4.本当の・・・
「・・・あれ・・・。」
ディアナはゆっくりと瞼を開いた。
頭が重い。
身体も思うように動かない。
それでも何か大切なことを思い出さなければならない気がした。
「わたくしは・・・。」
途端に激しい頭痛が襲う。
「っ・・・!」
ここ数ヶ月。
いや違う、3年分の記憶が酷く曖昧だった。
思い出そうとする度に頭の奥が焼けるように痛む。
何か大切なものを忘れている。
何か大切な人を――。
そして次の瞬間、失われていた記憶が雪崩のように押し寄せた。
幼い頃の約束。
庭園で交わした言葉。
優しく笑う金色の瞳。
「バロン様・・・!」
ディアナは勢いよく身体を起こした。
涙が溢れる。
どうして忘れていたのだろう。
どうして。
どうして。
わたくしはバロン様を――。
「バロン様!」
ベッドから飛び降りる。
だが部屋の出口には一人の男が立っていた。
魔塔の主である。
「どこ行くの?」
「バロン様のところに決まっているでしょう!」
魔塔主は頭を掻いた。
「あー・・・やっぱりそうなるか。」
「どきなさい!」
「会わない方がいいと思うけどなぁ。」
「何故ですの!?」
「色々と遅いから。」
「意味が分からないわ!」
ディアナは叫ぶ。
「魅了の解呪直後って感情が不安定なんだよね~。」
「うるさい!」
魔塔主の胸を思い切り押し退ける。
「アンタなんかに関係ないでしょう!」
「うわっ、性格きっつ。」
「どきなさい!」
ディアナはそのまま部屋を飛び出した。
寝巻きのままで。
裸足のままで。
そんなことどうでもよかった。
会いたい。
今すぐ会いたい。
失った時間を取り戻したい。
ただそれだけだった。
城へ続く道を全力で駆ける。
金色の髪を大きく揺らしながら。
涙を流しながら。
息を切らしながら。
以前バロンに教えてもらった秘密の抜け道を通る。
その時に寝巻きが木に引っかかって裾が大きく破れた。
それでも気にしなかった。
そして。
中庭で見つけた。
愛しい人を。
「バロン様!」
第三王子バロンが振り返る。
ディアナを見た瞬間、その顔が驚きに染まった。
嬉しかった。
会えた。
やっと会えた。
ディアナは笑顔になった。
だが。
「それ以上近付くな。」
冷たい声だった。
まるで他人を見るような声。
ディアナの足が止まる。
「バロン・・・様?」
「近付くなと言った。」
「どうして・・・。」
バロンの瞳にあるのは嫌悪と警戒。
かつて向けられていた優しさなどどこにもない。
「バロン様!わたくし思い出しましたの!」
ディアナは必死に叫ぶ。
「アイル様ではありません!わたくしが愛しているのはバロン様です!」
バロンの表情が歪んだ。
「今更か。」
「え・・・。」
「君は僕に何を言ったのか覚えていないのか?」
脳裏に蘇る。
『お前なんかよりアイル様の方が素敵ですわ。』
『たかが第三王子の分際で図に乗らないで。』
『愛してる?頭がおかしいのかしら?』
「あ、う・・・あ・・・。」
ディアナの顔から血の気が引く。
「散々アイルを愛していると言っていたのは誰だ。」
「違うの・・・!」
「今度は誤解だったと言うのか?」
「お願い話を聞いて!」
「聞きたくない。」
その一言が胸を貫いた。
「もう終わったんだ。」
バロンは静かに告げる。
「僕には新しい婚約者がいる。」
そう言って隣にいた少女の手を握る。
少女は不安そうにバロンを見上げた。
バロンは優しく微笑む。
かつてディアナに向けていたように。
「彼女は大切な人だ。」
「だから邪魔をしないでくれ。」
世界が崩れた。
「バロン様・・・。」
「僕の前から消えてくれ。」
バロンは少女と共に去っていく。
振り返ることもなく。
残されたディアナはその場に立ち尽くした。
そして、全てを思い出した。
魅了された日々。
アイルへの異常な執着。
バロンを傷付けた言葉。
家族を傷付けた行動。
沢山の人を泣かせたこと。
「あ・・・ああ・・・。」
膝から崩れ落ちる。
「わたくしは・・・。」
震える声が漏れる。
「わたくしはなんてことを・・・。」
後悔が押し寄せる。
失ったものの大きさを知る。
もう戻らない。
どれだけ謝っても。
どれだけ泣いても。
バロンは戻ってこない。
「いやあああああああああああっ!!」
絶叫が響く。
金色だった髪がみるみる白く染まっていく。
命を削るように。
魂を削るように。
そしてディアナは涙を流しながら呟いた。
「わたくしの愛を返して。」
そのまま意識を失い地面へ倒れる。
「あーあ。」
上空から魔塔主が降りてきた。
「可哀想に。」
真っ白になった髪を見つめる。
「髪色まで変わっちゃった。」
魔塔主は眠るディアナをそっと抱き上げた。
まるで壊れ物を扱うように。
「まぁ、人生終わったわけじゃないけどね。」
誰にも聞こえない声で呟く。
そして宙へ浮かび上がった。
眠るディアナを抱いたまま。
静かに屋敷へと帰っていくのだった。




