第二十六節 2023/9/3 ホーム 対京都サンガ 2対1
「病気になって変わった部分があるんだ」
御崎公園駅で待ち合わせ、この1週間でまとめた考えを唐突に話し出す。
「変わったこと?」
「そう、変わったこと」
少し躊躇してから、喋り出す。
「僕は病気になるまで、社会のレールから外れた人たちを見下していたんだ」
「それが病気になって、変わった」
「世の中には、どうしようも出来ない事があるんだってわかる様になった」
「それで、楠のことを思い始めたんだ」
「病気になるまで、僕はどこかで楠のことを、敗北者として見下していたのかもしれない」
「でも自分で手首を切って、一線を超えて楠の思いを感じ取った。こんなにも恐ろしい思いをしたんだって。それでも、その思いを乗り越えてしまったんだって」
「小林さんを止めたのも、僕の中に『死にたい』という思いがあって、共鳴してしまったからだと思う」
「でも」
「僕は死なない」
「誰かが悲しむからとかじゃない」
「小林さんと同じで理由はない」
「僕は死なない」
「理屈じゃないんだ」
「人は自殺してはいけないと言う本能に僕は従う」
「僕は理性の人だけどね」
小林さんは、真剣な顔で受け止める。
「本能は自殺を拒否してると、村田さんは言うんですね」
「そうだね。錯乱状態だったけど、覚えてるんだ。手首を切るまでの、凄まじい迷いや罪悪感を。あれは、本能が自殺を拒否してたんだと思う」
小林さんは少し考え、呆れ顔で答える。
「とりあえずは、死なない理由を出した。そして、その答えは、私が言えたことじゃないですが、答えはないということなんですね」
「ないね。ないと言うことがわかった」
「まあいいでしょう」
小林さんがニコリと笑う。
私もニコリと笑いながら、話を変える。
「それはさておき、今日からは負けられない試合が続くね」
「そうですね。声を枯らして、応援しましょう!」
試合は先制点こそ決められたものの2点を取り返し逆転勝ちで首位に立った。
「バモス!ジェアン!パートリッキ!」
「今日は村田さんが、歌うんですね」
「このチャントは僕も好きなんだ」
自分は本能に従う。自分らしくないかもしれないがそれもまたいいだろう。そんなことを思えた夜だった。




