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わたくしだけに魅了がかかっていた件  作者: 鈴木べにこ


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5.二度と戻ることはない過去

 あれから三日が経った。


 ディアナは窓辺に座ったまま、ほとんど動かなかった。


 食事も取らない。眠りも浅いただ窓の外を眺め続けていた。


 風が吹く度に白くなった髪が揺れる。


 かつて陽光のように輝いていた金髪は、今では雪のような白へと変わっていた。


 鏡を見る気にもなれない。


 どうせ見たところで絶望するだけだから。



「またご飯食べなかったんだって?」



 軽い声と共に扉が開いた。


 部屋へ入ってきたのは魔塔主だった。


 魅了の解呪を行った張本人。


 世界最高峰の魔術師。


 ディアナは振り返りもしない。



「またアンタ。」


「あれ、歓迎されてない?」


「当たり前でしょ。」



 ディアナは窓の外を見たまま答えた。



「わたくし今、他人を気遣う余裕なんてないの。」


「そっか。」


「だから放っておいて。」


「それは無理かな。」


「どうしてよ。」


「君が三日も何も食べてないから。」


「別に。」



 ディアナは力なく呟く。



「そのまま死ぬなら都合がいいでしょう。」


「僕は困るなぁ。」


「アンタが困ってもわたくしには関係ないわ。」


「結構冷たいね。」


「今更でしょ。」



 魔塔主は小さく笑った。



「それにしても。」


「何。」


「アンタって呼ばれ続けるの地味に傷付くなぁ。」


「知らない。」


「一応名前あるんだけど。」


「興味ないわ。」


「ひどい。」



 わざとらしく肩を落とす。


 だがディアナは見向きもしない。



「レイ。」


「……。」


「それが俺の名前。」


「だから?」


「いや、特に意味はないけど。」



 レイは苦笑した。



「ずっとアンタ呼びされるのも寂しいかなって。」


「じゃあ我慢すれば。」


「横暴だなぁ。」



 僅かな沈黙が流れる。


 窓の外では鳥が鳴いていた。


 その平和な音が今のディアナには酷く遠く感じる。



「髪もこんな色になっちゃったし。」



 ぽつりと呟く。


 白い髪を一房摘まんだ。



「バロン様には新しい婚約者がいる。」



 胸が痛む。


 思い出すだけで息が苦しい。



「実家にも見捨てられた。」



 迎えは来ない。


 手紙も来ない。


 当然だ。


 あれだけのことをしたのだから。



「評判も地の底。」



 力なく笑った。



「王太子に執着して。バロン様を傷付けて。家族を傷付けて。沢山の人を傷付けた。」



 自分で言いながら胸が締め付けられる。



「全部失ったわ。」



 窓に映る自分を見る。


 白い髪。


 やつれた顔。


 生気のない瞳。


 まるで亡霊だった。



「本当に馬鹿だった。」



 レイは何も言わない。


 ただ静かに聞いている。


 ディアナはゆっくり立ち上がった。


 そしてレイの前まで歩いていく。



「ねぇ。」


「何?」


「アンタ最強の魔塔主なんでしょう?」


「一応ね。」


「じゃあ。」



 ディアナは笑った。


 壊れたような笑みだった。



「わたくしを殺して。」



 レイは黙っていた。



「どうして生かしてるの?」



 ディアナは続ける。



「魅了を受けた人間の観察?研究?実験材料?」



 自嘲するように笑った。



「だったら好きに使えばいいじゃない。お腹を裂くなり。血を全部抜くなり。価値があるなら利用しなさいよ。」



 返事はない。


 沈黙だけが流れる。


 その沈黙が苦しかった。



「何とか言いなさいよ!」



 声が震える。


ディアナはレイの前に立つ。



「どうして黙ってるの。」



 レイのローブを掴む。



「お願いだから。」



 涙が滲む。



「殺して。」



 掴む手に力が入った。



「もう嫌なの。」



 声が掠れる。



「生きているのが苦しいの。」



 涙が頬を伝った。



「全部思い出しちゃったのよ。バロン様との約束も。好きだった気持ちも。一緒に過ごした時間も。全部。」



 ローブを握り締める。



「なのに、わたくしは自分の手で全部壊した。」



 嗚咽が漏れた。



「魅了されていたからって何になるのよ……。」



 肩が震える。



「酷い言葉を言ったのはわたくし、婚約を壊したのもわたくし。バロン様を傷付けたのもわたくし。」



 その場に崩れ落ちる。



「ごめんなさい。」



 涙が床に落ちた。



「ごめんなさい・・・。ごめんなさい・・・。」



 謝りたかった。


 許されたい訳じゃない。


 ただ一度だけ。


 ちゃんと謝りたかった。


 でももう遅い。


 何もかも遅かった。



「バロン様。」



 震える声が漏れる。



「バロン様。」



 両手で顔を覆う。



「バロン様ぁ・・・。」



 堰を切ったように涙が溢れた。



「愛していたの・・・。」



 嗚咽混じりに呟く。



「ずっと、ずっと愛していたのに・・・。」



 床に伏したまま泣き叫ぶ。



「どうして、どうしてこんなことになっちゃったの・・・。」



 失ったものは戻らない。


 どれだけ泣いても。


 どれだけ願っても。


 バロンはもう振り向いてくれない。



「バロン様ぁぁぁぁぁ!!」



 絶叫が部屋に響いた。


 レイはゆっくりとしゃがみ込む。


 そして何も言わずに手を伸ばした。


 白くなった髪へ。


 優しく。


 本当に優しく。


 そっと撫でる。


 慰めの言葉はない。


 励ましもない。


 今のディアナに綺麗事は届かないと分かっていたから。


 だからただ傍にいる。


 泣き疲れるまで。声が枯れるまで。涙が尽きるまで。


 ディアナが泣き続ける間、レイは静かにその傍に居続けた。

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