第二十ニ節 2023/8/6 アウェイ 対横浜FC 0対2
「スラムダンク読んだんで、コンビニの人とその話をしてみたんです」
「いいね」
「なんかめっちゃ盛り上がりました。バイトリーダーの人は、木暮が好きって言ってました」
「僕も木暮好きだね。感情移入しちゃうな」
「なんかそうやって盛り上がってると、あぁ自分って普通だなって思ったんです」
「いいじゃない。普通」
「村田さんは、普通っていいと思いますか?」
小林さんが、じぃっと私を見つめる。
「いいと思う。僕は普通になりたかったからね」
「あんなに、自分が優秀、優秀って言っておいて?」
「あまり自分から言った気はしないけどね・・・まあそこは横に置いておこう。僕が思う普通になるには優秀じゃないといけなかったんだよ」
「僕が思う普通」
「そう。僕が思う普通。いい大学にいって、いい会社に入って、出世するという普通」
「それって普通ですか?私からすると、とてつもなく難易度が高い様に思えるんですが」
「だから、僕が思う普通さ。普通は人の数だけ存在する」
小林さんが少し考え答える。
「なんか、当たり前のような気がするんですけど・・・」
「でも、小林さんが自分を普通だと思ってくれたことが嬉しい。小林さんは自分を普通の人間だと、並の人間だと認められたことが」
「確かにそういう意味で、普通はいいかもしれませんね・・・ところで村田さん、今、村田さんは普通の人ですか?」
不意をつかれた。
私は、さっきまで普通の良さを語っておきながら、自分を普通だと思えていなかった。
「まだ新しい普通が見つかっていないね」
とりあえず、そう答えた。
「新しい普通ですか」
小林さんが、続けて喋る。
「村田さんはもうちょっと何かを拒否した方がいいような気がします」
「どう言うこと?」
「なんでもかんでも、受け入れすぎな気がします。病気のことも、なんかどっか他人事なんですよね。村田さんに必要なのは、新しい普通を探すことじゃなくって、自分を異端だと認めることな気がします」
「自分を異端だと認める」
「そう。時には、自分を憐れんでもいいと思います」
「なるほど」
確かに、私は自分を憐れんでこなかった。
そんなこと自分のプライドが、許さなかった。
でも、おそらく統合失調症になったら、自分を憐れむのが普通かもしれない。いや、普通になろうとする必要もない。
「別に異端でもいいんですよ。生きていければ」
小林さんの、『生きていければ』という言葉に、小林さんへの期待と自分の行く道が切り開かれる感覚がある。
確かに私は、これまで普通になろうとしてきた。
でも、異端でもいいんだ。私の普通から最も遠い位置にいる小林さんの言葉は、何だか私に勇気をくれた。
「あっ、村田さん、チャントが始まりますよ」
試合は優勝争いの中で痛い1敗となった。
試合結果とは裏腹に、私の心は晴れ晴れとしていた。
普通じゃなくていい。
まだ、生きていく理由が見つからなくとも、なんとかなる気がした。
「今日の村田さんは、いい顔をしてますね」
「そうだね。小林さんのおかげだよ」
「それはどういたしまして。あと、またでいいんで、おすすめのマンガとか音楽とか教えてください」
「そうだね。考えておくよ」
小林さんも、生きることに興味を持ち出している。
今まで、帰り道はどこか暗い気持ちがあった。だが、今日は試合は負けたが清々しい気持ちで帰ることができた。




