第伍拾壱話 加速
曹操は烈紅を駆って戦場へと向かっていた。方角は乾(北西)。曹洪と劉備らがいた方角だ。
戦況はある程度分かっている。烈紅に装備された外部計測器により、敵味方の蒼武の位置がある程度はつかめていた。現在二手に別れて交戦中らしい。身元不明機――まだ設定ができていないから測定不能だがおそらく劉備だろう――の1対1、そして曹洪と夏侯惇の2対2の構成。
そして右手に見える平原では敵の大軍を挟撃で食い破る光景が見えた。それだけで曹操は歩兵同士の戦場に見切りをつけた。戦っているのは曹仁、そして関羽、張飛だ。あの素晴らしき兵の運用をした豪傑らが優勢になっている。となれば勝利は近い。
(蒼武の介入さえ防げれば、だ)
いかに優勢でも、そこに蒼武が1機でも入り込めば戦局はガラッと変わる。しかもここは平原。その機動性と破壊力で来られたら、いかな豪傑たちでも踏みつぶされるか撃ち殺されて終わりだ。
だから彼女は急ぐ。蒼武の戦いに介入し、歩兵の方向へは向かわせないように。
夏侯惇らは問題ないだろう。同数での戦いで後れを取るほどやわな鍛え方はしていない。
問題は劉備だ。あちらの力は未知数。少なくとも曹洪を圧倒した力に、曹操は興味を覚えた。
だから向かうのは劉備の方向。
「龍綬が共鳴しているのか。それにあの男、劉備。ふふっ、楽しみだ」
劉備という男。龍綬がないにせよ、その力、その風格。どこか惹かれている自分を感じてもいた。
配下の関羽、張飛らと異なり、身長はあるものの筋肉の量も少なく、豪傑といった雰囲気は感じない。だが彼を目の前にした時に、少なからず圧倒される自分に彼女は気づいていた。
それは他者を自分の物差しで測る彼女にとっては屈辱で、同時に新鮮だった。彼女があるいは、と思っているのはその言動からは他人には分からないだろうが、従兄妹連中を除けば袁紹くらいのものだ。
それがその袁紹の何倍も予測不可能で不可思議で――魅力的だった。
あるいは彼が自分の配下になれば。そう彼女はこの短い間で自分の想いに結論を出していた。彼が欲しいと。
だからそんな劉備を測るためにこの模擬戦を催した。
その結果は彼女を満足させるもので、そしてそれ以上の判断材料が今、ここに起きている。一体、彼はこの危機をどう乗り切るのか。見たい。興味が尽きない。だから彼女は烈紅を急がせる。
少し盛り上がった小高い丘。そこを抜ければ戦場は間近だ。
だが、その刹那だ。
激しい地鳴り、衝撃、そして爆音が蒼武越しにも曹操を襲う。
「くっ、何が……」
急ブレーキをかけて蒼武を停止させた曹操は、咄嗟に計器類を確認する。攻撃を受けたわけではないらしい。だがそれに似たこの激しい振動。何かとんでもないことが起きている。そう感じた彼女は、蒼武を再び走らせた。
そして丘を乗り越えた先に見た光景。
「なんだ、あれは……」
平地の奥。左右に林を持った広大な通路のような場所の中央に何か巨大なものがある。外部映像が即座にそれを拡大し分析する。それはすぐに終わった。
「蒼武なのか。高さ15メートル、全長……30メートルだと!?」
通常の蒼武が12~13メートルという大きさだ。縦ももちろん大きいのだが、それ以上に横の長さが恐ろしく長い。そしてそれは格納庫が大部分を占めているのだが、その屋根から突き出た黒く長細いものを見た時、曹操はゾッと寒気を感じた。
「大砲……だと」
即座に浮かんだのは張角の名だ。蒼漢王朝で蒼武の開発をしていた張角。当然、様々な新兵器の開発も行ったはず。そしてその過程で、理論上は可能だとされていた大砲を実用化した。
その時に曹操が感じたのは、天才蒼武研究者に対する恐怖ではない。
(欲しい……張角、お前も!)
果て無い人材欲求。それが曹操のすべてだった。
すべては彼女の念願成就のため。この腐り切った蒼漢という王朝を立て直すためだ。曹家という名門でありながら、祖父は宦官、養子の父は金で役職を買ったと言われ、さらにその娘の曹操は女のくせにと馬鹿にされる。
そんな外野を黙らせるほどの活躍をしてきたがまだ足りない。圧倒的な力で彼らを黙らせる功績を上げる。
(それが私を育ててくれた祖父や義父に申し訳が立つ!)
それが彼女の原動力のすべてだった。
だが現実が彼女を妄執から冷ました。
敵の巨大蒼武から銃火のきらめきが放たれる。それに対するのは敵に対しては圧倒的小柄な蒼武1機。劉備と諸葛亮だ。素早い動きで敵の雨のような銃撃を回避している。
(やはり動きがいい……だが、決定打に欠けるな)
そもそもが模擬戦仕様。敵を倒す兵装は皆無に等しい。遠距離武器すらない状況で、近づきようもないのだ。仮に準備万全の状態でもあの巨大蒼武を倒すのは一苦労だろうが。
だから彼女は戦況分析もそこそこに丘を降りる。
「ふふふ、別にあの男に会うのが楽しみということはないぞ。うん、まったく。このような状況下だから仕方なく、仕方なく助けるのだ。(曹洪)子廉を助けてくれた恩もあるしな。いやいや仕方のない奴だなぁ」
などと、誰に対する弁明か曹操は独り言をしながらもその口元には笑みが浮かんでいる。この光景を、それこそ夏侯惇や荀彧が見れば「ひ、姫が笑ってる!? ついに頭がおかしくなったか!」と騒ぎ立てるだろう。だがそれを彼女本人は気づかない。
それでも間断なく発射される巨大蒼武のハリネズミのような銃撃には辟易とするものがある。それを劉備たちの蒼武は軽々と避けていた。だがその動きが急に鈍る。先ほどの砲撃に恐れを成したのか。だとすればそれは劉備ではない。あちらの少女の方。
「所詮まだ子供か! ふっ、調きょ……いや、教育のし甲斐がある!」
そう毒づく曹操だが、鈴との年齢は4つしか違わない。皇甫嵩などから見ればどちらもまだ所詮子供だ。ただ蒼武の乗りこなし、戦場での気構えという意味では曹操と鈴とでは天と地ほどの差があったことは否めない。
そしてそれが1つの事故を生む。
劉備たちの乗る蒼武が何かにつまづいたのだ。転倒こそしないものの、このギリギリの状況ではそれすらも命取り。現に敵蒼武の構える大砲が劉備たちの蒼武に狙いをつけるのを、曹操はありえないほどの遠目で見た。いや、感じ取った。
「劉備っ!!」
叫び、烈紅を疾走させる。胸に熱を感じた。龍綬、それが龍に認められた者の証。龍の力はそれを宿す者に力を与え、不可能と思われることすらも成し遂げる。
(龍の力よ、我に力を!)
曹操の叫びは身体を通し、蒼武に伝わる。それは単なる加速を超えた超加速だった。
とはいえ何も不思議な力が働いたわけではない。どの蒼武でもこの加速は可能だ。だが普通の蒼武は安全を考慮して制御弁が設けられている。それは操縦者を守る者だが、同時に蒼武自身も守ることになる。
だが曹操のこの烈紅にそれは存在しない。いや、存在はするが意図して無視できるようになっていた。
だから曹操はそれを無視した。
爆発的な加速。それが引き起こす加速重力だが、それを曹操は歯を食いしばって耐える。普通なら体中の骨がバラバラになるほどの衝撃だが、曹操はそれに耐えうる。それが龍綬によるものなのかは不明だが、ともかくそれが劉備と鈴の命を救った。
超高速の烈紅の体当たり。それが劉備たちの祖帝号を弾き飛ばした。いかに外部フレームを外したとはいえ、旧式で大型のためにもともとのフレーム強度は高い。これが並みの蒼武なら、烈紅の体当たりで大破していただろう。
彼らのすぐ後ろを砲弾が擦過していく。そのことに熱した身体が冷えるような思いを抱く曹操だったが、つとめて冷静に、かつ威厳を損なわないように問いかける。
「手助けが必要か、劉備?」




