第一話 百人目の花嫁
灯火が消えないように、か細いろうそくに手を寄せた。
祭壇の前、明かりに照らされるのは赤髪の青年。
赤髪の青年は、慟哭しながらたった一人の少女の体にしがみつく。
残りろうそく一本分の寿命が、終わろうとしていた。
少女の体は砂金のようにさらさらと天へと溶けていく。
「そう悲しい顔をしないで。大丈夫、貴方には次の花嫁がきっと見つかる、きっとこの国を守ってくれる」
「駄目だ、お前じゃなきゃ、駄目なんだ!! 国ももうどうでもいい、お前がいれば……」
「だめよ、守護神さま。次の奥様とはきっとうまくいくわ」
「まるで、もうお前がいないような……」
「そうよ、天から見守ってる。いいじゃない、もう誰も貴方の嫌いな人参を無理矢理食べさせる人はいなくなるわ。だから受け取って、私の最後の寿命」
「嫌だ、寧音、寧音!!! お前が生きるなら人参なんて一生分食べたっていい!」
「駄目よ、死んでも、食べて。ずっとずっと貴方を守っている、貴方に繋がるもの全部……」
青年が頭を振ろうとした瞬間、少女はガラス細工のように光の破片となり散った。
青年の目が見開かれ、光粒子が流れていく。飛んでいた鴉の内の一匹が青年の肩に止まる。
青年は茫然とし、辺りに散らばる光の破片を纏めるように拾い上げ、さらさらと手の中から零れる破片を抱きしめた。
涙は出ない。不思議と悲しいのに涙はこれ以上は出なかった。
それ自体が寧音との終わりを意味する。
枯れた青年の声が小さく呟いた。
「これで、九十九人目だ。俺の死んだ花嫁は」
「そうですねえ、お次はもっと頑丈な子に致しましょう。この二十年でうんと気巡りのよい娘が発育しました」
「……二十年。は、ははは、千年超えた年の爺が、二十歳の子を不老の嫁になんて」
「見た目はあなた様と変わらない、美男美女の夫婦となりますよ。大丈夫、大丈夫です。きっと次が最後の花嫁です。
陽の年、陽の月、陽の日、陽の刻生まれです。重ね陽生まれ、強そうでしょう? ね、きっと大丈夫です、長様」
「……名は、なんという」
「次の花嫁は、御手洗 狼子。この国では珍しい赤毛です」
「……そうか。何度、愛しても失うのに。結婚を繰り返さねばならないなんて、悲痛だな」
「大丈夫、次が最後です。百人目の、最後の花嫁です」
鴉はばさばさと翼を広げると、青年の腕を咥えて、立たせようとする。
青年は立ち上がる。
明かりに金色の目と金色の角がきらりと光り、赤毛が靡いた。
*
赤毛がガス灯に照らされる。久しぶりに外へ出る。相変わらず、和洋折衷の目立つ割りに、人々は和装でしかない街だ。
洋装は地位が高い者か、制服でしか着られない状況の時代だ。
乗り物は馬車か人力車くらいしかない。それか馬か。所々流行りたてのガス灯がみえる。
あやかしは畏れられても、鬼は尊ばれるという不思議な街だった。
今までは塒に籠もって、前の花嫁の葬儀を行い、禊ぎをしていたので新鮮に感じる。
庶民にまで鬼だとばれたら人だかりがすごくなるので、最近南蛮から輸入したというべれえ帽を目深に被る。
それでも大きな背丈と、この赤毛が目立つのでどうしたものかと唸る。
馬車は気分ではなかったから徒歩で、我が花嫁たる候補の日常を見に来たが、馬車の方がまだ人目は避けられたかもな。
あちこちで俺の髪色からごく僅かだが何者かに気づいた者が見惚れる吐息が聞こえる。
「鴛鴦様だ」「何故こんな場所に守り神さまが」と噂されているのも擽ったい。
何でこんなところを歩かなきゃいけないのかは、花嫁に言ってくれ。
大きな霊力を持つ娘の家に、嫁取りを打診した。代々朱雀という四神を守護する巫女たる家系の最高位の家だ。
本来は大喜びするのに、その一族は最初は大喜びで話を聞いて大慌てで真っ青になっていた。
それもそのはずだ、と狼子の働く会社の看板を見上げて納得する。
2階建ての洋館には、「耳忘新聞会社」と書いてある。
そう、狼子は記者なのだ。
女性は家で夫を支えるのが主流で、男の三歩後ろを歩いて傅くこの時代に珍しい生き方をしていると感じた。
何より御手洗家は代々巫女の勤めをするはずだというのに、何故記者などに。
洋館を眺めて遠い目をしていると、洋館の窓ガラスが割れて、中から少年が投げられたように振ってくる。
慌ててちょいと飛んで抱き留めてやれば、着地したあたりで少年は青い瑠璃玉のような目で瞬きし俺を見上げ、にこっと笑った。
愛嬌のある顔で、見た目だけなら美少年だ。中性的な顔つきの、愛らしい大きな瞳だとも思う。
実際どんな女性か噂を知らなければ、見惚れる者もいるだろう見目と愛嬌と。何より強い瞳だ。
髪の毛は短く、どう見ても少年なのにスタイルが女性であった。膨らんだ胸は男にしては違和感満載だ。
女性はシャツにサスペンダー、それからチェック柄のパンツスタイルで。
べれえ帽を女性も被っていた、女性もおそろいだと気づくと少しだけ笑った。
「ありがとう!」
「どう、したんだ。危ないぞ」
「いやはや、語るも涙、聞くも涙。うちの課長が、私の渾身の記事をくだらないと言うから、殴り合いになっていたんだ」
「記事……」
「ああ、名乗らなかったね、すまない! 私は御手洗狼子というよ!」
「……狼子。お前がか?! ……話は聞いていないか? 鳳凰院一族から、お前を娶りたいと申し出があったと」
「いんや? それは妹のほうに流れたと聞いたぞ! それもそうだ、私を娶りたいやつなんかいるわけがあるか!」
「どうして」
「この私を見て分からないとは、君は頓馬だね! それで? 君は誰だね、君は」
「ああ、俺は」
「狼子! 戻ってこいこの馬鹿! 決着を決めるぞ!」
名乗りを邪魔される。
割れた窓ガラスからひげ面の男が狼子にがなりたて、狼子もよしきたっと両手に唾を吐き、勇んで駆け足で会社の中へ入っていった。
嗚呼、俺、あのじゃじゃ馬が花嫁かあ……。
(噂通りだ。奇人変人の裸で妖怪も逃げ出してしまいそうな、男勝り女)
愛せるかなという心配も、大丈夫だろうかという杞憂も、可哀想だなという憐憫さえも消える。
あれは俺が関わろうと関わるまいと、100年図太く生きるタイプだ。
まあどうせ、「油」を使うからお前も死んでしまうのだろうけれどな。「油」を使うには、寿命がいるから……。
これが俺と、次の花嫁たる器に出会った始まりだった。




