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店にいるはず

孫二娘でございま〜す。

敵は、アタイが父ちゃんの傍を離れないと思っていたらしいよォ。

張青も一緒に店へ籠もり、戸を閉めて夜を待つ。

そう決めつけているなら、灯りが点いているだけで十分さ。

中に誰がいるかなんて、わざわざ確かめようとはしない。

人間、自分が信じたいものは、案外簡単に見つけちまうからねェ。

だったら、そのまま信じてもらおうじゃないか。

アタイと張青は、確かに店にいる。

少なくとも――

十二人には、そう見えているはずだよォ。

「アタイと張青は、店にいることにするよォ」

店から抜ける時、父ちゃんは奥の椅子に座っていた。

脇腹に巻いた布は赤く滲んでいる。

「十二だ」

「分かってる」

「一人も帰すな」

「それも分かってるよォ」

父ちゃんはもう何も言わなかった。

そうしてアタイは、日が落ちる前に十字坡を出た。

裏口からではない。

古道からでもない。

渡しの周が、葦の陰へ平底舟を寄せている。

店の裏手は川岸が抉れていて、表から水面は見えない。

舟子が棹を差すと、舟は泥色の流れへ音もなく滑り出した。

「灯りは消すなよォ」

岸に残る周へ声を落とす。

「飯を食って、傷の手当てをして、いつも通りにしてな。わざと影を作る必要はない」

「承知しました」

「戸だけは開けるんじゃないよォ」

張青が先に舟へ乗る。

舟子が棹を返す。

屋根が葦の向こうへ隠れ、ほどなく見えなくなった。

梁牙は、アタイが父ちゃんを置いて動けないと決めている。

張青もアタイの傍を離れない。

だから日が落ちれば、二人とも店の中にいる。

戸が閉まっている。

灯りが点いている。

中で誰かが動いている。

それだけ見れば、向こうは勝手に納得する。

入った姿は見た。

出たところは見ていない。

なら、まだ中にいるはずだ。

そう思ってくれるなら、わざわざ訂正してやる理由はない。

舟は上流へ進み、枯れ沢より手前の浅瀬へ寄った。

アタイと張青が降りると、舟子はすぐに棹を返す。

足跡を残さないよう、しばらく水の中を歩いた。

冷たい――

裾が水を吸い、足へ絡みつく。

石が鳴るたび、張青が振り返る。

「震えてるのかい」

「水が冷てぇだけだ」

「そういうことにしとくよォ」

「お嬢こそ、歯が鳴ってるぞ」

「聞こえないねェ」

岸へ上がり、濡れた裾を絞った。

空はまだ赤い。

木々の下には、もう夜が溜まり始めている。

張青が低い藪の向こうを指す。

「あの先が枯れ沢だ」

「十二人は?」

「沢底に伏せてるなら、上からは見えねぇ」

「なら、見に行かない」

張青が眉を寄せた。

「居場所を確かめねぇのか」

「覗き込んで気づかれたら、舟で回った意味がないだろォ」

アタイたちは枯れ沢から十字坡へ戻る道の脇へ入った。

道は一度細くなり、その先で四つに分かれる。

店の表へ回る道。

裏手へ抜ける獣道。

馬小屋へ続く低地。

渡しへ下りる坂。

捕虜が吐いた通りなら、十二人はここで別れる。

分かれる前なら十二人。

分かれた後なら、四人、四人、二人、二人。

一度に相手をする数は減る。

ただし、最初の一組に騒がれれば、残りが集まる。

「最初は馬小屋へ行く二人だよォ」

「なぜだ」

「合図を返す役だからさ。一番先に持ち場へ入る」

「出て来なかったら」

「その時は考え直す」

「そこまでは決めておらなんだか」

「先の先まで分かるなら、こんな所で濡れてないよォ」

張青が喉の奥で笑った。

それきり、二人とも黙る。

日が沈んだ。

枯れ沢の方から、石を踏む音がする。

一つ。

間を空けて、また一つ。

黒い影が、道へ浮かび上がった。

十二人。

誰も喋らない。

互いの背だけを頼りに、暗い坂を下ってくる。

先頭の男が分かれ道で手を上げた。

四人が店の表へ向かう。

四人が裏手へ消える。

二人は渡しへ。

最後の二人が馬小屋への低地へ入った。

アタイと張青は、その後ろにつく。

枯れ草が足首を擦る。

前の二人は振り返らない。

店には灯りが点いているはずだ。

孫二娘と張青は、その中にいる。

そう信じている人間には、後ろの足音まで仲間のものに聞こえる。

一人が立ち止まった。

アタイも止まる。

男は暗がりへ耳を澄ませたが、やがて歩き出した。

張青の気配が右へ消える。

次の瞬間、後ろの男の口が塞がれた。

草が短く鳴り、身体が沈む。

前の男が振り返る。

「どうした」

アタイは一歩で間を詰めた。

刃を喉へ滑らせる。

声になる前に、男は膝から崩れた。

張青が二つの身体を藪へ引く。

「二人」

「数えなくても分かるよォ」

馬小屋へ着くはずだった者は、もういない。

それでも、他の十人は知らない。

アタイたちは低地を抜け、店の裏へ回った。

木々の間から、十字坡の灯りが見える。

窓の前を人影が横切った。

誰かは分からない。

けれど、敵にはアタイに見えるかもしれない。

裏手へ回った四人が、塀の陰へ伏せている。

一人が窓を指した。

「娘だ」

小さな声だった。

背丈も髪も見えない。

ただ灯りを遮った影だけで、そこにアタイを作っている。

張青が刀へ手を掛けた。

アタイは首を振る。

まだだ。

やがて、店の表から梟の声が三度響いた。

よく似せている。

本物より、少し間が揃いすぎていた。

馬小屋の側から、返しが一度必要になる。

答えがなければ、二人が消えたと気づかれる。

アタイは口元へ手を添えた。

短く、一度。

梟の声を返す。

裏の四人が立ち上がった。

疑いもしない。

合図が返った。

ならば馬小屋の二人は持ち場にいる。

見てもいない仲間を、声一つで信じる。

四人が塀へ走った。

最後尾へ張青が斬りかかる。

同時に、アタイはその前の男の脇腹へ刃を入れた。

残る二人が振り向く。

「何者だ!」

「娘は店の中にいる!」

一人が窓を見た。

灯りの前を、また影が横切る。

アタイは男の懐へ潜り込んだ。

「そう見えるだろォ」

肘で顎を打ち上げ、胸へ刀を押し込む。

もう一人は張青へ斬りかかった。

刃が噛み合う。

横から膝裏を払うと、男は地面へ落ちた。

起き上がる前に終わらせる。

「六人」

今度はアタイが言った。

「数えてるじゃねぇか」

「うるさいねェ」

表では戸板を押す音が始まった。

四人が一斉に力を掛けている。

けれど、中にいる父ちゃんたちは開けない。

渡しへ向かった二人も、異変に気づけば戻る。

「張青、坂へ」

「お嬢は」

「表の四人を片づける」

「一人でか」

「戸の中にも味方はいるよォ」

「出すなと言ったのは、お嬢だろうが」

「だから急ぎな」

張青は舌打ちし、渡しへの坂へ走った。

アタイは塀沿いに表へ回る。

「押せ!」

「中におるぞ!」

「裏はどうした!」

四人の声が重なる。

誰も後ろを見ていない。

中にいるはずの獲物へ、意識を吸い寄せられている。

アタイは最後尾の男の背へ刃を入れた。

隣の男が叫ぶ。

三人が一斉に振り向く。

「孫二娘!」

名前を呼ばれた。

恐怖より先に、驚きが顔へ出る。

「なぜ外に――」

最後まで言わせない。

男の刀を受け流し、肩口へ斬り込む。

二人目が横から踏み込んだ。

刃先が頬を掠める。

熱が走った。

身体を沈め、足を払う。

倒れたところへ刃を落とす。

残る一人が戸を背にした。

中には父ちゃんたち。

外にはアタイ。

逃げ道を探す目が左右へ動く。

「山夜叉の娘……」

「それ、今日二度目だよォ」

男が渡しの方へ走った。

追う。

坂へ入ったところで、向こうから人影が転がってきた。

渡しへ向かった二人のうち、一人だった。

首元から血を流し、もう動かない。

その後ろに張青が立っている。

逃げた男が足を止めた。

アタイは背後から追いつく。

「十人」

男が振り返りざまに刀を振った。

身を反らす。

刃が胸元を掠め、衣が裂けた。

張青が前から詰める。

挟まれたと悟った男は、山へ向かって叫ぼうとした。

アタイの刃が先に喉へ届く。

「十一」

「あと一人だ」

張青の息が荒い。

左腕に血が滲んでいる。

「怪我したのかい」

「掠っただけだ」

「さっき聞いたねェ、それ」

渡しへ続く坂の下で、石が落ちる音がした。

最後の一人が逃げている。

アタイと張青は同時に走った。

男は川岸へ出ると、舟を探した。

けれど、舟子はとっくに舟を戻している。

水へ入るか。

山へ戻るか。

迷ったのは、ほんの一息だった。

それで十分だ。

男が川へ踏み込む。

膝まで浸かったところで、足を取られた。

張青が岸から回り込む。

アタイはそのまま水へ入った。

「来るな!」

男が刀を振り回す。

「梁牙様へ伝えねばならぬ!」

「帰してやらないよォ」

川水が跳ねる。

振り下ろされた刃を横へ逸らし、男の手首を掴む。

流れに足を取られた身体を引き寄せ、胸へ刃を沈めた。

男の力が抜ける。

水面へ倒れた身体が、ゆっくり下流を向いた。

張青が腕を掴み、岸へ引き上げる。

「十二」

店へ戻ると、表の戸が内側から開いた。

周と舟子が先に出る。

宿場の亭主たちは、血に濡れたアタイと張青を見て言葉を失った。

捕虜だけが、床へ転がされたまま顔を上げる。

「十二人は」

「もう来ないよォ」

父ちゃんは椅子から動いていなかった。

その足元へ、十二人分の黒い布を落とす。

「全部か」

「ああ」

父ちゃんは布を見下ろした。

褒めない。

驚かない。

ただ立ち上がり、壁に掛けてあった朴刀を取った。

「父ちゃん?」

「夜明けに出る」

「どこへ?」

父ちゃんは刃を鞘から抜いた。

灯りを受けた切っ先が、白く光る。

「黒松寨だ」

孫二娘でございますよォ。

二人、六人、十人、十一人

――そして十二人。

数えなくても分かると言ったくせに、結局最後まで数えちまったよォ……

父ちゃんに「一人も帰すな」と言われた以上、途中で分からなくなるわけにはいかないからねェ。

十二人分の黒い布を足元へ落としても、父ちゃんは褒めなかった。

驚きもしなかった。

全部かと聞いて、アタイが頷くと、すぐに朴刀を取っただけさ。

ようやく十字坡を守り切ったと思ったのに、父ちゃんの頭では、もう次が始まっていたらしい。

夜が明ければ、今度はこちらから出る。

どうやら山夜叉という男は、敵が次に動くのを待つような性分じゃないみたいだねェ。

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