第十二話 朝焼けの不穏
政を行う場所へ招かれる。
江戸城だ。この文明開化の時代にも、まだ江戸城は残っていた。
官僚をしっかりそろえて、お偉い方はしっかりと江戸城の階層ごとで働いている。
俺も守護神として、江戸城で働くその一人。ただし、地下だが。
江戸城には地下があり、色んな地下室へ向かう道筋がいくつもある。
外へ繋がる道もあるし、儀式を執り行う部屋へも繋がる。
俺の用事がある部屋は、その中の一つである巨大な儀式の間だ。
大きなろうそくがいくつも点在している部屋にたどり着く。
ろうそくに火は点っていない。明かりは俺の手元の炎だけだ。
このろうそくに最後の寧音が持っていた寿命を使った油を注ぎ込む。
そのためにろうそくに手を翳し、祈りを込めれば体が赤く光り、砂金のような輝きが広がる。
ろうそくは一気にたくさん火が点り、ゆらゆらと揺れ。
その中心部にある巨大ろうそくだけは火が付かない。
「早く結婚しなければ」
俺は手元の炎を握りしめる。するとそれまで明るかった赤い光は一気に消えた。
大鴉が薫の姿に化けると、俺へ傅きながら発言の許可を待っている。
軽く片手で許可を与えると、薫は語り始める。
「花嫁様の近況を尋ねなくとも、見やすい熟知しやすい状況にしておきたくはありませんか」
「……何か考えがあるのか」
「此方へお越しください、隣の部屋に用意してあります」
大鴉はすっと立ち上がると、案内し始め。
俺は案内されるがままに隣の部屋へ入れば、中には丸い銅鏡がある。
銅鏡の中には狼子が写っている。
狼子はどうやら貫徹で記事を仕上げている様子だ。映写機のような滑らかな画像に瞠目する。
反応に満足した薫が言葉を続ける。
「此方で花嫁様を観察して、好みや弱みを握っていきましょう」
「趣味が悪いな……雲外鏡か」
「先日の夜市で手に入れました。費用は赤字でしたが、鳳凰院家の未来を思えばこそ。此方を覗けば、願う人物の現在を見られます」
「うちでも赤字になるとは国家予算以上の額か。あんな夜店でよくぞ手に入ったな……狼子の弱みか。あの女にそんなものあるような気はしない」
「しばらくは酒も控えて贅沢は慎んでください。ええ、ならご家族の弱みを握りましょう。ご家族をお支えすれば悪い気はしません。妹君などいかがでしょう」
「朱鷺子か、あの女苦手なんだよな」
雲外鏡は朱鷺子を映し出す。
映し出された朱鷺子は、日記をしたためている。
時々窓から見える月を見上げ、ほうと息をついて、黄昏れている。
日記の内容は見てはいけない気がして視線をそらしたというのに、薫が読み上げる。
「何々、『こんなにも張り裂ける思いは初めて。どうしてお姉様なのかしら。早く会いたい早く会いたい……』」
「な、なあ、本当にこんな出来事が花嫁を得るのに必要なのか」
「弱みを握って支えて心を射止めることが何よりもの近道でしょう? もっと賢くならないと、鴛鴦さま。いえ貴方は利口すぎた、馬鹿にならないと」
「金だけでなんとかなれば一番早いがな、金だけは湯水のようにある。無駄遣いしても、意味がない。無限に増える。どうせ赤字もなかったものになる」
「恨まれますよ、嫌われますよ。そんな話し誰かにすると」
雲外鏡に再び狼子を映して貰えば、狼子が記事を整え、仕事が終わったようだ。
帰り支度をしている。
今の時刻に女性が一人で帰るのか?
流石に心配になるが、狼子は慣れている様子だ、信じるしかない。
狼子が外に出ると、長身の男が事務所の玄関にいた。ほらやっぱり、危ないんだあの女は。
『大きくなったねえ、狼子ちゃん』
『……青筆。何の用事だね、夜更けにくるのは君の癖か』
『夜にデートはロマンあるでしょ。ねえ、結婚するって本当? あの鴛鴦と?』
青筆……――青筆といったら、俺と同じくらいの地位の高いながら相対している悪鬼じゃないか。狼子は鬼に詳しくない様子だったが、本当だったのか。
鬼神ではあるものの、この国に害をなす鬼の総大将のうちの一人だ。
顔の映り込みを見ようとすれば、逆光で見えづらい。ほぼほぼ真っ黒い姿の男に見える。
雲外鏡を思わず両手に握り、画面を覗き込むのに夢中になる。
この口ぶり、知り合いか。
『僕の施した封印も解いちゃうんだもんなあ』
『お陰で体は軽いよ。なあ、結婚したとしても、すぐにでも離婚して生涯私は一生一人でいるよ。それで許してくれないか』
『んー、だあめ。君が不幸のどん底になって、僕だけを求めるようになるまでは。君のお兄ちゃんは、俺のだ』
青筆は鳥かごを揺らし、中に入っている青い火で出来たカナリアを揺らす。
カナリアはぴいいいと啼きながら、羽をばさばさと広げている。
今の言い方だとこのカナリアが狼子の兄のようだが、狼子の兄は死んだのではなかったのだろうか……。
狼子は嘆息つくと、べれえ帽を目深に被った。
『頼むよ、もう我々を解放してくれ』
『鴛鴦からの結婚を断れ、僕を助けてくれたのは君だけだ。その君が責任をとって、僕と結婚してくれよ』
『……それは。今の御手洗家には金が要る。お前が一番知ってるだろう?』
『金を用意するなんて簡単じゃん、どこかの華族さまでも襲って殺してくればあ?!』
『綺麗な金がいい。誰かが死んだ金は要らない』
狼子が告げれば、青筆は狼子の顔をがっと掴んで間近で瞳を覗き込む。
狼子の瞳は少し滲んでいて、怯えはないが代わりに怒っている。
これほど深い怒りを抱える狼子を見た覚えがない。
『力尽くで啄む気か。すればいい、その瞬間に舌を噛んで死んでやる』
『……っはは、あはははは!!! やっぱり狼子ちゃんはこうじゃないと。折れる君なんて君じゃない、なのに折ってやりたい、大好きだ。
今度正式に、花嫁の打診をする。君たちの世界だと生け贄というのかな。そのときにどんな顔をするか楽しみだ』
『……帰ってくれ、青筆』
狼子の祈るような声に、青筆は狼子の肩口に噛みつき。
深い傷をみちみちと与え、血をしたたり流れさせる。それでも狼子は拒否しないし、悲鳴も上げない。
口を離した青筆は狼子の霊力を吸収したのか、恍惚としている。
青筆は狼子の血を口元から指先で拭って、地面に払うと、そのまま帰って行った。
……お前のあの、西園寺家で見た水鏡の意味をやっと理解した。




