五人分は多い
孫二娘でございま〜す。
昨日、店へ押し入ってきた男たちは全員片づいたんだけど、どうやら十字坡では「敵を倒したら終わり」じゃないらしいんだよォ。
姉ちゃんは嫁ぎ先へ帰らず、アタイと布団を並べて泊まり込み。
枕元には朴刀まで置いて、完全に家族団らんの絵面じゃない。
そして朝になれば、裏には昨日まで喋っていた男が五人。
前世では人間の認知や行動を教えていたけどさァ。
まさか自分が、死体を前にして最初に「五人分か」と考える日が来るとは思わなかったよォ。
朝になっても、店の戸は閉じたままだった。
外から一度だけ、常連が戸を叩いた。
「今日は休みだ」
父ちゃんが内側から答えると、向こうで男が笑った。
「珍しいな。病人でも出たか?」
「明日来い」
父ちゃんは、それ以上話さなかった。
足音が離れていくと、店の中へまた静けさが戻る。
厨房では、大きな釜の水が沸いていた。
火を入れたのはアタイだし、横では姉ちゃんが湯の量を確かめながら薪を足している。
何に使うのかは、二人とも聞かなかった。
昨日、店へ押し入った五人は夜のうちに死んでいたが、いつ死んだのかは知らない。
父ちゃんが物置へ入る音は何度か聞いたし、誰かに何かを問いかける声や、床を擦るような音もした。
昨夜、姉ちゃんは嫁ぎ先へ戻らなかった。
「今夜は泊まるよ」
そう言うなり、自分が昔使っていた部屋ではなく、アタイの部屋へ布団を運び始めた。
「姉ちゃん、自分の部屋あるだろ?」
「何か来た時、離れてる方が面倒だろ」
「何か来る前提なの?」
「父ちゃんが店を閉めるんだよ。来ないと思う方がおかしいね」
反論できなかった。
結局、布団を二つ並べ、そのすぐ脇へアタイの朴刀と姉ちゃんの得物を置いた。
「姉妹で並んで寝るだけなら、昔もあったのかねェ?」
「何度もあったよ」
「武器まで添い寝してた?」
「それはなかったね」
そこだけ普通で安心した。
いや、安心する基準がおかしい。
「嫁ぎ先は大丈夫なの?」
「父ちゃんのところがこの騒ぎなんだ。帰るって言ったら、向こうから止められるよ」
「理解ある旦那だねェ」
「そうじゃなきゃ、あたいと暮らせると思う?」
妙に納得した。
姉ちゃんは横になるとすぐ目を閉じたが、眠っていたかどうかは分からない。
アタイも朴刀の柄が手を伸ばせば届くところにあるのを何度も確かめた。
前世では、寝室に置く防犯用品なんてせいぜい警報器くらいだった。
今は朴刀だ。
転生先によって防犯意識の方向性が違いすぎるよォ。
朝になって裏へ出ると、五人は壁際に並べられていた。
昨日まで男だったものが、今は動かない。
父ちゃんの首を取ると言った男も、アタイの髪へ手を伸ばした男も、張青の喉へ短刀を向けた男もいて、顔を見ればどれがどれだか分かった。
アタイが倒した二人もいる。
父ちゃんは五人の前にしゃがみ込み、懐から出した物を地面へ並べていた。
銭や火打ち石、乾いた餅、小さな刃物、それから黒い布と、牙のような印が焼かれた木札。
張青は少し離れたところで短刀をまとめている。
頬の腫れは昨日よりひどかった。
「顔、大きくなったねェ?」
「元からだ」
「昨日より横に広いよォ」
「二娘お嬢に言われたくねぇ」
「アタイは小顔だからねェ」
張青が口元を押さえた。
笑うと傷が痛むらしい。
姉ちゃんまで吹き出す。
「張青、朝から負けてるじゃないか」
「大娘お嬢まで乗るなよ」
足元には五人の死体があるのに、アタイたちはいつものように軽口を叩いていた。
笑ってはいけない場面なのかもしれないが、誰がそう決めるのだろう。
こいつらは父ちゃんを殺しに来て、張青へ刃を向け、アタイと姉ちゃんにも短刀を振った。
生きていた時は怖かったのに、死んだ今はただ静かだった。
父ちゃんが木札を持ち上げる。
「黒松寨の印だ」
黒く焼かれた表面に、牙のような線が刻まれている。
「全員、持ってたのかい?」
「三人だけだ。残り二人は銭で雇われたんだろうよ」
昨日は五人とも同じ敵に見えたのに、死んだ後で違いが出てくる。
黒松寨の者と、銭で雇われただけの者。
生きている間は一緒に刃を抜いたのに、死ねば持ち物から分けられる。
カテゴリー化。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
人間は複雑な相手をそのまま扱うより、何かの枠へ入れた方が楽になる。
昨日は敵で、捕らえた後は襲撃者だった。
朝になれば死体になり、その次が何なのかは、もう分かっている。
父ちゃんが立ち上がった。
「大娘、二娘。着物を剥げ」
姉ちゃんは「はいよ」と返事をすると、ためらいなく一番近い男の前へしゃがんだ。
アタイだけ、一拍遅れた。
「全部?」
「使えるものは残す」
姉ちゃんが帯を解きながら言う。
「二娘、そっちの上着は破れてない。こっちへ置きな」
「姉ちゃん、何で死体の着物まで在庫みたいに仕分けてんの?」
「使えるものを捨てる方がもったいないだろ」
本当にいつもの在庫確認みたいな顔をしている。
昨日、人を戸へ叩きつけていた時とも、普段、米甕を覗いている時とも大して変わらない。
この姉ちゃん、やっぱり父ちゃんより店主適性あるんじゃないか?
アタイは端の男の前へしゃがんだ。
昨日、髪へ手を伸ばしてきた男だ。
頬の横には、アタイが朴刀の刃を床へ落とした時についた傷が残っている。
紐を解き、上着を脱がせる。
死体は重かった。
生きている人間なら、腕を上げろとか身体を起こせとか言えるけれど、何も手伝ってはくれない。
肩を持ち上げて袖を抜こうとすると、妙なところで引っかかった。
張青が近づく。
「二娘お嬢、持つぞ」
父ちゃんが止めた。
「やらせろ」
「一人じゃ重いだろ」
「昨日、倒したのは二娘だ」
倒したなら、その後までやれ。
そういう意味に聞こえた。
姉ちゃんは何も言わなかった。
ただ、自分の分を片づけた後、アタイの手元を見ている。
助けない。
でも、見ている。
アタイは男の肩をもう一度持ち上げると、昨日より自分の腕へ力が入るのが分かった。
重いことは重い。
それでも身体のどこへ力を入れれば持ち上がるのか、もう分かっていた。
上着が抜けた。
「できるじゃないか」
姉ちゃんが言う。
「褒めるところなの、それ?」
「できたことは褒めるよ」
「教育方針が怖いんだよォ」
着物を畳み、使えるものと汚れたものへ分ける。
帯の裏から銭が出た。
草鞋の中には、薄い鉄片まで隠してある。
「足の裏まで見る必要あるのかねェ」
「次から見ろ」
父ちゃんが言った。
次がある前提だ。
前なら、その一言だけで胃が沈んだと思う。
今日は違った。
「はいよォ」
返事をして、次の男へ手を伸ばす。
一人目より早かった。
三人目になる頃には、どの紐から緩めれば身体を大きく動かさずに済むか分かっていた。
そこで手が止まった。
心理学っぽい名前なら、学習だの反復だの効率化だの、いくらでもつけられる。
でも、もっと短くて嫌な言葉で足りた。
慣れた。
父ちゃんが五人の顔へ布を掛ける。
「何で隠すの?」
「見てると手が遅れる」
「父ちゃんも?」
父ちゃんは少しだけ間を置いた。
「昔はな」
昔。
父ちゃんにも、手が止まった頃があったらしい。
それを想像しようとしたけれど、今の父ちゃんしか知らないアタイにはうまくできなかった。
姉ちゃんは布の掛かった顔を一度見てから、何でもないように立ち上がった。
「運ぶよ。張青、脚持ちな」
「大娘お嬢、俺は怪我人なんだが?」
「口が動くなら平気だろ」
「この家の女、怪我人に厳しすぎねぇか?」
「誰がこの家の女だよォ。姉ちゃんは嫁いでるだろ」
「そこか?」
結局、張青が脚を持ち、アタイが肩を持った。
姉ちゃんは別の男を父ちゃんと運ぶ。
父ちゃんはほとんど一人で重さを受けていたが、姉ちゃんも平然と歩調を合わせている。
「二娘お嬢、そっち上げろ」
「上げてるよォ」
「下が擦ってる」
「そっちが低いんだろ」
「俺は怪我人だ!」
「昨日、アタイらより弱いって分かったからって、急に弱者ぶるんじゃないよォ」
張青が黙った。
少し言いすぎたかと思ったら、すぐに返ってくる。
「否定できねぇのが腹立つ」
「強くなりなァ」
「お嬢たちが強すぎるんだよ」
その言葉に、胸がほんの少し浮いた。
昨日まで、自分が戦えることすら知らなかった。
今日はもう、他人から強いと言われている。
嬉しいと思った。
五人の死体を運んでいる途中なのに。
感情って、本当に空気を読まない。
作業場へ運び終えると、姉ちゃんが縄や着物をまとめ、父ちゃんが道具を並べた。
アタイは湯を運び、張青は汚れた布や桶を外へ回す。
誰が細かく指示したわけでもないのに、自然と手が空いている場所へ人が入っていく。
少しして、父ちゃんが作業を始めた。
昨日まで人間だった形が、少しずつ消えていく。
顔を隠し、着物を外して作業場へ運ぶたびに、呼び方まで変わっていった。
脱人間化に近いのかもしれない。
相手を自分と同じ人間として意識し続けなければ、扱いやすくなる。
でも、アタイは顔を知っている。
声も聞いた。
一人は小娘と叫び、一人は髪を掴もうとした。
知らない相手じゃない。
それなのに、桶の中を見て最初に考えたのは、誰だったかではなかった。
五人分は多い。
そのことだった。
「父ちゃん」
「何だ」
「これ、どうするの?」
「分ける」
「全部、店で使うのかい」
「日持ちするものは干す。残りは近くへ回す」
近くへ回す。
昨日知ったばかりの父ちゃんの縄張りへ。
宿や酒場、それとも他の手下のところへ行くのかもしれない。
姉ちゃんが桶を覗いた。
「この量なら、店だけじゃ無理だね」
「姉ちゃんまで普通に量で判断するなァ!」
「腐らせる方がまずいだろ」
「正論みたいに言うな!」
笑えない。
でも、五人分は本当に多かった。
父ちゃんの縄張りを奪いに来た者たちが、その縄張りの中へ分けられていく。
十字坡は、人だけじゃなく痕跡まで飲み込む。
「黒い布は?」
アタイが聞く。
父ちゃんは地面へ置いた布を見る。
「四枚は返す」
「誰に?」
「持たせる奴が来る」
「一枚は?」
「明日、集める連中に見せる」
姉ちゃんが顔を上げた。
「全員呼ぶの?」
「ああ」
昨日まで、アタイは父ちゃんが街道の元締めだと知らなかった。
今日は、その元締めが敵の持ち物を警告へ変え、死体まで縄張りの中で処理しているところを見ている。
父ちゃんが包丁を置いた。
「二娘」
「何さ」
「こっちを頼む」
渡された包丁を受け取る。
誰の肉か分からない状態じゃない。
昨日、目を見て、声を聞いて、自分で倒した相手だ。
それでも、手は震えなかった。
「前と同じでいい?」
「ああ」
刃を入れる。
肉が離れる。
厚さを見て筋を確かめ、桶へ入れた時に偏らないよう並べる。
前は、それができる自分を怖がった。
今も気持ちのいい作業ではない。
でも、手を止めたいとは思わなかった。
こいつらは父ちゃんを殺しに来た。
だから何をしてもいい、とは思わない。
ただ、もう戻らない。
戻らないものなら、十字坡では使う。
そんな考え方が、もう頭の中にあった。
「二娘お嬢」
張青が入口から呼んだ。
「何さ」
「外に渡しの周が来た」
父ちゃんが手を止める。
「入れろ」
張青が戻っていき、父ちゃんも黒い布をまとめて立ち上がった。
「二娘、残りを頼む」
前なら、父ちゃんが戻るまで待ったかもしれない。
今日は違った。
「はいよォ」
返事をして、次へ刃を入れる。
姉ちゃんは隣で干す分を分けている。
「二娘、それ少し厚い」
「分かってるよォ」
「火の通り変わるよ」
「だから分かってるって!」
言い返しながら切り直す。
そこで気づいた。
父ちゃんがいないのに、作業は止まっていない。
アタイが切り、姉ちゃんが分け、張青が外を見る。
その間に父ちゃんは別の相手と話している。
店を閉めているのに、十字坡は昨日よりずっと大きなものとして動いていた。
夕方までに、五人はいなくなった。
残ったのは短刀と黒い布、畳まれた着物、それからいつもより重い桶だった。
父ちゃんは四枚の黒布を袋へ入れる。
「明日、人を集める」
「父ちゃんの手下を?」
「全員だ」
姉ちゃんが黙って父ちゃんを見る。
張青も笑わない。
店は明日も開かない。
その夜も、姉ちゃんは帰らなかった。
「布団、昨日と同じでいい?」
「いいよ。朴刀はそっちへ置きな」
「姉ちゃん、すっかり泊まり込みだねェ」
「梁牙が来るかもしれない時に帰れるかい」
二枚の布団を並べ、武器を手の届くところへ置く。
昨日は、それだけで眠れなかった。
今日は不思議なくらい身体が疲れていた。
横になった姉ちゃんが天井を見ながら言う。
「二娘」
「何?」
「明日はもっと人が来るよ」
「敵?」
「味方だよ」
少しだけ安心しかけた。
でも、すぐに思い直す。
父ちゃんの「味方」だ。
昨日まで、その存在すら知らなかった人間たち。
アタイは枕元の朴刀へ手を伸ばし、柄がそこにあることを確かめた。
昨日まで、父ちゃんの縄張りなんて知らなかった。
今日、その縄張りへ回す五人分を姉ちゃんと一緒に仕分けた。
そして明日は――
その縄張りの人間たちが、十字坡へ集まってくる。
孫大娘と孫二娘、二人合わせて孫姉妹で〜す!
「姉ちゃん、死体の着物まで在庫みたいに分けるのやめない?」
「使えるものは使う。商売の基本だよ」
「商売の範囲がおかしい!」
しかも父ちゃんが途中で抜けても、アタイが切って、姉ちゃんが分けて、張青が外を見れば普通に作業が回る。
「十字坡も人手が増えたねぇ」
「成長を喜ぶ場面じゃない!」
そのうえ明日は、父ちゃんの手下が全員集まるらしい。
「味方なんだから安心しな」
「昨日まで存在すら知らなかったんだけどォ?」
……アタイ、父ちゃんのこと何割くらい知ってるんだろうねェ?




