肆拾玖 凶星
「天地……?」
「大将軍?」
劉備と鈴が理解不能と反芻する。
それに対して返って来たのは嘲笑を含んだ高圧的な物言いだった。
『貴様、その蒼武! 他にない珍しい形だな! よろしい、この俺様がいただいてやる! さぁ降りろ!』
脈絡もないその要請に劉備はさらに困惑した。降りろと言われて降りる敵がどこにいるのか。本気でそれが叶うと思っているのか。
ただ、その間にも反論する人物がいた。鈴だ。
「ふざけないで! 誰があんたなんかにお兄ちゃんの蒼武を!」
『むっ、女だと? 戦場に女が出るなど……これだから腐敗した漢王朝は倒さなければならないのだ!』
「くっ、お前なんかに漢王朝はやらせない!」
『残念ながら貴様らの死は確実! ふっ、せめてもの情けだ。死ぬ前に貴様、名を名乗れ。その珍しい蒼武の持ち主として俺様の記憶に刻んでやろう!』
劉備は一瞬迷った。迷い、それでもそういった名乗りからは逃げられない。そう感じた。だから言う。
「……漢の景帝が9子、中山靖王劉勝の末裔、劉玄徳だ」
『なに……貴様! 貴様も皇帝ということか!』
「え、あ、いや。そうじゃ……ない、けど?」
「劉兄ちゃん、否定するならはっきりしないと」
「まぁそうだけどな」
鈴の不安も十分に劉備には理解できた。仮に劉備が皇帝だと言われてそれを否定しなければ、それはもう不敬罪になる。いかに皇帝と同じ劉姓とはいえ現在の皇帝とはほぼ他人のようなものだし、皇帝を僭称(勝手に名乗ること)したと言われれば今後の劉備の活動に大きく障りが起きる。
『ふん、皇帝だろうが劉姓だろうが! この張角様より頂いた、最新式蒼武・天上天下俺我独尊で吹き飛ばしてくれるわ!!』
「劉兄ちゃん、来るよ!」
「ちぃ!!」
張角が天公将軍を名乗り、黄巾党の首謀者となっているのにもかかわらず、それより偉そうに聞こえる天地大将軍をの名乗ること。それでいてちゃんと張角に敬称をつけているし、蒼武をもらって指示を受けているという矛盾。
何より蒼武の名前もちぐはぐだ。仏教は遡ること100年ほど前に広まり、今では寺も各地にあって劉備たちにもなじみ深いものになっていたが、その釈迦が放ったとされる天上天下唯我独尊。本来は人間は誰しも天地の間でもただ1つ、唯一の存在だから尊ぶべきという内容だ。それを曲解して、さらに自分のみを強調していることに、この男の自尊心の大きさを感じさせる。
などなど色々とツッコミどころが多すぎるが、劉備はそれらを放棄した。
そんなことを言っていられる状況ではなくなったからだ。
敵の蒼武――天上天下から雨のように銃弾が飛んできた。格納庫から突き出された砲塔から雨あられのように、まさにハリネズミだ。
「わ、わわわ!?」
「り、鈴! 回避だ! 止まるな!」
「わ、分かっ、た!?」
降り注ぐ弾丸1発や2発は当たっても即撃破とはならない。だがそれで足を止めてしまえばその後に降り注ぐ驟雨のような弾丸をくらえばひとたまりもない。
それほどの激しい弾幕だが、それは1つの悲劇を生む。
『だ、大将軍!? うわぁぁぁぁ!』
「あいつ、味方を!?」
劉備たちと対していた1機の敵蒼武が、味方であるはずの区星の射撃の犠牲となった。間断なく降り注ぐ弾に撃ち抜かれる様は、まるで踊っているように見える。
だがそれも数秒のことで、激しい大爆発を起こした。おそらく燃料に引火したのだろう。脇腹の部分が小爆発を起こすと、連鎖的に爆発を引き起こし最終的には蒼武をまるまる覆う火球となって四散したのだ。搭乗者は即死だろう。
その光景を見た劉備に言葉はない。敵である自分たちを銃撃するのはいい、いや、良くはないが理解はできる。だが共に戦っていた味方も巻き込んで攻撃を加えるなんて正気の沙汰ではない。彼にとって部下は他人ではない。自らの大望を果たすための仲間、同志だ。それを巻き込んで敵を倒そうなど、これまで微塵も思ったことはない。
だから憤りを感じて、操縦桿をギュッと握りしめた。
「なんで、なんでこんなこと!」
劉備に代わり、鈴が吼えるように相手に問いかけていた。その間も敵からの銃撃は続くし、鈴はそれを回避するために必死で操縦桿を操る。
『ふん!! これしきの攻撃を避けられない雑魚など要らん! この天地大将軍が切り開く、新たな天地の礎となれたことを誇ればいいのだ!』
「だからそれがなんなの!!」
「鈴、落ち付け!」
「でも!」
鈴の憤りは劉備にはよくわかった。
ただ、幸運なことは相手が敵ということ。情け容赦のない鬼畜の所業をする味方なら止める方法はないが、敵ならば問題なく倒せる。
「あいつを止めなきゃ、皆に被害が出る」
「それは」
「だから俺とお前で奴を止めるぞ!」
「……うん!」
もはや曹操に対する打算はない。こいつをここで止めなければ、仲間に大きな被害が出る。それはここに集まる数万の官軍、ではない。彼らにとって、今の味方は彼らを慕ってついてきてくれている劉備軍300人の面々だ。
それが彼らに決して負けられない勝負へといざなうのだ。
『ええい、ちょこまかと! ならばこれをくらうがいい!!』
しびれを切らしたらしい区星の蒼武から、ピタリと銃撃が止んだ。
弾切れか、と劉備は期待したがそうではないことが数秒にして発覚する。むしろこれまでが嵐の前というべき状況だったと深く後悔する。
区星の蒼武、天上天下の背部にある格納庫。そこの屋根部分が左右に開く。そしてその隙間から、下から何かがせり出してきた。
「な……」
そのせり出てきたものを見た劉備は、一瞬にして血の気が引いた。
「なに? なんなの、あれ?」
だが鈴は状況が分かっていない。それもそのはず。敵が取り出した“それ”は一般に公開されているものではない。むしろ国家の機密となるような種類のもの。そしてその時、劉備は敵に天才蒼武研究者である張角がついているということをまざまざと実感した。
そして“それ”を劉備が知っているのは、また同じくして天才蒼武研究者である諸葛亮から聞いたからだ。
(伝え聞いた威力を考えると……ここはマズい! 後ろに雲長たちがいる!)
「鈴、酉(西)の方向に全速前進!」
「え、え、え?」
「急げ! 雲長たちが危険だ!」
「わ、分かった!」
何かわからないままに鈴は蒼武を走らせる。その方向は夏侯惇らが戦う位置から距離を取る方角だ。
その動きを追うように、区星の蒼武は機体を回転させる。
『逃さん。そしてくらえ。我が最強の……超巨大砲兵器“天地破滅大筒”!!』
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補足
区星は荊州の長沙で反乱を起こした人物ですが、史実では黄巾の乱より後の人物で、孫堅に討伐されます。張角の配下にいたかは不明です。
また天地大将軍を自称したのは俗説ですので、併せてフィクションとしてお楽しみいただければ幸いです。




