6.悲劇の始まり
ディアナの悲劇は三年前に遡る。
魔塔主レイと、その右腕である男の調査によって全てが明らかになった。
始まりは側妃だった。
アイルを王太子にいつかは王にしたい。
協力な後ろ盾が欲しい。
その願望に取り憑かれた側妃は、ある王宮魔法使いを誘惑した。
そしてその男を利用し、魔塔とは別に存在する魔法国家へと潜り込ませた。
世界中の魔法使い達が集まる中央国家。
そこには禁忌魔法の知識が厳重に保管されている。
本来なら決して持ち出せないはずの禁書。
その中にあったのが――魅了の禁書だった。
読むだけでも大罪。
存在を知るだけでも危険。
そんな禁書を男は盗み出した。
そして側妃へ渡したのだ。
魅了の魔法を完成させるには大量の希少素材が必要だった。
莫大な金。
膨大な時間。
そして多くの犠牲。
それでも側妃は諦めなかった。
息子を王にするために。
障害となる全てを排除するために。
ついに魅了の薬を完成させた。
その標的となったのが――ディアナ・アレスターだった。
「ディアナさん、今日は来てくれてありがとう。」
側妃は優しく微笑んだ。
当時のディアナはまだ何も知らない。
第三王子バロンの婚約者として幸せな日々を送っていた頃だ。
「お招きいただき光栄です。」
ディアナは丁寧に頭を下げた。
王家からの茶会への招待。
断る理由などない。
部屋には側妃の他にアイルもいた。
「こんにちは、アレスター嬢。」
「こんにちは、アイル殿下。」
軽く挨拶を交わす。
それだけだった。
この時のディアナにとってアイルは婚約者の兄でしかない。
特別な感情など欠片もなかった。
使用人がお茶を運んでくる。
ディアナの前に置かれたカップからは不思議な香りが漂っていた。
「・・・?」
少しだけ眉をひそめる。
甘いような。
苦いような。
今まで嗅いだ事のない香り。
「どうかなさいましたか?」
側妃が優しく尋ねる。
「いえ・・・少し変わった香りだと思いまして。」
「あら。特別な茶葉なのですよ。」
そう言われればそんな気もした。
ディアナはカップを持ち上げる。
少しだけ嫌な予感がした。
だが王族が出した茶だ。
疑う理由などない。
一口。また一口。
そして全て飲み干した。
その瞬間だった。
視界が揺れた。
「え・・・?」
手から力が抜ける。
カップが落ちた。
ガシャンッ!!
陶器が砕け散る。
「ディアナ嬢?」
アイルが立ち上がる。
ディアナはぼんやりと顔を上げた。
頭が熱い。
何かがおかしい。
考えられない。
思考がまとまらない。
そして、目の前にいるアイルを見た。
その瞬間。
世界が変わった。
まるで光が差したように。
運命の人を見つけたように。
胸が苦しくなるほど愛おしく感じた。
うっとりとした瞳でアイルを見つめる。
側妃は口元を歪めた。
成功した。
そう確信した笑みだった。
「ディアナ嬢・・・?」
アイルが戸惑う。
ディアナはゆっくりと立ち上がる。
頬を赤く染めながら。
熱に浮かされたような顔で。
そして、愛を囁くように告げた。
「アイル様・・・。」
バロンとの思い出も。
愛した日々も。
全て霧の向こうへ消えていく。
「愛してます。」
側妃は満足そうに微笑んだ。
こうして。
ディアナ・アレスターの運命は大きく狂い始めたのであった。




