第三話 彼女の妹は
婚約と決めれば、話はスムーズにいくわけでもなかった。
御手洗家は大反対で。狼子の膨大な霊力にあの日気づいた良家たちが狼子に婚約を申し込んでいるらしい。
それだけではなく、それまで霊力を高いと自負していた妹君に気遣ってやってくれと。
狼子よりもと妹君との婚姻をやたらと勧めてくる。無理だと言っているのに、彼女には霊力が足りないのだから。
狼子の婚約者はもはや競り状態で、どの家が一番条件を良くして迎え入れるかと、御手洗家はしたたかに考えている。
もちろんうちの結納金や地位には勝てる同胞などいないが、それでも。
よりよい条件を求めるために待ったをかけられている状態だ。
狼子はそれでも家族の制止を振り切って記者活動をしているのだから、そこは好ましいと思う。
本当にこの時代にしては自立した女性だなとおもう。一人で生きて行けそうで逆に不安になる。
俺の助けがないと生きられないくらいのほうが、まだ可愛らしいと感じてしまう俺もなかなかだな。
ただそういう気質の妹君よりも自立した狼子を好ましく思うには、彼女に感化されつつあるのかもしれない。
御手洗家は俺がくると、使用人勢揃いで出迎え。奥の方にご家族と、妹君がおられた。
妹君は目を潤ませ、時折咳き込んでいた。体が弱いらしい。
狼子とは違って髪色はピンク色。赤い色になるほどはっきりした霊力を持たずに生まれてきたのだろう。
狼子が異常なだけだ。この国の人間は通常黒髪か栗色で生まれてくる。異常な霊力を持てば、何かしら色を持つ。
ピンクとはいえ、妹君も霊力は高いことには違いないかもしれない。
俺の求める条件が高すぎるのだろう。
「鴛鴦様、ご足労おかけします」
「気にしなくていい、ああ、土産をどうぞ。お二人には此方、妹君には簪を」
両親には高い流行の南蛮菓子を授け、妹君には豪華な作りの簪を与えた。
狼子に簪を本来あげようと思ったのだが、あの少年っぽい髪型には簪で纏められないだろう。髪の毛が短すぎて落ちてしまう。
何よりそんなものをあげれば、あの女は途端に俺への興味を失うだろう。
あの女を普通の女と同じに扱えば、手痛い目にあいそうな予感がする。
妹君は顔を華やかに赤らめ、両手で大事そうに受け取った。
「まあ。あのね、鴛鴦様、あたくしのことは朱鷺子と呼んでくださって」
「そうか、分かった。それで狼子はどこにいる? 逢い引きへ誘いに来たのだが」
「お姉様なら寝てますよ。昨晩、記事を書くのに徹夜だったのですって。巫女の力が復活なさったのなら、もっとお家のために頑張ってくださってもいいのに」
朱鷺子はふうと呆れた様子でこめかみを押さえ、貰った簪を俺に手渡す。
気に入らないのかと思えばそういう理由ではないらしい。少しだけはにかんだ笑みで見上げる。
可憐な笑みは女性特有の儚さを匂わせるが、いまいち俺はこの女が苦手だ。
時々蛇のような陰湿なじめっとした視線を感じる気がして。
「つけてくださる? 自分でつけるの苦手なの」
「いいぞ、後ろ向け。狼子はそれなら寝てるんだな。この家にいるんだな、あがってもいいか」
「アッ……独身の女性の寝所に入るのはちょっと……鴛鴦様といえども……」
「ああ、その菓子の中身。間違えていないか確認してくれないかな」
朱鷺子に簪をつけてやれば朱鷺子は嬉しそうに新しい簪を自慢げに、くるくるとまわり。
両親方は菓子の中に金子が入っていると気づけば、俺を寝所に案内してくれた。朱鷺子はそれすら気づかないで、不思議そうに慌てる。
俺が向かう前より先に走っていき、襖の前で朱鷺子は名を呼んでいた。狼子の反応はない。
俺は朱鷺子を退けて、すぱんっと襖を開ける。
狼子は甚平の形をした寝間着姿で、腹をかきながら寝相悪く寝ていた。腹が出ている風邪をひきやしないか。
両親はこの姿を想像していたから引き留めたのだろうけど、金には勝てまい。
「おい、狼子。狼子」
「あああ……それは私の水まんじゅうだ、かえしたまえ……むにゃ」
「水まんじゅうがそんなに食べたいなら連れて行ってやるから、起きろ」
「痛い! あえ、なんだね、……だれ……ああ、えんおうさまか」
げんこつしてやれば狼子は流石に起きる。
使用人たちが呆れながら狼子の支度を手伝う様子なので、背を向けてそのまま話を続ける。
使用人達に慣れている狼子はやっぱりお嬢様の仲間ではあるのだなと実感しながら、衣擦れの音が時々聞こえるので咳払い。
使用人達はできるだけ音を立てないように狼子の世話を焼く。
「なんだね、鴛鴦様。何か用事か。乙女の寝所に勝手に入るなんて無礼だな!」
「お前を淑女扱いは気が引ける。少年君」
「へえじゃあ君は少年愛好家なのか、ははあだからあんなにお色気ある朱鷺子に見向きもしないんだな?」
「お、お姉様!」
「何だね、朱鷺子もあんなに鴛鴦様鴛鴦様と小さな頃から話していたじゃないか。君の方が嫁にふさわしい」
「そうもいかない。朱鷺子には、油はないからな」
「女子に油があるとはどういう意味だ!? 脂肪のことか! どうせ朱鷺子よりふくよかですよ!」
「スレンダーなほうだろう、お前も。そうじゃない」
ああ、誤解があるとこめかみをおさえて、俺は手のひらに炎をかざした。
金色の炎はゆらゆらと揺れ、一瞬で消えた。
その仕掛けに姉妹そろって両手を叩いた。
「わけあってとある蝋燭の火を点し続けなければいけない。それには嫁の霊力の相性が必要なんだ」
「それを油と言ってると? もうちょっとセンスのある名付けをしてくれたまえ」
「他にも理由はあるが、まあ考慮する。さて、着替え終えたか? 俺は赤い服を好むぞ、着物を着るなら赤い服にしてくれ」
「残念、青い着物だ」
しょうがないなと振り返れば、狼子は真っ青な記事に白い梅花とウグイスの描かれた着物姿になり。
せめてものの飾り代わりに、ぎりぎり留められる梅の髪留めをつけている。
梅を全てにあしらえているのは使用人の気配りなのだろう、鴛鴦という梅があり、俺の家紋だ。
白いのは気に入らないが、及第点だ。
「それで私をどこに連れて行く?」
「逢い引きだと言っただろう、明日か夜には送る」
「君も物好きだなあ、私の何がいいんだか」
「お前と言うより、お前の霊力に用事があるんだよ」
「罪作りだな、まったく。いってくるよ朱鷺子、それじゃあね」
「ええ、お気を付けてね、……鴛鴦さま、あの」
「なんだ?」
「……いえ、何でもないです。お気を付けて」
目を潤ませた朱鷺子が改めてにこりと微笑み直せば、気にせず狼子を連れて馬車に乗せる。
馬車の後ろからは、朱鷺子がずっと此方を馬車が見えなくなるまで見ている気配がしていた。




