をキラキラとさせている。
肝っ玉のでかい女だ。不思議さの匂いを嗅ぎつけ、童女のようにわくわくしている。
連れてきた甲斐があるから、少しだけ口元が緩む。手間をかけて喜ばれるのは嬉しいものだ。ふふん、と誇らしい。
「鬼の夜市か、中々気が利く逢い引きだ。なるほど、それならサービスで君の好きな赤い着物にしてやってもよかったなあ」
「それが一番俺の嫁だと分かりやすいからな。あそこではお前は喉の鳴るほどいい餌だ、これをつけろ。俺から離れるなよ」
馬車の中で、狼子に数珠を手首につけてやり、妖力を込めれば数珠はしっかりと狼子から落ちる様子もない。
狼子はおおーっと感嘆すれば数珠を馬車の明かりに透かして霊力を探る。
狼子の眼差しは好奇心に満ちている。
「私はね、結婚するつもりなかったんだ」
「だろうな」
「朱鷺子のがお前に憧れている。だから朱鷺子にこの縁談は譲ってやろうとおもったんだがな」
「今更困るぞ。俺にはどうしても、お前からの霊力が必要で。油が必須なんだ」
「まあ君にも君の事情ってやつがあるのかな。分かったよ、君は存外いいやつだ。退屈しないでいられるしな。考えといてやろう」
狼子は偉そうにふんぞり返る。その頃合いに馬車ががたっと揺れたので腰を抱いて支える。
ああそろそろ異界へ入る道に着いた頃合いか。外の景色は風景が真っ黒へと変化している。
狼子の霊力を抑えるために、他の奴からは俺のマーキング入りの数珠をつけさせた。これでなんとか他の鬼どもと対等に見られるだろう。
鬼の香りがすれば鬼は安心する。縁故からなりたつ夜市だからな。
「見ろ、黄金の川だ、金魚たちが泳いでる。馬車が金魚に見える術を施されているんだ」
「綺麗だな! 幻想的な景色だ、これはお得だな」
金色のウネリが横へらせん状に絡まり合って、巨大なデメキンたちがそこから夜店まで泳いでいる。
他のやつからも俺等はきっと金魚に見えている。そういう仕組みだ、夜店の集いにつくまでは俺等は金魚に周りに見える。
狼子は窓辺にべったり張り付いて、うっとりと眺めている。
色気のない奴だけれど、その顔は少し色香を感じたのは気のせいだろうか。
*
夜市につけば、俺は狼子の手をつなぎ、狼子の気になる店へと寄っていく。屋台の連なり自体は人間世界の出店とかわらない。
客層や売ってる商品だけが違う。
狼子の気になる店は、「美を醜さへ変える鏡」や「一個だけ絶対に忘れない記憶珠」や、「いつ撮っても若さを記録するカメラ」などを売ってる店だった。
「恋心を餌に完治する火傷薬」まである。
どれもすごいすごいと目を輝かせ、夜店をからかい、鬼たちに怯えない。
狼子は「一番人生で美味しかったものの味に変わる綿飴」の屋台を覗くと、俺の手を引いた。
「私はあれがいい」
「消え物だがいいのか」
「また来年もくるんだ! 一回きりで終わりは勿体ないだろう、自分を焦らすんだ。そして商品を覚えて、来年の参考にするさ」
狼子の台詞になるほど、と思案して綿飴を二つ頼んで、俺と狼子の分を貰う。
来年か。来年もいてくれる、つもりなのか。
(どれくらい、お前は、そばにいられるのだろうな。お前の油は、どれくらいもつのだろうか)
思案しているとぼうっとしてしまう。頭をふり、狼子に手渡した。
狼子はきらきらとした眼差しであらゆる角度から眺め。七色の綿飴の匂いを嗅ぐ。匂いだけで味は予想できない。
いったい何の味になるのだろうとわくわくしながら食べれば、悲しませた。
「……みずまんじゅう味。……それは確かに好きでおいしいけどさ。変わった味になってくれるかと……」
「これから美味しいものが更新されるかもしれないだろう」
「君は何の味に感じた?」
「焼き鳥」
「それはそれで……つらいな。甘味がいい、甘味が」
「人間界ではでえととやらをすれば、ツレになるんだろう? お前好みのでえとだと思ったがどうだ」
「そうだね、ただ前提条件が違うよ鴛鴦様。でえととは、互いに恋愛感情を持つモノする行為だ」
「恋愛感情などあとからついてこさせればいいだろう」
「君は論理的すぎて乙女に嫌われるタイプだね! ロマンティックな自分が一世一代主役となる場面を、望むもんなんだよ」
「お前もそうなのか」
「私は喜劇がいいな。笑って終わる、タイプの恋がいい」
俺の話に狼子はきゃらきゃらと子供じみた眩しい笑みを見せる。
どこか幼さの残る笑みだなと感じるが、恋心に関しては確かに狼子に高鳴るものはない。
恋には期限があるという。だいたいが三ヶ月から二年だ。
たったそれだけの一瞬のものに拘る理由が分からない。そんなものに狂おしいほど人生を賭ける奴の気が知れない。
九十九の花嫁はいなくなった、百も尽きれば、また百一の花嫁を探せば良いだけだ。
自在に形が変わる面を買って被ると、面は猿面となる。
狼子にも与えれば、狐面に。これで表情は分からないが、笑っている気がする。
「そもそも順序が間違っているんだ。好きだ惚れたのまえに。私に事件を持ってこい」
「……事件を貢げという意味か」
「おっとただし君が犯人でないものだよ。旦那が事件の黒幕ですなんて、私は嫌だぞ」
「たいした記者根性だ」
「君をつまらないと思ったら速攻朱鷺子にくれてやる。両親もそのほうが大喜びだし、ハッピーエンドだ」
「俺の事情だけはハッピーエンドにならないけどな。朱鷺子では霊力が足りないから、油にならないんだ」
「だからその油とはなんなのだ」
「いずれ、分かる。そうだな、お前に分かりやすいものが売っている、これを媒体に理解しろ」
俺は夜市で売っている金メッキに赤いガラス玉の指輪を買うと、狼子につけてやる。
この指輪はちょうどよい加護も入っているので、邪魔しない程度には力になってくれるだろう。
「狼子、この指輪を肌身離さないほうがいい。お前を守るすべだ」
「ふむ、私の身を守るような事件を、くれるんだね?」
「ああいえばこういう。少しもかわいげがない」
「私にあってたまるか! そんなのはお腹に置いてきて朱鷺子が全部受け継いでるよ!」
狼子が大きく笑ったところで、花火が打ち上がる。
そろそろ祭りの終わりか。
花火を見終わったところで狼子と帰ろうと思案していれば、狼子はこんなに華やかな花火ではなく。
別方向をしっかりながめている。
先の方角には「魂を二つ宿す鈴」が売っている。
「どうした」
「いや、あれはもしかすれば……。気のせいか? でもあの家紋は……」
「? なにかあったか。あの方角は、魂の所持を増やせる道具を売ってる屋台が目玉だな、興味あるのか」
「魂の所持?」
「ああ、人は一つずつ魂を持っているが、体にもう一つ魂を宿らせて働くときはその魂に任せ。自由時間のときだけ本体の魂だけ、っていう使用目的だ。
日頃仕事をさぼりたい鬼がそういう霊具を作ったらしい」
「そうか……気のせいにしてやろう。なんでもないよ」
何も打ち明けるつもりもない狼子の言葉に腹が立った俺は、狼子の両頬を引っ張ってやった。




