第伍拾弐話 双機
「曹操殿、か」
劉備の口からため息が出た。
鈴自身も突如響いた曹操の声に奮い立つような身震いをしたが、同時に劉備の声色に助けてもらった以上の色を感じて複雑な気持ちになる。
「私もいます!」
だから自然と反発するように曹操に訴えかける物言いになる。
『ふふ、そうだったな。生きていてくれて嬉しいぞ、2人とも』
「曹操殿、相手の追撃が来る前に一度距離を」
『ああ、そうだな。動けるか、諸葛……亮と言ったな?』
「……あ、はい」
急に兄の名を呼ばれて鈴は困惑する。けどそう名乗ったのは自分だ。だから一拍遅れて反応が出て、自分のすべきことだと理解する。
鈴は蒼武を操り、曹操が先導する方向へと機体を動かした。
そこは敵を見据えながらも、射程距離にならないギリギリの場所。少し起伏のある場所に2機は並んで立つ。もちろん、あの巨大砲台は届くだろうが、砲台がこちらに向くのを待ってから動いてもこの距離なら間に合うはずだ。
「あの大砲、連射はないようですのでここなら」
劉備が曹操に伝える。
『うむ。だが相手を放ってもおけない。惇や曹仁の方に行かれても困る』
「同感です。ですが武器が」
『失策だったな。味方の勢力圏だからと油断した』
「そのような。一応、こちらには一対の剣がありますが、近づかなければ意味はありません」
『ああ。あの(曹洪)子廉の腕を切り落とした小刀だな。ふむ。こちらはさすがにアレを倒すほどの火力はない。勝るのは機動力だな』
「あの弾幕に対して、ですか」
『回避だけに集中すればなんとか、な。だがそれでは攻撃できん』
鈴の頭上で交わされる劉備と曹操の会話。鈴にはチンプンカンプンで、遠いことのように思えた。そもそもがまともに教育を受けてこなかった。兄たちの稼ぎでは何とか日ごとの食費が賄えるギリギリで、1つ上の兄(諸葛均)と共に畑仕事や山菜取りばかりしてきたから、机を並べて何かを学ぶということはしてこなかった。
楼桑里に来てから、時々、今は亡き兄・諸葛亮から最低限の読み書きと計算だけは習ったが、こと軍学においてはこの1,2カ月の現場が全てだった。
『ふむ……では軍師殿に意見を聞こうか』
「…………」
『軍師殿?』
「鈴」
「ふぇ、あ、え、わた、私!?」
急に呼びかけられて、むしろ急に軍師呼ばわりされてしどろもどろの返信になってしまった。
『ふっ、やはり軍師というのは嘘か』
曹操のそのつぶやきに鈴は全身の血が凍るようだった。身分を偽り、騙していたのだ。叩きだされるだけならまだいい。最悪殺されても文句は出ない。そしてもしそうなったら、劉備たちを巻き込むことになる。それが鈴には耐えられなかった。
「曹将軍、これは――」
『いや、いい。軍師だろうとなかろうと。諸葛亮、お前は敵の兵糧基地を暴く鋭い勘がある。そしてその蒼武を動かす操縦技術も。やはり龍綬を持つ者だな』
「龍綬……?」
『その話は後だ。とにかくあの敵をどうにかしないことには、我々は全滅するしかない』
「全滅……」
「鈴、無理しなくていいぞ。あいつは俺と曹将軍がやる」
『そうだな、龍綬の力には期待したいところだが、ここで無理に死ぬこともない』
劉備、そして曹操の声が優しい。けどそれは甘えなのでは。そう思えてしまう。この状況。まったく彼女たちに優しくない。けれどそれが現実。この数か月の戦いで彼女は戦場というものを知った。そして悲劇を生む世界であることも知った。
これまで彼女は守られていた。兄たちに、劉備たちに、楼桑里の人たちに、そして今、曹操にも。それがどれだけ恵まれていたことか。鈴は次第にそれに気づき始めていた。そしてそれを今、はっきりと認識した。
いつまでもおんぶされた環境。それは心地よい反面、心にくすぶるものがあると酷く居心地に違和感が出てくる。せめて何かの役に立ちたい。その願いが彼女の頭を高速で回転させる。かといって知識はない。ただ思いついたことを、頭に浮かんだことを漠然とつぶやくだけだ。
「……あの敵」
「鈴?」
「あの敵。後ろはどうなんです?」
『後ろ……そうか、いかに火力が強くても背後まで厚いとは限らない。そこを突けば――』
「しかしあの左右には林が。歩兵ならまだしも、蒼武で行くには難しいでしょう」
『ひどく大回りすることになるか、それとも林を突っ切るかだな。だがそれは時間と危険性がある』
「なら、飛びます」
『「え?」』
鈴の口から出た言葉に、劉備と曹操が呆気にとられた反応をする。
「あの敵を飛び越えて、そのまま後ろに出ます。蒼武って飛ばないんですよね。だから上にも砲台はないでしょうし。だから行けます」
「…………」
操縦室に静寂がこもる。それはどこか冷ややかなものをはらんでいるようで、鈴としては酷く落ち着かない。
(へ、変なこと言っちゃった、かな?)
『ぷっ、はははははははっ!!』
返って来たのは曹操の笑い声だった。それも嘲笑の類ではなく、心の底から大笑いしている。
『飛び越える、か。なるほどそれはいい! だがやれるかな?』
「や、やります!」
「だが鈴」
「やれるから、劉兄ちゃん。私、やってみせるから!」
「ん、そ、そうか」
気圧されたように劉備が言葉を飲み込む。
対する鈴は、もう吐いた言葉は呑み込めない。
『では私が囮になろう。攻撃を避けるだけならできると大見得を切ってしまった手前。そちらの軍師殿の意見を聞いて、補助に徹しようじゃないか。こちらにも、一応、武器もあるしな』
「すみません、曹将軍」
『謝ることじゃあないよ、玄徳。……うん、そうだな。これから劉備のことは玄徳と呼ぼう、そっちの方がいいだろう?』
「え、あ、はい?」
『代わりに私のことは気軽に孟徳と呼んでくれ。いつまでも曹将軍など堅苦しい言い方はなしだ。そちらの、確か孔明だったか? 男らしい字だが、そちらもそれでいいな?』
「あ……ええ」
何か上機嫌な曹操にそう押し切られた感があるが、鈴としては劉備と呼び捨てにされるのが嫌だったこともあり、曹操の提案を受けるしかなかった。
『では鬼退治と行こうか。まぁ阿修羅ほどには強力ではないだろうがね』




