第伍拾話 砲撃
大砲という兵器が一般に普及するのは、火薬の発達と同時に鉄の発達も大事だった。火薬を爆発させ弾を遠くに飛ばす、それに耐えうる砲台がなければ大砲は1回撃つごとに破裂する。連射ができなければ大砲である必要はない。
蒼武の開発黎明期から、その理論は提唱されて数々の実験が繰り返されていた。基本理論は光弓と同じ。そのための火薬と製鉄技術、もとい鉄に変わる軽量で頑丈な浮羅鋼によって実験は成功していた。
だがそもそも大砲というものを持たせることになったのは、ひとえにこの国の軍事技術の発展に影響する。
この国では各地域にその地区を管理する政庁が設立され、その周囲に人々が暮らす街並みが広がり、さらにその周囲を囲うようにしてそれらを守るための城壁が作られた。
本来ならその城壁だけで十分だった。人も馬も弓も通さない無敵の城塞。それが群雄割拠の春秋時代における常識だった。それが戦国時代に移って、秦が蒼武という兵器を開発して変わった。
これまでの城壁など、飴細工のように、とまではいかないが蒼武であれば十分に突破可能な厚さと強度でしかなかったのだ。漢王朝になって、匈奴も蒼武を使うようになってから防壁の技術も飛躍的に進歩した。1機の蒼武によって城壁が破壊された時代と打って変わって、蒼武がいかに攻撃を加えても崩れない城壁というのが、長い漢王朝の時代で培われてきて、現状、その通りになっている。
だからこそ、現在の城壁を破壊する兵器を開発することこそ、蒼武開発の研究者にとっては夢であり、自分がその最初の栄誉に属するのだと希望を膨らませる。
その結果に行きついたのが、光弓を超える超巨大、超火力、長射程という三拍子の兵器の登場だった。
そしてそれは大砲という名として登場することになるのだが、これがまた皮肉なことに圧倒的に不便過ぎた。今の城壁を崩すためには一撃の火力を最大まで高める必要がある。そしてそれを得るためには、砲身は強大かつ長大になり、蒼武では決して取り扱えないものとなってしまったのだ。
そして蒼武で持ち運びできないのだが、その火力と射程に魅せられた人々は、それを街の防衛のために配備した。城壁ならばその重量と巨大さを支えることができ、持ち運びする必要がないから防衛戦にはぴったり、というのが理由だった。
その皮肉的な主客逆転に挑戦したのは、まさに天才と言われた男だった。そしてその男が今、こうして。大砲という超兵器を蒼武に運用させようとしたのだ。
そして半ばそれは成功していた。
「鈴、全力回避!」
「うぁ、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
鈴の叫び。それに連動するかのように祖帝号が敵に対して直角に移動する。その刹那。これまで2人が聞いたことがないような――あるとすればそれは落雷の数十倍の音量にして振動、それこそ天地が逆さになるほどの爆音が2人を包む。
劉備たちは己の叫びすら聞こえない状況となり、自分が生きているのか死んでいるのか。それすらも不明瞭な混沌とした状況に叩き落された。
「ぐっ……生きて……る?」
2人が自分の生を実感できたのは、砲弾が過ぎ去ってから数秒した後。
「劉兄ちゃん……」
鈴の声が震えている。それは天地が壊れるような爆撃を受けたからではなく、彼女が見ているものが衝撃的すぎたからだ。それは劉備にも伝播する。
彼らが見る方向。それは敵の蒼武と祖帝号を結ぶ直線からわずかにずれた後方。そこにあったのは平原の中にあるわずかな林。
発射された砲弾は爆裂弾のものより大きく、弾速も速かった。さらに炸裂する性能を持っていたのか林にある木々を叩き折るとそこから爆発。地面を大きくえぐりとり、炎が木々を燃やし、僅かなうちに大火災を引き起こしていた。
その光景はこれまで蒼武で戦ってきた2人にとって、自然災害をも引き起こす強大な兵器が自分たちを狙っているという恐怖をありありと想起させる。
(もし直撃を受けたら……いや、あれで皆を狙われたら……)
自分たちが移動しなければあの砲弾が関羽や張飛、兵たちを襲ったはずだ。そして彼らは今、黄巾の兵たちと戦っている最中だろう。逃げる暇もない。当然、黄巾の兵も犠牲になるが、味方を撃つことに躊躇いのないこの敵にとってはどうということもないのだろう。
それを考えるとゾッとする劉備だ。
「鈴、あいつをなんとしてでも仕留める!」
同時にあの蒼武は絶対に破壊しなければならないと使命感を燃やすのも彼だった。
「う、うん!」
『ええい、何故当たらん! 次弾装填! そして死ねぇ!』
区星の叫びと同時、大量の銃弾が劉備たちを襲った。それはこれまでにないほどの密度で発射される。おそらく次の大砲を撃つための時間稼ぎ、そしてそれを当てるため祖帝号の動きを阻害するための弾幕だろう。
「うっ、くっ!」
鈴が苦しそうにうめく。
(くっ、このままだと鈴の負担が……)
蒼武の駆動系を任せているということは、2人が生きるか死ぬかは鈴にすべてがかかっている。引き金は彼女が引く必要はないが、そのために移動、接近、回避、離脱らすべてが鈴任せになっている。
蒼武の重要だが辛い機動力を全て彼女に押し付け、最後の敵を倒すというところのみを劉備が担うというのが彼には耐えられなかった。
「鈴、操縦を変わる! お前は――」
「駄目! これは私が……私がやるから!」
「鈴……」
ここまで強情な鈴の反論は聞いたことがない。
(何か援護を……くそ、光弓があれば……ええい、孔明、俺に力を貸せ!)
そして何を思ったか、劉備は蒼武の制御盤を激しい勢いで叩きだした。それはかつて諸葛亮がやっていた、地形と天候、敵と味方の位置それらを含めて最適な移動を可能にする、情報支援の後方支援だ。
「鈴、進路を艮(北東)に前進! そこから弧を描くように敵から離れ、一気に急制動をかけて敵に向かって直進だ!」
「っ!」
劉備の矢継ぎ早の指示を鈴が的確にこなしていく。いや、劉備の誘導は完ぺきではなく、はじき出した安全地帯も伝達のために声に出していることとそれに反応する鈴の動きで1秒以上の差は起きる。
さらに濃密な弾丸の前に、1秒あればさっきまでの安全地帯は即座に危険地帯へと変わる。
だがそれを未熟ながらも劉備の分析と、鈴の卓越した操縦技術により敵の弾幕の薄い方向へと逃げられる。
その時だ。
祖帝号の脚部が何かにぶつかった。
それは先ほど区星により撃破された敵の蒼武、爆散して飛び散った光弓を掴んだ腕だ。それが足に引っかかった。思わず転倒しそうになるのを、鈴は必死で堪える。
それは一瞬の出来事。だがそれはこの状況において致命的な一瞬。
『くらえ、“天地破滅大筒”……発射ぁ!!』
「しまっ――」
警戒音が鳴る
照準が、砲塔の中心にある黒々とした銃口がピタリと劉備たちの外部映像に映し出されている。そこから噴煙をまき散らして発射される砲弾は、1秒の間もなく劉備たちに到達し、彼らを粉砕するだろう。
そしてその時が来た。
銃口から噴煙が噴き出た。その次の瞬間には劉備たちは死ぬ。己の死を悟った時にはもう遅い。全てが制止したかのような時間が過ぎ、砲弾が2人の体を――
爆発が起きた。
だがそれは彼らの体を粉砕しない。
その後方。わずかに逸れたところで爆発が起きる。それも2回。爆風と砲弾の破片が祖帝号の装甲を叩くが、直撃ならばこれくらいでは済まないものだから2人にとっては幸運だろう。
だが当然、何もしていないのに砲弾が逸れるはずもない。ましてや2つに別れることもない。それが行われるとすれば人力。そしてそれを行ったものを、まずは鈴が発見する。
「ああ……」
「鈴、どうし――」
彼らの前に1つの赤があった。上から下まですべてが赤に染められたそれは、灼熱の炎をまとったかのように見えるし、返り血を浴びたとも見える。
全身を真っ赤に染めた蒼武。それを持つ乗り手を、劉備は1人しか知らない。
『手助けが必要か、劉備?』
曹操の声が響いた。




