第十節 2023/4/29 ホーム 対湘南ベルマーレ 2対0
この日、小林さんが現れるか不安だった。
この前は、死んで欲しくないという私の思いをそのまま伝えてしまった。小林さんとの間にあったバランスが、崩れてしまったかもしれないと思った。
だが、小林さんはいつものように、御崎公園駅のホームで待っていた。
「今日は来ないかと思ったよ」
「一瞬それも考えました。でも、私、何かをやり切った事ってないんです。だから、この旅をやりきってみようと思って。村田さんって、やり切ったことってありますか?」
「部活かな」
「部活かぁ。村田さんは何部でしたっけ」
「陸上部の長距離だよ。駅伝が中心だね」
「速かったんですか?」
「それなりには速かったよ。神戸市の大会で優勝したりしたし高校にはスポーツ推薦ですすんだしね。高校時代も結果が出なくて辛かったけど最後までやり切った」
「それって凄いんじゃないですか?」
「割と凄いね」
「自分で言っちゃうんだ」
小林さんがクスリと笑う。
「村田さんって、出来ない人の気持ちが、わからなそう」
どう答えるべきか少し考える。どのレベルの出来ないかにもよるが、正直分からない。
幼い頃から、何をしても小器用にこなしていた。
答えに窮しているうちに、小林さんが答える。
「いいんですよ。分からなくて。でも、それが分からないと、村田さんには私の気持ちが分からない」
「小林さんは『出来ない』人なの?」
「はい。出来損ないです」
私に出来損ないの気持ちは、分からないかもしれない。だが、一つの事実がある。
「僕は無職で精神疾患持ちだよ。言い方は悪いけどある種、究極の出来損ないだと思うけど」
言ってから、失敗したことに気づく。気づきを追撃するように、小林さんが答える。
「今は、村田さんは、もしかしたら出来損ないかもしれない。でも、学生時代は違うかったでしょう。そういうことなんです」
勉強やスポーツができることなど、人生においては些細なことである。
だが、それはできる側にしかわからない気持ちである。
成功体験などという簡単な言葉で、片付けるわけにはいかない。
私と、小林さんの、間に流れる深い谷の存在に気づく。
「だから、私やりきってみたいんです。この旅を。たとえ、人のお金だとしても」
人生に絶望し切っているわけではないことを示すような、『やりきりたい』という小林さんの言葉に希望を見出す。
「そうだね。やりきってみよう」
生に向かっていることを、小林さん自身が気付くことが必要ではないかと考え、とりあえずはそう答えるにとどめた。
試合は往年の中村俊輔を思わせる初瀬の美しいフリーキックと山口のゴールで快勝した。
小林さんは少し興奮気味だった。
「あのフリーキックすごかったですね!」
「なかなかみられないフリーキックだったね」
初瀬のフリーキックは、いろんなものを蹴飛ばしてくれた。
いいものを見れた。そんな思いを抱きながら帰ることが出来た。




