第十九節 2023/7/1 ホーム 対コンサドーレ札幌 1対1
御崎公園駅で小林さんを待っていると、声をかけられる。
「むらっちやん。ウェーイ」
そこには長年の友達、岩田がいた。
「おぉーがんちゃんやん。ウェイウェーイ」
意味のない声をだしながら、手を合わせる。
「今日はどないしたん?」
私が尋ねる。
「イニエスタの最後見に来てん」
ミーハーな岩田らしいと苦笑する。
「むらっちは?」
「今年はヴィッセル神戸追っかけてんねん」
「あぁー今年は強いもんな」
そんな単純な理屈じゃないと、心の中で叫ぶ。
「そんなことより、さっさと結婚しぃや。もう、俺らの周りで結婚してへんの、むらっちくらいやで」
もはや、直球のストレート過ぎて傷つきもしない言葉に、軽口を返す。
「俺、面食いやからしゃあないねん」
「はっはっは。そら、しゃあないわ。適当な所でてぇ打ちや。ほな、奥さんと子供待たせてるから先行くわ。またメシ行こや」
岩田と別れたところで、背後に小林さんの気配を感じる。
「村田さんって、友達の前だとあんな感じなんですね」
「どれくらいから見てたの?」
「『今年は強いもんな』のあたりくらいから」
「かなり見てたね」
「どっちが、本当の村田さんなんですか?」
「どっちもだよ。大人になると色んな顔を持つだけのことだよ」
少し、じっと私の顔を見てから、小林さんが言葉を続ける。
「そういうもんですか。ところで、今日はイニエスタ出るんですかね」
「出るだろうね。神戸でのラストマッチだ」
「今シーズンから応援を始めた、私にはよく分からないんですが、ヴィッセルファンの人ってイニエスタ好きですよね」
「そうだね」
「でも、年棒かなり高い割に優勝できてないじゃないですか。おまけにチームが好調な今シーズンは、ほとんど試合に出てない」
「でも、今のチームはイニエスタのおかげでできたチームだからね」
「そうなんですか?」
「そう。イニエスタと一緒にプレイしてみたいって言って元日本代表が集結した。それまでヴィッセルはそのクラスの人にはオファーを出しても無視されてばっかりだったんだ」
「へえー」
「だから、ヴィッセルサポはイニエスタに感謝してるんだ」
「私も、何か人を惹きつけるような魅力があればなぁ」
小林さんが小声で呟く。
「小林さんは今までどんな人と接してきたの?」
「家族と病院の人たちと、村田さんくらいですね。バイト先のコンビニの人たちとは、距離をとってます」
「人と接することは大事だと思う」
「コミュニケーション能力を鍛えろってことですか?」
「違う。人と接することでしか自分の形は見えてこないんだよ」
「どう言うことですか?」
「人は一人でいたって唯の一体のホモサピエンスに過ぎない。でも、人と接し、自分と違う部分を確認する。そうすることで、個性が確認できるんだ」
「個性を確認してどうするんですか?自分が劣っていることを再確認しても辛いだけじゃないですか」
「これは、小林さんにではなく、今の僕に言い聞かせてるんだけどね」
少し間を置いてから言い切った。
「劣っている人間なんていないよ」
言葉を続ける。
「今まで僕は人を優劣で判断してきた。劣っているとみなした人間を、見下してきた。そんな僕の負け惜しみかもしれない」
言葉が止まらない。
「でも、病気になって分かったんだ。皆、大したことないんだって。目の前の課題を、一生懸命クリアしようとしてるだけなんだって。その中で小林さんは、なぜ生きるのかっていう、人間の究極の課題に挑戦してきたんだ」
最後に言葉をまとめる。
「そんな小林さんが、劣ってるわけがないんだ。だから、人と接してほしい。接して、いろんな人の考えを、受け入れてほしい。自分の個性を磨いてほしい」
心の奥底で楠を思う心が、チクリとする。
人と接することで、深く傷ついた私の心。
それでも、小林さんにこの言葉をかけたかった。
小林さんは考え込み、回答はなかった。
試合は終了直前のトゥーレルのゴールで追いつきドロー決着だった。
「いやぁ、あのコレオすごかったね」
「凄かったですね!やっぱりイニエスタって愛されてるんですね」
「そうだね」
小林さんが、少しだけ言葉を選びながら喋る。
「試合前に言われたことですが、私も、少し人と接して見ようかと思います」
「それはいいね!」
「まずは、バイト先の人たちと。でも、あの人たちが私の望む答えを持っているとは思わないんですけど」
「小林さんの欲しがる答えなんか誰も持っちゃいないよ」
「村田さんもですか?」
「出そうとは思うけどね。出ないことも理解している」
小林さんが食いつくように聞いてくる。
「出ない答えを出そうとして意味があるんですか?」
「あるよ」
「なんでですか?」
「人を思うこと、そのものに意味があるんだよ」
小林さんが少し考えてからにやりと笑う。
「村田さん、その言葉くさいですよ」
「もっとくさいこと言ってきたと思うけど」
「自覚あったんですね」
「『死にたい』って言ってる子を止めるのに言葉は選べないよ」
「私も、少しずつ『死にたい』ことの重さを、自覚してきています」
小林さんが一息に言葉を吐く
「それでも、なくならないんだから困ったもんです」




