3.魅了の魔法1
「ようこそお越しくださいました、魔塔主殿!」
玉座の間に入った瞬間、国王の声が響いた。
豪華な玉座。赤い絨毯。並ぶ貴族達。
その中央で国王が満面の笑みを浮かべている。
国王の隣には、王妃とその隣には疲れた顔の側妃。
さらにその下には王太子アイルとシャーロットの姿もあった。
王太子の側近達もいる。
誰もが歓迎ムードだった。
「きゃー!魔塔主様ってすごいイケメンカッコイイ!!」
シャーロットがキャーキャー声を上げる。
「へぇ~。」
魔塔の主はシャーロットなんて無視してのんびりと全体を眺める。
そして眠そうな目をぱちりと瞬かせた。
「なるほどねぇ。」
シャーロットから視線を外した魔塔の主は、何かを探すように玉座の間を見回した。
王太子アイル。シャーロット。側近達。国王。王妃。側妃。
その全員を順番に見ていく。
だが次第にアメジストの瞳は玉座の間の人間ではなく、もっと遠くを見るようになった。
そして不意に。
魔塔の主は玉座の間にある大きなバルコニーへ向かった。
「主?」
右腕が不思議そうに声を掛ける。
魔塔の主は答えない。
そのままバルコニーへ出ると、風に銀髪を揺らしながら王城を見下ろした。
数秒。
いや、一分ほどだろうか。
ぼんやり景色を眺めていた魔塔の主が、突然口を開く。
「ああ。」
眠そうだった瞳が細められる。
「見つけた。」
そしてニヤリと笑った。
その笑みは今までの気の抜けた雰囲気とは全く違う。
獲物を見つけた猛獣のような笑みだった。
「主?」
右腕がもう一度呼ぶ。
しかし魔塔の主は答えない。
くるりと踵を返すと、そのままスタスタと玉座の間を出て行った。
「え?」
国王が困惑する。
「魔塔主様?どこに行くの!」
シャーロットも目を丸くする。
だが魔塔の主は振り返りもしない。
そのまま廊下の向こうへ消えていく。
残された者達は唖然とした、何が起きたのか誰にも分からない。
そんな中、右腕だけは慣れた様子で頭を下げた。
「失礼いたします。」
それだけ言うと主の後を追いかけた。
そして依頼主である貴族達も顔を見合わせる。
「あの様子・・・何か見つけたのではないか?」
「追うぞ。」
「もしかしたら真相が分かるかもしれん。」
貴族達は慌てて後を追った。
王太子達や国王は玉座の間に残されたままだ。
長い廊下を歩く。階段を下りる。また曲がる。王城の奥へ奥へと進んでいく。
魔塔の主は迷わない。
まるで最初から目的地を知っているかのようだった。
やがて、ピタリと足を止める。
「ここか。」
目の前には重厚な鉄の扉があった。
貴族達の表情が変わる。
「地下牢?」
王城の地下牢へ続く入口だった。
魔塔の主は無言で扉を開ける。
ギィィィ
重い音が響く。
その先には地下へと続く半円状の石階段があった。
冷たい空気が流れてくる。
魔塔の主は迷わず階段を下り始めた。
貴族達も後に続く。
しばらく下ったその時だった。
地下の奥から甲高い怒鳴り声が響く。
「出しなさいよぉぉぉぉ!!」
貴族達の足が止まる。
聞き覚えのある声だった。
「私は悪くない!!全部あの女が悪いのよ!!出せぇぇぇぇぇ!!」
聴くに耐えない地下牢に響く絶叫。
魔塔の主はその声に向かって歩いていく。
ある牢の前で立ち止まった。
鉄格子の向こうには一人の少女。
乱れた金髪。
やつれた顔。
だが今なお美しい容姿。
ディアナ・アレスターだった。
元王太子の婚約者。
現在は罪人として地下牢に収監されている公爵令嬢。
ディアナは魔塔の主を見るなり怒鳴った。
「何見てんのよ!」
鉄格子を掴みながら叫ぶ。
「さっさとここから出しなさい!聞いてるの!?このクソ野郎!!」
貴族達は顔をしかめる。
以前の気品ある姿はどこにもなかった。
そんなディアナを見つめながら。
魔塔の主は静かに口を開いた。
「彼女だ。」
一同は意味が分からず首を傾げる。
「何がですかな?」
侯爵の一人が尋ねた。
魔塔の主は牢の中のディアナを指差した。
「魅了。」
そして眠そうな声で続ける。
「魅了にかかってるの。」
その言葉に貴族達は固まった。
数秒後。
「は?」
「え?」
「誰が?」
困惑の声が上がる。
魔塔の主は面倒臭そうに説明した。
「だから。」
アメジストの瞳がディアナを映す。
「王太子じゃない。側近達でもない。あの女の子でもない。」
静寂が落ちる。
魔塔の主は決定的な一言を告げた。
「魅了にかかってるのは、この子。」
一瞬時が止まった。
「はああああああああああああっ!?」
貴族達の絶叫が地下牢中に響き渡ったのだった。
地下牢を後にした一行は、そのまま会議室へ戻った。
誰もが衝撃を受けていた。
魅了にかかっていたがシャーロットではなく、ディアナ・アレスターだったのだから。
最初に口を開いたのは伯爵だった。
「アレスター嬢が魅了にかかっていたとは・・・。」
信じられないというように頭を抱える。
「では、一体誰が彼女に魅了をかけたのだ?」
その言葉に室内が静まり返った。
侯爵が低い声で言う。
「王太子か。」
誰もすぐには否定しない。
子爵も慎重に口を開く。
「今のアイル殿下が王太子になれたのはアレスター公爵家の後ろ盾あってこそです。」
「うむ。」
「もしディアナ嬢が魅了によってアイル殿下を支援するよう誘導されていたのなら・・・。」
伯爵が険しい顔になる。
「そう考えると犯人はアイル殿下という事になるが・・・。」
すると。
「違うよ。」
のんびりした声が響いた。
全員の視線が魔塔の主へ向く。
魔塔の主は椅子にもたれながら欠伸をしていた。
「王太子じゃない。」
「では誰なのです!?」
侯爵が身を乗り出す。
魔塔の主は面倒臭そうに頬杖をついた。
「側妃。」
会議室の空気が凍った。
「なっ・・・!」
「側妃様だと!?」
驚愕の声が上がる。
しかし魔塔の主は平然としていた。
「見れば分かる。」
「何を根拠に!?」
伯爵が声を上げる。
魔塔の主は首を傾げた。
「魅了って人によって癖が違うんだよ。」
その場にいる貴族達には理解できない話だった。
「筆跡みたいなもの。」
魔塔の主は続ける。
「術者ごとに魔力の流れ方が違う。」
「そして側妃様から同じものを感じた。」
侯爵が息を呑む。
「だから魅了の術者は側妃様だと?」
「うん。」
魔塔の主はあっさり頷いた。
「3年前くらいってところかな。魅了にかけられていたの。」
その言葉に貴族達の顔色が変わる。
ディアナが第三王子との婚約を破棄した頃からだと。
右腕の男が静かに立ち上がる。
「主の鑑定結果に間違いはありません。」
先程までの穏やかな表情は消えていた。
魔塔の幹部としての顔だ。
「直ちに魔塔へ連絡を送ります。」
「ま、待ってくれ!」
侯爵が慌てる。
「相手は側妃だとしても王太子の母だぞ!?」
「それでもです。」
右腕は静かに答えた。
「禁忌魔法の使用は国家を揺るがす重罪です。」
その声に迷いはなかった。
「魔塔から調査団を派遣し、事実確認後、側妃様の身柄を確保します。」
誰も反論できなかった。
会議室に重い沈黙が落ちる。
そんな中。
魔塔の主だけが気楽そうに立ち上がった。
「じゃあ。」
「主?」
「俺は解呪してくる。」
貴族達が顔を上げる。
魔塔の主は欠伸をしながら言った。
「魅了を解かないと話にならないし。」
そして少しだけ真面目な顔になる。
「解呪したらどんな反応するんだろうね。」
アメジストの瞳が細められた。
「死ぬ程驚くだろうな。」
牢の中のディアナ・アレスターはこの後における悲劇を知らない。
自分が誰を愛していたのか。
誰のために生きていたのか。
その全てが偽物だったと知るのだから。




