囮でも十二人は十二人
孫二娘でございま〜す。
昨日、父ちゃんが皆の前で「二娘に従え」なんて言い出したと思ったら、今日は黒松寨が十二人でこっちへ向かってるらしいよォ。
後継者って、もう少し帳面をつけるとか、仕入れを覚えるとか、そういうところから始めない?
しかも姉ちゃんまで、当然みたいな顔でアタイの指示を待ってるし。
いや、姉ちゃんの方が絶対こういうの慣れてるだろォ!
……で、その十二人なんだけどね。
どうにも、わざと見つかりに来てる気がするんだよォ。
「黒松寨が動いた! 十人余りだ!」
戸の向こうで、男が息を切らしている。
張青と姉ちゃんがアタイを見る。
答えろと言われたわけじゃない。
それでも、口を開くのを待たれているのは分かった。
ついさっきまでなら父ちゃんを呼んだだろう。
今も奥にいるのだから、大声を出せばすぐ戻ってくる。
なのに、誰も呼ばない。
「どっちへ向かってる?」
思ったより声は震えなかった。
「古道を東へ、十字坡の方角です。十二人ほど」
「隠れてる?」
「いいえ、道の真ん中を進んでおります」
十二人。
昨日の五人より多い。
それなのに、人数とは別のところが引っかかる。
昨日の連中は客のふりまでして店へ入り、父ちゃんの首を狙った。
そんな黒松寨が、今日は見張りのいる道を堂々と歩いてくる。
「張青、開けな」
「入れるのか?」
「顔だけ見て、すぐ閉めるんだよォ」
張青が閂を外すと、隙間から炭焼きの弟が滑り込んできた。
額から汗を流し、草鞋の片方が泥だらけになっている。
「二娘、兄が残って見張っております」
「向こうは、こっちに気づいてる?」
「まだかと」
「なら近づかないよう伝えな。数と向きだけ見て、仕掛けるんじゃないよォ」
「へい」
「それから周のところへ行って、渡しも警戒させて。古道に人が出たからって、全員こっちへ寄せるんじゃないよ」
男が目を瞬く。
「渡しも、ですか?」
「一か所ばっかり見てたら、他が空くだろ。いいから行きな」
炭焼きの弟が飛び出していく。
心理学なら選択的注意に近いのかもしれない。
一つへ注意を向けるほど、その外側にあるものを見落としやすくなる。
前世なら講義室で図でも見せながら説明していたところだ。
今は教材が十二人の賊。
実習にしては危険度がおかしいよォ。
「二娘」
姉ちゃんが腕を組んでいる。
「何さ」
「あたいは?」
少し迷った。
父ちゃんは店にいる。
あの人なら一人でも簡単には抜かれないし、古道へ出るなら、この辺りを知っていて荒事にも慣れている姉ちゃんがいた方がいい。
「一緒に来て」
姉ちゃんが口元を上げた。
「最初からそのつもりだよ」
「じゃあ何で聞いたの?」
「二娘が何て言うか見たかった」
「姉まで試験官になるなァ!」
奥から父ちゃんが出てくる。
「何人だ」
「十二、古道をこっちへ来てる」
「どうする?」
また、それだ。
昨日までなら、父ちゃんが決めていた。
今はアタイへ聞いてくる。
「見に行くよ。姉ちゃんと張青も連れてく」
「店は?」
「父ちゃんがいるだろ」
父ちゃんの眉がわずかに動く。
「俺を一人で置くのか?」
「昨日二人倒した人が何言ってんの」
姉ちゃんが吹き出した。
父ちゃんは壁際の朴刀を顎で示す。
「持ってけ」
アタイが朴刀を手に取ると、姉ちゃんも自分の得物を持った。
張青だけが露骨に嫌そうな顔をしている。
「俺も行くのか?」
「父ちゃんがアタイにつけって言っただろォ」
「まだ頬が腫れてんだぞ」
「見張りくらいできるよねェ?」
「この姉妹、怪我人に優しくする気がねぇのか?」
「ないね」
姉ちゃんが即答した。
「認めるなよ!」
裏口を出ると、冷たい風が頬へ当たる。
古道までは店の裏手から斜面を上り、炭を運ぶ細い道を抜けていく。
張青が先を歩き、姉ちゃんがその後ろについた。
アタイは朴刀を片手に持ち、急なところでは空いた手で枝や岩を掴みながら登る。
前なら息が上がっていたはずなのに、身体は思った以上についてきた。
太い根を掴んで身体を引き上げると、自分でも驚くほど簡単に上へ出る。
姉ちゃんが振り返った。
「力、戻ってきたね」
「やっぱり?」
「昔なら、そのくらい普通だったよ」
「その情報、小出しにするのやめてくれない?」
「聞かれなかったからね」
家族全員、説明責任という概念をどこかへ置き忘れてるよォ……
斜面の上から鳥が飛び立った。
張青が手を上げる。
藪から炭焼きの兄が姿を見せた。
「この先です。十二人、変わらずこちらへ」
「武器は?」
「刀が多く、槍が三本。弓は見えませぬ」
姉ちゃんの表情が変わる。
「随分と堂々としてるじゃないか」
「そこなんだよねェ」
古道を見下ろせる場所まで進むと、確かに十二人いる。
腕に黒い布を巻き、刀や槍を持っているのに、身を隠す様子もない。
先頭の男は枝を払い、後ろでは二人が笑いながら歩いていた。
昨日の五人とはまるで違う。
「弱そうだね」
姉ちゃんが言った。
「その判定基準、怖いよ」
「だって隙だらけじゃないか」
言われて見れば、その通りだった。
ただし全員ではない。
最後尾の二人だけが、何度も振り返っている。
見ているのは十字坡の方角だ。
「あいつら、店を見てる」
張青が目を細める。
「どういうことだ?」
「こっちへ来たいんじゃない。誰が店を出たか確かめてるんだよォ」
姉ちゃんの口元から笑いが消えた。
「囮かい?」
「たぶんねェ」
「なら戻るぞ」
張青が身体を起こしかける。
アタイは下を見た。
十二人はまだ進んでいる。
ここで慌てて引き返せば、向こうは囮が効いたと分かる。
それに、十二人をそのまま後ろへ残して帰るのも嫌だった。
「戻らない」
「は?」
「囮でも十二人は十二人だろォ。後ろに残したら、あとで面倒になる」
張青が顔をしかめる。
「三人でやる気か?」
姉ちゃんが肩を回した。
「張青」
「何だよ?」
「あんた、自分まで戦力に数えてるのかい?」
「怪我人への当たりが強ぇ!」
「姉ちゃん、そこは数えてあげようよォ」
「じゃあ十一人は、あたいと二娘でいいね」
「何で一人だけ張青担当なの!?」
思わず声が大きくなった。
下にいた男が顔を上げる。
目が合った。
「上だ!」
十二人が一斉に武器へ手を掛けた。
姉ちゃんが立ち上がる。
「じゃ、右もらうよ」
「勝手に半分決めるなァ!」
言いながら、アタイも斜面を駆け下りた。
怖くないわけじゃないが、昨日とは違う。
相手の数より先に足が見え、槍を持った男が前へ出た瞬間、肩が動いた。
突く――
そう思った時には、身体が半歩横へ外れていた。
穂先が脇を抜けたところで、アタイは朴刀の柄で槍を外へ押し流し、そのまま間合いへ入り、男の胸へ肩をぶつけた。
軽く当てたつもりだったのに、男は後ろの一人まで巻き込んで吹っ飛んだ。
「……え?」
止まりかけたアタイの横を、姉ちゃんが駆け抜ける。
「止まるな、二娘!」
「いや今、アタイ何した!?」
「後で考えな!」
正論だけど怖い!
別の男が刀を振り上げる。
刃を見るより先に、肩と腰の動きが目に入った。
朴刀の柄で腕ごと横へ外す。
刀が逸れたところへ身体を入れ、柄で足元を払うと、男は勢いよく尻から落ちた。
次が来る。
アタイは朴刀を返し、柄で胸元を突く。
男が数歩よろめき、道端の木へ背中からぶつかった。
「待って、ちょっと待って!」
「何だ!」
後ろから張青が叫ぶ。
「アタイ、強すぎない!?」
「今気づいたのか!」
その向こうでは、姉ちゃんがもっとひどい。
一人の腕を掴んで捻り、その男の身体を隣の男へぶつけている。
二人まとめて崩れたところへ、さらに一人の足を払った。
「姉ちゃん!」
「何!」
「そっちも大概だからね!」
「知ってるよ!」
知ってるんだ……
怖い姉妹だよ、ほんとに!
黒松寨の男たちも、ようやく何かがおかしいと気づいたらしい。
「女二人だぞ!」
「だから何だい!」
姉ちゃんが怒鳴る。
男が一瞬、怯んだ。
その一瞬で姉ちゃんが懐へ入る。
予測が外れた時、人の動きは鈍る。
女、それも若い女なら押せるという思い込みがあったのだろう。
目の前の現実が予測と違いすぎて、頭が追いついていない。
最初は侮りだった顔が、驚きへ変わり、今は恐怖になっていく。
その変化が見えた。
分かってしまう。
「二娘、左!」
姉ちゃんの声で身体をひねる。
刀が来るのを柄で受けると、ずしりと重さが乗った。
それでも押し負けずに踏ん張ると、むしろ相手の腕が震え始め、男の方が一歩下がった。
さらに押せば、もう一歩下がる。
「……アタイの方が強い?」
男の顔が引きつる。
「何でアタイが押し勝ってんのさ!」
「知らねぇよ!」
敵に聞いても分からないらしい。
相手の刀を外し、足を払う。
男が転がった。
気づけば、立っている者は四人しかいなかった。
姉ちゃんがアタイの隣へ戻ってくる。
息も乱れていない。
「二娘」
「何?」
「逃がす?」
「一人は話を聞きたいねェ」
「じゃあ残り三人はいいんだね」
「何が!?」
姉ちゃんが飛び出した。
「そういう意味じゃない!」
遅かった。
一人が地面へ転がり、もう一人は腕を取られて膝をつく。
最後に逃げた男へ張青が足を掛けた。
張青自身も危うく転びそうになりながら、男の背中へ乗る。
「俺も一人!」
「参加賞みたいに言うなァ!」
残った一人が刀を捨てた。
「降参だ!」
アタイは朴刀を下ろした。
さっきまで古道を埋めていた十二人が、もう立っていない。
姉ちゃんを見る。
姉ちゃんもこっちを見る。
「……姉ちゃん」
「何?」
「アタイら、強すぎない?」
「今さら?」
張青が倒れた男を縛りながら吐き捨てる。
「だから昨日から言ってんだよ!」
笑いそうになったが、十二人が囮だったことを思い出すと、その気分はすぐに消えた。
降参した男の前へしゃがむ。
「梁牙はどこ?」
男が口を閉じる。
姉ちゃんが一歩前へ出た。
「待って。姉ちゃんが近づくと尋問じゃなくなる」
「何になるんだい?」
「処刑」
男の顔色が変わった。
効いた。
「梁牙様は……ここにはいない」
「それは知ってるよォ。どこ?」
「俺たちは、お前らを山へ引き出せと言われただけだ」
「その後は?」
男は黙った。
アタイは顔を見る。
ほんの一瞬、視線が南へ流れた。
「南?」
男の目が開く。
当たりだ。
「南に何がある?」
張青が聞く。
アタイには、この辺りの道がまだ全部は分からない。
姉ちゃんの表情が変わった。
「二娘。南へ抜ける道は二つある」
「一つは?」
「宿場へ下りる道」
「もう一つは?」
姉ちゃんは、少しだけ間を置いた。
「十字坡の裏へ回れる」
さっきまで笑っていた空気が消えた。
父ちゃんは、一人で店に残っている。
アタイは朴刀を握り直した。
孫大娘と孫二娘、二人合わせて孫姉妹で〜す!
「十二人、思ったより少なかったね」
「姉ちゃん、その感想がおかしいんだよォ!」
「二娘だって途中から楽しそうだったじゃないか」
「楽しんでない! 身体が勝手に動いただけ!」
「でも、ずいぶん力が戻ってきたね」
「そこはアタイも怖いんだよォ……」
「で、あいつらは囮だった」
「うん」
「南から十字坡へ回れる」
「うん」
「……父ちゃん、一人だね」
「急に怖いこと言うなァ!」




