第二話 契約結婚の約束
衝撃的な出会いをそのままにしておくわけにはいかず、俺は新聞会社の中へ伺う。
土産には黄金色の菓子も仕掛けている。大抵のことはこれで黙るはずだ。使いの者が不便なきように、と用意してくれた。
一階には受付のやる気のない乱れた着物姿である女がアポを取り付けてくれる。
受付で名前を書けば、途端に女の態度が変わる。ぴしっとした背筋に、甘ったるい声。
「案内しますう」
「いや、いいよ、結構だ」
女の誘いを断り、二階へ行けば先ほどのひげ面と狼子が殴り合いをしている。
本当に子供みたいに取っ組み合って、お互いにほっぺを引っ張り合っていた。
これが大人の見せていい姿だろうか、と。女性相手にこの態度も少し引くが、よく言えば対等扱いだ。だからこそ狼子は文句を言わないのだろう態度自体には。
俺の姿へ先に気づいたひげ面が姿勢を正す、俺の正体を流石といおうか。知ってるらしい。放り出された狼子は拳を素振りし、ひげ面を睨んでいる。
「どうされました、記事の依頼ですか」
「御手洗狼子に用がある」
「えっ、さっきの兄さん、何だねどうしたね」
「俺は、鳳凰院 鴛鴦。この国の守護者である」
「えっ、嘘だあ、爺って聞いたぞ鴛鴦様は」
「これが証拠にならないか」
べれえ帽を外せば、一本角。金色の角で一本は霊力の高い証で。
自慢だが位は上から一番目となる。
ひげ面はやっぱりかという表情で青くなり、狼子の頭を押さえつけ下げさせる。
狼子は痛い! と騒ぎたて、身じろぎしている。頬をハムスターの頬袋より膨らませて拗ねている。
「この馬鹿が何かしでかしましたか!!」
「その娘と縁談を結びたいのだが、誰も取り次いでくれんのだ」
「そりゃあそうだ、私だもの。いてててて、痛いって、課長痛いって!!」
「この馬鹿がどうして!? この馬鹿の妹君のほうがよっぽど……!」
「事情がある。それで、お前。縁談の仲人になってくれないか、名をなんという」
「指原恵です!」
「わかった、指原くん、これは手土産だがこれを受け取ってくれ。この土産はお前だけの者にするか、この事務所で貰うかは任せる。これでどうか、まずは彼女と話す時間をつくってもいいだろうか」
手土産を手渡し、中を確認した指原は大喜びで狼子を差し出した。
狼子は不満面で唇を尖らせている。
頭を抑えて、ベレー帽を取ると、指先に引っかけてベレー帽をくるくるまわしている。
「あー、ひどいんだ、ひどいんだ、課長、権力に負けてる。記者なら権力に負けないもんでしょう?」
「いいからいってこい! どうぞ、隣の応接間をご利用クダサイ。誰もいれさせませんので!」
誰もというのは他に社員もいなさそうなので、この場には邪魔をするとしたら指原しかいない。
俺は狼子の首根っこを掴んで、応接間を借りた。
応接間には真っ赤なベルベッド生地のソファがあって、少しだけほこり臭かった。
お茶を用意してくれるあたりは、少しは狼子に優しさは期待できそうで、俺は茶を受け取り啜る。
「さて時間が出来た、たっぷり話そうか、狼子くん」
「結婚の申し込みといえば心当たりは霊力くらいだが……私に巫女の力など期待するなよ? 私はだな、巫女の力を、失ったんだ」
「失った?」
「そうだそうだ、もうかけらも残っていない。だから家族も職を許してくれたよ、もう自力で生きていかないといけないからね」
「何故失ったんだ」
「……昔、化け物を助けたんだ。あやかし、だったとおもう。そしたら、全部吸われた」
狼子の言葉は嘘は言っていない。言いづらそうに告げてるからか、それが非常に気になった。
確かに霊力はどこか引っかかるものがある。
微量にしか感じないのは確かだが、何かが不自然に感じる。
狼子にはカリスマ性をどこか感じる。瞳の中は何せ宇宙を見ているかのような深さだったし。そういったものを持つ者は、霊力を高く維持してる者が多い。
「失礼」
俺は狼子の隣へ座り、顎を捉えあらゆる角度からまじまじと見つめてみる。
狼子はビックリした様子で、わーわー騒いでるので無視する。
無視して顎を片手で捉えたまま左右上下動かし、観察してみると気づいた物があった。
(ああ、これは)
一つ、狼子の霊力を塞いでいる道を見つけたので、そこへ向かって吸い付く。
首根の鎖骨近く、シャツを寛がせボタンを外す。
狼子は突然の所作にぎょっとして、大慌てで暴れだす、痛い痛い、蹴るな殴るな。
暴れないように手を掴みあげて一纏めにする。やましいものなんてなにもない。
「鴛鴦様!!?!! すけべだ、すけべだ、鴛鴦さまのえっち!!!!」
「五月蠅いだまれ、お前みたいなのに誰が発情するか」
「でも嫁入りさせたいんだろう!?」
「事情があるんだ」
きつく吸い上げ、柔く歯形を牙で立てれば、ふつ、と皮膚と一緒に霊力を封じていた栓が破れ、歯形の下に梅の印が現れ膨大な霊力が溢れる。
梅の印は俺の家紋に似ているが、別の場所にてどこかで見覚えあるような……どこかの鬼の家紋か?
梅を背負う鬼は、高貴の身分で。
そもそもが妖怪や悪魔や幽霊などはこの国を襲うし、鬼も襲うこともあるが。善心とされた鬼神だけは祭り上げられ、この国を守っている。
上位たる鬼神の数少ない存在が梅を背負うのだ。
鬼が封じていたのか? と思案しまじまじ見つめていれば、狼子は突き飛ばしてきた。それで体が一回離れる。
狼子の体から一本柱のように黄金色が強く突き出る。これは建物すらも突き抜けてるから、他の妖怪にもこれだけ霊力の高い者がいると伝わるだろうな。
「な、何だねこれは!?」
「お前の霊力だ。他の者がお前を見つけないように、その化け物がお前の霊力を封じていたらしい」
「どうして……」
「さてな。さあ、これで霊力に関しては問題ないだろう? その光る体もそのうち落ち着いて霊力も体に馴染む」
「……うーん、君は頭悪いね? 断ってるんだよ、霊力と職を言い訳に! 縁談を断っている!」
「どの女でも俺に嫁ぎたがると聞いたが、不思議な女だな。どうしてだ、どうしてそんなに俺を拒否する。生半可な言葉じゃ納得しないぞ」
唇を肌から離して、それでも間近から退かずに瞳を覗き込めば、一気に狼子は顔を真っ赤にする。
あたふたとしながら、泣きそうになって、俺を押しのけようとした。
しまいには足で蹴りながら身を離す。
「事件が私を呼んでいるんだ!」
「事件」
「そうだ、事件だ! 記者は天職なんだよ! やめさせるだろ、そんな恐れ多い一族に嫁入りでもしたらさ!」
「……なるほど」
それなら、と。がっと暴れる狼子の両手をソファに押さえつけ、押し倒して、力で制する。
狼子の目が涙で一杯になるさまは、少しだけ愛らしい。
か弱い人間だ。寧音よりは強そうなのに、人間はいつも弱々しい生き物なのだ。
見下ろして、狼子のか弱さを侮る。
狼子は見上げて俺を睨み付ける、その瞳が少しばかり気に入った。
今まで、俺に捧げられてきた九十九の花嫁とは違う気質に、少しだけ希望を持ったんだ。
だからこそ、変な提案を口が滑った。興が乗ったのだ。
「それなら、事件の提供をしてやろう。あやかしの世界の事件でよければな」
「えっ、まさか鴛鴦さまが何かの犯人だとかオチはやめてくれよ!?」
「そうじゃない。お前に、あやかし関連の事件の取材をさせてやるといってるんだ。お前だけだぞ? そんなものの真相を知れるのは」
「……な、何だね、わくわくさせるな! 権力には屈しないぞ!!」
「あとはそうだな、退屈はさせないと誓う。俺の周りは事件だらけなんだ。どいつもこいつも、俺の首を狙うからな、同族は」
「……本当かい? 女子学生の読んでるようなロマンス小説みたいな目にはあわない?」
「お前次第だ。お前が俺を惚れさせればそのようなことも起きるだろう、だがそんなこと色気のないお前にはできまい。
此方は、お前の炎と霊力だけが望みだ。簡単な取引だろう」
「……何か隠し事がありそうだな、いいな、気に入った。秘密のない男は嫌いだよ、そうだな、それなら。
私の旦那様になるなら約束してくれ」
狼子はやっと涙目をやめて、にやっと妖しく嗤って、抱きつき首に腕を回してウィンクした。
俺たちは不思議だな、こんな体勢で誰もがそれこそ女子学生の憧れるロマンス小説みたいな構図で、互いに夢のない口説きをしている。
それでも、俺にはそんなお前の方が、まだ惹かれる可能性があった。
「色恋じゃないドキドキをくれたまえ」
それには応えられそうだな、と俺は頷き、やっと退いた。




