9.消えた憧れ
そして--
貴族達によって流された噂は、瞬く間に王都中へ広がった。
市場でも。
酒場でも。
劇場でも。
貴族の社交界でも。
人々が集まれば必ずその話題になる。
禁忌魔法。
ディアナ・アレスター。
平民の少女シャーロット。
そして王太子の婚約破棄騒動。
誰も真実は知らない。
だからこそ人々は好き勝手に語った。
「聞いたか?」
「アレスター嬢が魅了にかかってたって話。」
「本当なのか?」
「王宮魔術師でも気付けなかったらしいぞ。」
「そんな馬鹿な。」
酒場では男達が顔を寄せ合っていた。
「でも言われてみれば変じゃないか?」
「何がだ?」
「アレスター嬢って元々第三王子殿下の婚約者だったんだろ?」
「ああ。」
「しかも仲が良かったらしい。」
「そう聞くな。」
「なのに突然王太子殿下に夢中になった。」
「確かに。」
「それも異常なくらいにな。」
「その後にショーロット嬢が出て来たんだろ?」
「あれ?逆じゃないのか?」
「だから変なんだよ。」
その場にいた者達が黙り込む。
確かにおかしい。
時系列がおかしいことに気付く者もいる。
別の場所では。
「そういや。」
「アレスター嬢って王太子殿下のためなら何でもするみたいな感じだったよな。」
「ああ。」
「王太子殿下が正しい。王太子殿下の邪魔をする奴は敵。そんな感じだった。」
「もし本当に魅了だったら・・・?」
その言葉に場が静まる。
「いや待て。」
「それじゃあアレスター嬢も被害者じゃねぇか。」
「そうなるな。」
「好きだった婚約者を捨てて。」
「家族とも揉めて。」
「最後には牢に入れられた。」
「うわ・・・。」
誰かが顔をしかめた。
「もし本当に魅了なら。」
「人生めちゃくちゃじゃないか。」
一方、市場でも似たような会話が繰り広げられていた。
「私ね。」
「昔アレスター嬢を遠くから見たことあるの。」
「どうだったの?」
「なんていうか・・・怖かった。」
「怖かった?」
「王太子殿下の話ばっかりしてたのよ。」
「へぇ。」
「でも今思うと変なの。」
「何が?」
「好きな人の話をするっていうより・・・。」
女性は言葉を選ぶ。
「何かに取り憑かれてるみたいだった。」
周囲がぞくりとした。
「やめてよ。」
「怖いじゃない。」
「禁忌魔法なんでしょ?」
「そういうの。」
別の女性が身震いした。
「でも本当に魅了だったなら可哀想よね。」
「ええ。」
「だって自分の意思じゃなかったかもしれないんでしょう?」
「好きでもない人を好きだと思い込まされるなんて・・・。」
「怖すぎる。」
そして次第に話はもっと恐ろしい方向へ進む。
「ねぇ。」
「もしかして私達も操られてたりしない?」
その言葉に周囲が凍り付いた。
「やめなさいよ。」
「冗談でも。」
「でも分からないじゃない。」
「アレスター嬢だって気付かなかったんでしょ?」
誰も反論できなかった。
もし禁忌魔法が本当に存在するなら。
もし本人ですら気付けないなら。
自分は大丈夫だと言い切れる者はいない。
「嫌だ・・・。」
「気持ち悪い。」
「怖い。」
「本当にそんな魔法があるの?」
不安はどんどん広がっていった。
そしてその不安は自然とシャーロットへ向けられる。
「それにしても。」
「シャーロットって子。」
「本当に何も関係ないのかしら。」
「さぁ。」
「でも王太子だけじゃないわよ?」
「側近達まで婚約破棄してる。」
「確か六人だったか。」
「多すぎる。」
女性達は顔を見合わせた。
「正直。」
「怖い。」
「私も。」
「もし自分の婚約者があの子に近付いたら嫌だわ。」
「絶対嫌。」
少し前まで。
シャーロットは平民達の憧れだった。
身分を超えた恋の象徴だった。
だが今は違う。
「真実の愛ねぇ。」
「なんだか気味が悪い。」
「王太子も。」
「側近達も。」
「みんなあの子に夢中。」
「普通じゃないわ。」
人々は混乱していた。
ディアナは本当に被害者なのか。
シャーロットは本当に無実なのか。
王太子達はただの愚か者なのか。
それとも何か裏があるのか。
誰にも分からない。
だが一つだけ確かなことがあった。
かつて国中が熱狂した王太子とシャーロットの恋物語。
それを手放しで祝福する者は、もう誰一人としていなくなったのだった。




