第二十節 2023/7/7 アウェイ 対アルビレックス新潟 1対0
「着いたねー新潟。小林さんからすると雪国仲間だね」
「そうですね」
ふと、少し踏み込んで、小林さんのバックボーンについて尋ねてみる。
「小林さんって一人っ子?」
「そうです」
「両親とは仲良いの?」
「答えるのが難しいですね。腫れ物のように扱われてます」
両親から腫れ物か。それはしんどいと思う。
「村田さんは、兄弟はいるんですか?」
「姉が一人ね」
「関係はどうなんですか?」
「普通だね。統合失調症になった時はショック受けてたみたいだけど、普段はコミュニケーション取れることで安心しているみたい」
「両親とはどんな感じですか?」
「姉と同じ感じかな。取り立てて怒られることも褒められることもなかった感じ。小林さんは怒られてた?褒められてた?」
「どちらもなかったです。あっ、ネグレクトってわけじゃないですよ。ただ、私が何も取り柄がないし、かと言って問題児でもなかったんで・・・」
「で、生きる意味を考え始めたんだ」
「はい」
多分、普通のご両親なんだと思う。だからこそ、小林さんの抱える深い悩みに付き合うこともできないのだと思う。
ならば、私は付き合えているのか?
不安になり尋ねてみる。
「僕は小林さんの悩みに付き合えているのかな」
「付き合えてますよ!というかこんなに深く付き合ってもらえたことないです」
小林さんの言葉に安心する。
まだチャンスはある。そう思えた。
「実家には帰らないの?」
「もう、帰ることはないと思います。会話もないですし」
「入院した時両親は来なかったの?」
「来ました。泣かれました。でもそれだけでした」
『それだけでした』という言葉の端に、両親への期待をうっすら感じる。
両親が、小林さんの求める答えを、持っているのではないかと。
でも、多分両親は深入りするのを、恐れてるんだろうと思う。
気持ちはわかる。
はっきり言って、小林さんは重い。
でも、この旅の中で21歳の明るい女性であることが、わかってきた。
だが、希死念慮があると言うことは、明るさ全てを覆い隠すほどの重さがある。
『死にたいがなくならないんです』
改めて、この前の言葉を考えてみる。
おそらく、小林さんは生きようとしているのだと思う。それは間違いない。
それでも、ふと訪れる『死にたい』に、絶望してるんだと思う。
私も高校時代、死にたかった。でも、卒業すればという思いがあった。ゴールがあった。だから乗り切れた。
同時に、じっとリストカットの痕の残る左手首を見る。
私にも、きっとまだ『死にたい』があるんだろう。
でも、本当に死にたいんだろうか?
手首を切ったところで、死ねるはずないではないか。
そんなことを考えてると、小林さんから声がかかる。
「村田さん。私を置いて、自分の世界に入らないでください」
試合は前半早々の大迫のゴールで、なんとか逃げ切った。
「何だか最近、汰木より大迫の方がかっこよく見えてきました」
「小林さんもスポーツファンらしくなってきたね。今日は汰木も良かったと思うけど」
「それにしても、あのアイシテルニイガタってチャントいいですね」
「あれはいいね」
そんなことを喋りながら、家路につく。
『死にたいがなくならない』この言葉の意味を深く深く考えながら。




