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第十一話 ひとつになれれば幸せ

 深い深い階段を降りた先には洞窟めいた場所となっていて。

 

 座敷牢どころかただの牢屋がそこにある。

 

 牢屋の中には白骨死体が残っていて、うめき声だとおもったものはその空洞から抜けている風の音だった。

 

 狼子はなるほど、と頷いた。



「これは玻璃さんかな」


「なんでまた、生きていたぞ玻璃は!?」


「そこが謎たる部分だ。もしそうなら、この屋敷の人たちがおかしな行動をしていることがすべて納得いく」


「どういうことだ」


「まずこの死体、魂がみえるかい?」


「……見えない、成仏したようにも見えない」


「あの日、私が夜市で見た西園寺家のものは、魂を二つ所持する霊具をかっていた。あとは分かるだろう?」


「……誰かが、玻璃の魂を持っている。死体から玻璃を剥がしたのか」


「それを姉妹の一部は知っている。そのための悪魔憑きだ。狂言してる人はそれ絡みだろうきっと」


「……狂言でないものは?」


「きっと方法に納得いかないだろうから、最初から悪魔を降臨させられたのだろうね。だから、本物と偽物がいる」


「……お前には誰が偽物か分かってるのか」


 嬉々としてそうだともとでも応えると思いきや、狼子は神妙な顔をしている。

 

 いつもと様子が違うな、と思案していれば狼子は俺の視線に気づき微苦笑を浮かべる。


 「少しだけ弱音を」と宣誓して、狼子は小さく項垂れた。


 


「うん。ただ、事件を記事にしてしまうのは忍びないね。みんな、ただただ優しかっただけだろうから」


「玻璃ってやつは死んでるのにか」


「それにだってきっと理由はあるはずだよ、決めつけはよくない。悲劇の死とは限らないよ、もしかしたら希望の死かもしれない」


「……そんなこと、ありうるのか」


「人は複雑なんだよ、鬼神様」


 狼子が白骨死体へしゃがみ拝んでから、立ち上がり階段に戻ろうとすれば、何者かの気配がする。

 

 辺りには屍鬼が狼子の霊力を察知したのか現れ、涎をしたたり落としている。

 

 屍鬼は五体。狼子だけの霊力では払えないだろう。屍鬼は五体それぞれ襲いかかってきたので、避けるのに二人で必死だ。



「良い機会だ、お前に力の使い方を感じ取って貰おう」


「何を言ってるんだね、私は戦えないぞ!?」


「いいや戦える、俺の祝福を受けた花嫁だ。お前の油は、俺の受け皿をすでに受け取っている」


 

 指先から炎を狼子にキャンドルサービスのように、移し替え点させると、狼子の指輪を支点に手元に大きな真っ赤な炎が現れた。

 

 ぎょっとして狼子は炎を両手に点し、目を丸くする。

 

 炎に集中しないと熱さがこみ上げてくるだろう、すぐに熱さに気づいた狼子はあちちちちと手を振り払って騒ぐ。



「花嫁と花婿は運命共同体で一心同体だ、俺の力とお前の力は、重なり合う。これがお前の油だ」


「それは偉大な祝福だなあ!? 火傷するよこれ!」


「集中すれば熱くない、意識を高めろ」


「そうはいっても、痛いッ痛いって! くそっ! 君たちも燃えろ!」


 

 狼子は思い切って突進するように屍鬼のなかに突っ込んでいくと、炎が伝染したように屍鬼を焼き尽くしていく。

 

 狼子が身動きすればするほど炎はよりよく燃えるが、動かなければそのままだ。

 

 狼子は動けばとにかくオーケイだと気づくと自分が身動きしやすいように、朱雀の巫女たる舞をしはじめる。

 

 舞えば舞うほど炎は充満し、囲い、屍鬼たちを追い詰めていく。時々つんのめっては自分を焦がしかけている、爪先が赤い。少々火傷を負ってしまったか。

 

 しかし、舞か。よくその発想にたどり着いたものだ。朱雀の形を取った炎が屍鬼たちを一匹ずつ包み、やがて五体のこんがり死体が生まれる。



「嫌なにおいがする、はやく上に戻るぞ! 怖いな、初めて見たぞ、あんな生き物! 痛い痛い、冷やすものはないか!」


「死体に惹かれてやってきたんだな。なあ、少しだけ見惚れたよ。上に上がってさっさと氷を貰おう、それかあの水鏡の水で冷やせ」


「お褒めにあずかり光栄だが、もっと私が動かなくても燃える仕組みにしてくれないかな!?」


「それはお前の油に言え」


 階段を駆け上がり、上に戻れば時刻はもう夜間。

 

 ちょうどおあつらえ向きに、そろそろディナーの時刻だ。

 

 狼子は腕時計を見る所作をしてから、べれえ帽を被り直し、俺に振り返った。

 

「さっさと風呂に入るぞ、飯には間に合うようにしたまえ!」


「飯の後に謎解きタイムか、デザートがぬるくなりそうだ」


「今日のデザートは羊羹だから、大丈夫さ!」


 狼子は屋敷に脱兎していけば、俺はゆっくりとその背中を追いかける。

 

 遠くの方で瑠璃子が此方を見ていた気がした。その笑みは少しだけ悲しげだった。


 *




「どなたが偽物の悪魔憑きで、どなたが本物の悪魔憑きか判明しました」


 本当にデザートの時間に狼子は切り出した。

 

 皆は注目し、この時間帯には戻ってきていた屋敷の主人である敏夫さえも、瞠目した。

 

 狼子は得意げに、話し始める。皆は固まっているというのに。

 

 正確に言えば空気が凍り付いている。七姉妹は判明してほしくなさそうだったり、興味を持ったりしている。

 

 敏夫さんは慎重に皆を見やり、重々しく話を続けろという意味で頷いた。

 

 メイド達の片付けが終え、お茶を淹れられた辺りで狼子はとんとん、とこめかみに指先をあて何から話し始めようか悩んでいる。



「まず瑠璃子さんと金美さん銀美さんは偽物です。瑠璃子さん、貴方は術士ですね? 金美さんと銀美さんはそれに合わせた、と」


「ふふ、何を根拠に? 術士ってなあに?」


「術士は西洋でいう魔法使いのようなものだ。自然に力を借りた、術を使う。不思議な現象も思い通りに出来る。温室の調整をしているのは貴方でしょう?」


「まあ、それはそうだけれど。それがどうして私?」


「あかおの証言です。あかおはそういったものに強い。意図的な術を見抜く力を持っています。


 信じなければそれでも構いません。今回大事なのは術士を見破る行為ではないからね。


 さて、次に。珊瑚さんと瑪瑙さんは本物の悪魔憑き。お二人とも後でお祓い致しましょう。


 で、何故この二人が憑かれたかというと……琥珀さん、玻璃さんを殺したのは貴方ですね?」


「違うよ」


「死体を、見つけたんですよ」


「……殺したんじゃないよ、ずっとずっと、僕の中にいる」


「そうですね、貴方はそれが可能だ。だって、二つの魂を所持できる霊具を持っている。事実貴方の体内で玻璃さんは生きているのでしょう」


「……そこまで、分かってるんだね。誰にも分からないよ、僕らのことは。僕らは二人で一つ、あたしは琥珀で、僕は玻璃。そう言ったって、誰も区別つかない。


 僕たちずっと二人で一緒なの。みんな、ばらばらになるから。結婚で。僕たちだけはずっと一緒なんだ」


 琥珀は胸元のロケットペンダントを取り出すと中をみせ、中には琥珀そっくりの美少女が写っていた。

 

 それが玻璃だというのなら、確かに先ほど会った琥珀と見分けが付かない。

 

 銀美と金美のせいで、双子が二組いるという錯覚を信じ込みすぎていたんだ。

 

 どちらかが片方いなくてもばれないくらいには、この家は姉妹同士に無関心ではあったしな。


「みんな気づかなかったよ、僕が琥珀、あたしが玻璃、あたしが琥珀で、僕が玻璃だっていっても。誰も探そうとしなかった」


「違うよ、琥珀さん。瑠璃子さんは気づいていたんだよ、貴方が玻璃さんと体をともにしているって。だから、屋敷に里帰りしてまで、悪魔憑きという狂言を皆に無理矢理演じさせたんだ」


「……そうなの、姉様!?」


 珊瑚ががたっと立ち上がり、瑠璃子を睨み付けると瑠璃子は静かな顔でお茶を啜っている。


「世間は誰一人、気づかないでしょうね、玻璃の実際の体が死んでいるなんて。でも、いつかは無理が来る。

 

その前に呪われた家と言われてしまえば、誰も関わろうとしないでしょう? 私たちは六つじゃ駄目、七人のままで居続けなければいけないのよ」


「……だからって、そんな! どうして、どうして玻璃は死んだの!? ねえ、琥珀、どうして玻璃を殺したの!? 一緒にいるなら殺したらいなくなるじゃない!」


「珊瑚……落ち着いて。僕らはね、邪魔だったんだ体が。僕らは二人で一つであるべきなのに、体が認識を二つにする。壁がある。隔たりがある。だから、一つになれたんだよ、これでようやく。ずうっとずっと永遠に一緒にいられる」


「……本当に玻璃さんはそのなかにいるのですか? 玻璃さんに会わせていただけませんか」


「いいよ……、すう……『ほら、あたし。此処にあたしはいるよ、父様。あたしは琥珀ちゃんと一緒に生きるの、ねえお兄さん? さっきはなしたもんね』」


 琥珀の静かな物言いから一気に声色も表情も何もかも変化した様相に敏夫は絶句し、狼子へうろたえながら視線を向けた。

 

 俺も流石に先ほどの話した玻璃が、琥珀の体を通した魂だと気づくと、少しだけ寒気がした。


「お祓いも記事もしますので、ご安心を」


 残酷な宣言だった。

 

 お祓いは珊瑚と瑪瑙にとっては安心だろうけれど、家族の中でまさか殺人者が出るとは思っていなかったのだろう。

 

 これより先に西園寺家は、栄えることはもうないだろう。


「とはいえ、うちの雑誌はオカルト雑誌です、新聞もオカルト専門です。

 

 記事にしたとして、信じて貰えるかは購読者次第です。内々にしてなかったことにしたいのならそれでも構いません。裁くのは私たちじゃない。

 

 でも敏夫さん。そのあいだはゆっくりできるでしょう、そのときにゆっくり話し合いしてみてはどうですかね」


「……七つの、責務を、背負わせすぎたな」


 敏夫は微苦笑し、羊羹を薄く切った。


 *




 帰りの馬車で狼子はメモ帳に記事の土台をメモっている。

 

 考え事をしながら、馬車の揺れに耐えるのだから、器用な奴だ。

 

 七つの責務とは、あのときどういう意味だったのだろうか。

 

 考え込んでいる狼子に耳元へ息を吹き当てる。


「ぎゃあ! 何をするんだ」


「七つの責務、ってお前には何だか、分かるのか」


「簡単だよ、あの七姉妹は縁起物でいなければいけなかったんだ。だって、名前が七宝だもの」


「あ……なるほど」


「名前にはきっと、最初は祈りだったんだとおもうよ。綺麗で美しい子になってほしいっていう」


「祝福から呪いに。悲しい性だな」


「瑠璃子さんだけは、どこか全部分かっている気がしたよ。いいね、ああいう女性になれたら素敵だ」


「なれるよ」


「なれるかね、こんなおてんばだぞお?」


「……なれるよ、誰もお前は謎解きの好奇心だけで傷つけなかった。変な説教もしなかった。最後は気遣っていた、だから、なれる」


 手を握って、窓辺を見やっておく。そっぽむいていたのがそのうちいたたまれなくなり、狼子のほうを見やると、狼子は少し赤らめ笑っていた。

 

「さて、そろそろ付く頃かな、今回の事件は中々に楽しかったね。次回はもっとスリリングたるロマンあって悲劇の喜劇を楽しみにしているよ!」


「はあ、めんどくさい花嫁だ。さっさと帰れ帰れ」


「記事が出来たら君にも雑誌を送ろう! それじゃあね、またね!」


 狼子は馬車が家に着けばそのまま降りて、さっさと家の中に入っていった。

 

 瞬けば隣に大鴉がいて、ばさばさと羽を揺らす。

 

 大鴉は楽しげに啼く。


「油の量も順調で、質も申し分ないです。次こそは、空になるほど使い切らないようにしましょう、後で寧音様の最期の油を収めに参りましょうね」


「心得ている。またああいう花嫁を迎えるのも大変なものだ」


「ご冗談を。最初の頃のいやいやさとは段違いの顔をなさっています。少しだけ、お気に召したのですね」


 

 大鴉に問われ、水切り占いでの出来事を思い出す。

 

 あのとき狼子は真っ青だったのに、こちらのことを気遣っていた。

 

 俺が苦しんでいると感じて、先代の花嫁達は皆死んでいるというのに怖じ気づかず。

 

 それどころか励ましてきた。

 

 その心は、少しだけ美しそうに感じて、俺は帽子をとると帽子を軽く指先で回した。


 

「……悪くないとは、思うよ、そうだお前、青鬼を調べとけ」


「青鬼、ですか、分かりました」


 寧音、お前とはまったくちがう性質の花嫁だけれど。

 

 相棒としては、中々いいのかもしれないな。

 

 ただお前の持つ謎を、俺に少し預けてくれないのは気に食わないけれどな。

 

 

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