第二十三節 2023/8/12 アウェイ 対川崎フロンターレ 1対0
「また、川崎戦ですね」
「そうだね」
「ところで村田さん、宿題のことは覚えてますか?」
「もちろんだよ。僕は生きる理由を、小林さんは死にたい理由を探す」
「答え出ました」
私はヒヤリとする。もしどうしようもないような、止められない理由ならばと悪い考えが横切る。
「出さないことにしました」
「どういうこと?」
「出さないことにしたんです。私はこの『死にたい』を抱えて、生きていくことにしたんです」
少し考えてから答える。
「それはとても辛くないかい」
「辛いです。でも抱える。抱えるしかないんです」
「なんで抱えるしかないの?」
「私、ずっと不思議だったんです。村田さんって、一見、人生に絶望してるのによく話を聞くと前向きに生きてることに」
「前向きかな」
「前向きです。病気で仕事も全部失ったのに、どこか人生に希望を見出してる」
「何でかなって思ったんです」
「最初は、優秀な人だからかなって思いました」
「でも違った」
「村田さんは、部活とか、勉強とか、仕事とか、頑張ってきたものがあると思うんです」
「結果ではなく、その努力を自分で認められてる」
「その努力が村田さんを、前に向かせてるんだって」
「でも私にはその努力がない」
「私が唯一頑張ってきたのは、自分の『死にたい』との戦いだけ」
「それは私にとってコンプレックスでした」
「だって、ただ死にたいって言ってるだけでハタチを超えたんですよ」
「でも、村田さんはその戦いを認めてくれた」
「だから、私は死にたいに具体的な理由を出さないことにしました。出さずにただ戦い続ける」
「具体的な理由を出してしまうと、自分の戦いが何だかちっぽけに思えてしまうから」
死にたい理由を出さない訳は、率直に言って納得がいくものではなかった。
だが、誰にも、そして、音楽にも本にも、何にも頼らず、たった一人で『死にたい』と戦い続けてきた小林さんらしい回答のような気がした。
私はそっと答えを返した。
「いつか具体化できたらいいね」
小林さんは少し考えて、私に言葉の意味を聞きかけてから口を結んだあと、答えた。
「はい!」
試合はフリーキックを大迫が見事に決め、1対0の勝利。首位をキープした。
気分よく帰りの新幹線に乗っていると、珍しくお酒を飲んだ小林さんが絡んでくる。
「ところで私は宿題出したんですが、村田くんはまだですかぁ?」
「ごめんね。まだだよ」
何だか、今日の小林さんは絡み上戸だ。
自分の中のモヤモヤしたものが、晴れたんだろう。
私の宿題にも、ケリをつけないといけない。




