8.汚れたゴシップ
アレスター公爵が退席した後も会議は続いていた。
貴族達の表情は先程までより幾分明るい。
少なくとも今は王太子と側近達を責める材料がある。
だが問題は残っていた。
「しかしディアナ嬢が魅了の被害者だったと公表した所で、国民が納得しますかな?」
一人の侯爵が首を傾げた。
「魅了にかかっていたのはディアナ嬢だけ。」
「王太子殿下や側近達は違った。」
「肝心の婚約破棄騒動の説明になりませんぞ。国民を味方につけなければ。」
その言葉に何人かが頷く。
確かにそうだ。
ディアナが魅了にかかったとしてもシャーロットを害した事実は変わらない、王太子達が婚約者を捨てた理由に一部正当性ができてしまう。
すると一人の伯爵が不敵に笑った。
「なら作ればよいのです。」
「作る?」
「物語を。」
貴族達が顔を見合わせる。
伯爵は酒を一口飲みながら続けた。
「例えばこうです。」
ニヤリと口角が上がる。
「平民の少女シャーロットは、王太子の婚約者の座を狙った。」
「しかしアレスター公爵家という巨大な後ろ盾が邪魔だった。」
「そこで禁忌の魅了を使いディアナ嬢を操った。」
何人かの目が見開かれる。
「なるほど。」
「魅了されたディアナ嬢は人格が変わり暴走。」
「婚約破棄へ追い込まれたと。」
「そういうことです。」
伯爵は満足そうに頷いた。
「そして婚約破棄後にシャーロットは王太子妃候補の座を手に入れた。」
「全て計画通りだったという筋書きです。」
「待て待て。」
侯爵が慌てて止める。
「時系列がおかしいではないか。」
「ディアナ嬢が魅了されていたのは三年前からだぞ?」
「シャーロットが学園へ入学したのは一年前だぞ。」
「辻褄が合わん。」
だが伯爵は気にも留めなかった。
「時系列など民衆は気にしないでしょう。」
堂々と言い切る。
「民衆が欲しいのは衝撃的なネタです。これは汚れたゴシップでいいのです。」
部屋が静まり返る。
「そうですねぇ、付け加えるとしたら、言うことを聞かなくなった公爵令嬢を側妃様が邪魔になったとしましょう。」
「ほうほう。」
「そこで側妃と共謀してシャーロットが禁忌魔法を使った。そして王太子を奪った。側近を誘惑した。公爵令嬢の人生を壊した。国を混乱させた。」
伯爵は指を折りながら数える。
「これだけ揃えば十分です。」
「確かに。」
一人が頷いた。
「真実よりも面白い話の方が広まりますからな。」
「実際、今の王太子と平民の恋物語もそうだ。」
「平民達は夢を見たいだけ。」
別の貴族が鼻で笑う。
「なら我々も夢を見せてやればいい。」
会議室に笑い声が広がった。
「悲劇の公爵令嬢。」
「禁忌魔法を操る平民の悪女。」
「真実の愛に溺れ国を混乱させた王太子。」
誰かが呟く。
「随分と売れそうな話ですな。」
「売れますとも。」
伯爵は自信満々だった。
「吟遊詩人に語らせる。」
「劇作家に脚本を書かせる。」
「新聞に載せる。」
「社交界で噂を流す。」
「半年もすれば真実になりますよ。」
貴族達は満足そうに頷いた。
元々、彼らが欲しいのは真実ではない。
都合の良い物語だ。
国の威信を守り。
王太子の愚行を誤魔化し。
怒れる貴族達を納得させる物語。
「しかし。」
一人の老侯爵が静かに呟く。
「当のディアナ嬢はどうする?」
「放っておけばよいでしょう。」
「表舞台に出て来られても困りますしな。」
「それもそうか。」
誰もディアナ本人の意思など気にしていなかった。
こうして貴族達は新たな筋書きを完成させる。
禁忌魔法に人生を狂わされた悲劇の公爵令嬢。
その全ての元凶である平民の悪女。
そして真実の愛に溺れた愚かな王太子。
やがてこの物語は王都中へ広がり始める。
まるで最初から真実だったかのように。




