第九節 2023/4/22 ホーム 対横浜F・マリノス 2対3
いつものように、御崎公園駅で待ち合わせると、小林さんから気遣われる。
「村田さん、大丈夫ですか?顔色悪いですよ」
「今日は体調が少し悪くてね。頭痛もあって辛いんだ。でも、今日の試合は外せないから」
正直に答える。出来ることなら、横になって寝ていたい。
「大事な試合ですもんね」
「そうだね。前半戦の山場だ」
座席に着き、情けないが、少しサボり気味にチャントを歌う。
だが、それでも耐えきれず、座席に座って応援することにする。
『ゴール裏で座るなよ』という、周囲からの無言の圧を感じるが、仕方ない。
すると、小林さんも座ってくれる。
「小林さんは立って応援してていいんだよ」
「いいんです。今日はゆっくりのんびり、試合観戦します」
座ってみるゴール裏からの試合は、立っている人や大フラッグに阻まれ、あまり見えなかった。
試合は2点を先制したものの3点を取られ逆転負けを喫した。
「今日は残念でしたね」
「本当にそうだね。最初は余裕で勝てるのかと思ったんだけど・・・。つまづいちゃったね」
「村田さんは人生につまづいた時、どんなことを考えてたんですか?死にたくなかったんですか?」
「どういうこと?」
「統合失調症を発症した時ですよ。死にたくなりませんでした?」
「ならなかったね。というか・・・気が楽になったよ」
「どういうことですか?」
「もう人生を頑張らなくてもいいと思ったんだ。僕はここまで人生を頑張ってきた。仕事が生き甲斐だった。でも本当はもう頑張りたくなかったんだ。のんびり暮らしたかった。仕事を辞めなくちゃいけない程悪化するとは思ってなかった、というのもあるけど、精神に障害を負ったということで頑張らない理由ができたと思ったんだ」
「頑張らない理由」
「そう。頑張らない理由。僕は何か理由がないと頑張らないということができなくなっていたんだ」
「そんな村田さんにとって、頑張らずに生きる人生は、意味があるんですか?」
「今、意味を見出してるよ」
「なんですか?」
「一人の女の子を救えるかもしれない」
小林さんは少し言葉にならない言葉を宙に浮かせてから言った。
「じゃあ、私が死ぬ時、一緒に死んでくれますか?」
「それは出来ない」
私は即答する。
「自殺だけはしないと決めてるんだ」
小林さんが問いかける。
「たとえ意味なく生きてるだけでも?」
「意味なく生きてるだけでも」
小林さんが少しため息を漏らし、言った。
「村田さんと私とでは随分、価値観が違うと思います」
「違うと思うね。だから、僕は小林さんに生きてほしいんだ」
「そこにどんな意味があるんですか」
「意味なんかないさ。僕はもう周りの人に自殺してほしくないだけさ」
「『もう』?」
喋りすぎたと思った。でも、声に出した以上は仕方ない。
「そこはまた、今度話そう。率直に言って僕はこの旅で小林さんが思いを変えてくれる事を祈ってるんだ。だからまだ旅を終わらせたくない」
「もし変わらなかったら?」
「分からない」
小林さんが吹き出す。
「村田さんって、本当にいい人ですね」
「違うよ。自分の利益のために動いてるだけだ」
「いい人ですよ。まあいいです。気持ちが変わるかは分からないけど、旅を続けましょう」
「そうだね。気持ちを変えてくれることを祈って」




